花のように

「あらあら、どうしましょう。そんな泣かなくても……」

「お前が言うな。いきなり氷の魔法で死にかけた後にあんなに凄まれたらそうなるだろ。ちょっと前まで魔法の存在さえも知らなかった人間があんな炎を使えれば舞い上がるのも無理ない。もうちょっと理解してやれ」

「理解はしてますよ~。だからこそです。酷い人ですね。あなたなら分かると思ったのですが」

「ああ……まぁ、そうだけど……お前も妹の事……」

「はい、そこまで」

「……ゴメン」


 私は先ほどの氷漬けになったショックをまだ引きずっていた私は二人のやり取りも耳に入ってこなかった。

 レミイと名乗る女性の剣幕も酷く怖かったのだ。

 あの時の彼女の瞳からは、何というか……一切の光を感じないほどの深い闇が見え、それがたまらなく恐ろしかった。

 そのレミイは、私の方に歩いてくると静かにしゃがみ込み私と目を合わせた。


「ごめんなさいね。色々と怖い思いをさせて。でも、さっきのあなたの暴走は見過ごすことが出来なかった。あなたは自覚してるか分からないけど尋常で無い魔力を持っている。何の訓練も受けていない素人が感情のみを触媒としてあれだけの炎を出すことは普通考えられない。しかも拙いとはいえ呪文まで。だから……」


 そこで彼女は言葉を切ると、私の頭をそっと撫でた。

 それはパパやママの手の感触とは全く異なり、信じられないほど柔らかく暖かかった。


 これが……人間の手。


「いきなりこんな事を言うのは酷だと思うけど、今からあなたに選択をしてもらいます。一つはその魔力を正式に訓練して、使いこなせるようになること。一度自覚した魔力は今後、何かの拍子にすぐ暴走するようになる。そんな状態で放置は出来ないので。もう一つは訓練はしない代わりにその魔力を完全に放棄すること」

「放棄……って?」

「あなたの魔力を封印させてもらう。あんな馬力の魔力を封じるのはお互いちょ~っとしんどいけど、それが終わったらあなたは晴れて普通の女の子! もうどんなに怒っても炎は出ません」


 魔力を封印。

 話の展開について行けない。

 ただ、私がものすごい力を持っているのかも知れないことは、彼女の言葉の端々から何となく理解できた。


「個人的に言うと、あなたの魔力は興味深いですけどね。炎がまるで生き物みたいに意思を持っているように見えた。普通の人間では絶対にありえないな……なのになぜ? あなたの生い立ちや可能性も含めて私が鍛え上げて、知り尽くしてみたいな~なんて思っちゃいます」


 この人が……私を鍛える?

 あんな氷を使える人が私を……


「選択はあなたに任せます。どっちがいいかは分からない。あなたがどうしたいか。……あっ、その前にやることがあった。サイガ!」

「やれやれ、やっと気付いたか。そう、あのご両親を先に、だろ?」

「えへ。すいません」

「えへ、じゃない『零度の魔女』が」

「それは止めてください。その二つ名はおどろおどろしくて好きじゃ無いんです。ねえ、怖くありません、この名前?」


 レミイは私の方を見てニッコリと笑ってそう言ったが、私は小さく頷くだけだった。

 それどころでは無かったのだ。


 パパとママ……

 あんなにボロボロになりながらも、パパは氷漬けになりそうだった私を守ろうとしてくれた。二人は大丈夫だろうか。


 サイガとレミイは倒れているパパとママに近づくと、何事か話し合った後サイガが二人に手をかざした。

 そして小声で聞いたことも無い不思議な言葉を何とも心地よいリズムでつぶやき始めた。

 すると、彼の手から暖かい光が浮かびだし、それがパパとママの身体を包み込んだ。


 そして……


 私は目の前の光景が信じられなかった。

 さっきまで血まみれでほとんど動くことも叶わなかった二人が、ピクピクと小さく震えると、やがてゆっくりと身体を起こしたのだ。


「パパ! ママ!」


 私は泣きながら二人の元に飛び込んだ。


「リエル……大丈夫? 怪我、無い?」

「リエル、怖くなかった?」

「少しは自分の事も考えてよ! 私の事はいいから!」

「それ、無理。花のような娘」

「大事。リエル。私たちの宝物だから」


パパとママはサイガとレミィさんの方を向いてぺこりと頭を下げて言った。


「あ……ありがと。あんたら」

「なんで……助けた。オイラたち」

「ん、いや。だってあんたらは悪い事してないだろ? あんな目に遭うような。だから助けた。それだけ」

「私たちは、助けるべき物は助けます。種族とか関係なく」

「あの……あなたたちは一体?」


 私はふと不思議に思ったことを聞いてみた。

 そう、この人たちは一体何者なんだ?


「俺も彼女も、ある目的のために旅をしている。俺は聖騎士で彼女は魔道士。聖騎士なんで簡単な治癒魔法くらいなら使える。それを君のパパとママに使った。二人とも思ったより傷が浅かったのが幸いした」

「あらあら、私の紹介までして頂いて恐縮ですわ。私はさっき紹介されたように『レミイ・スレーダー』と言います。まだ未熟者ですが魔法をお仕事にしてます……所で」


 レミイは私の方をじっと見て、ニッコリと笑った。


「さっきのお返事は決まりそうですか~? 一晩ここにいるつもりなんで、明日でも良いんですが……」


 私は二人とパパ・ママを交互に見た。


 実のところ、気持ちはほぼ固まっていた。

 あのレミイが使った「魔法」と言う物。

 あの氷は確かに恐ろしかった。

 でも、それ以上に……美しかった。

 氷そのものも、それを操るレミイも。

 私は自分が死にかけたというのに、信じられないことにその氷を「美しい」と感じていた。


 私は炎なんだろうか。

 彼女と共に行動すれば、私もあんな風に美しい炎を……

 それにふたりの「ある目的」も気になっていた。

 そして……自分自身の事も。


 だが、そんな考えを強く押しとどめる物もあった。

 パパ、ママ。

 自分たちの生活や世界を犠牲にしてまで血の繋がらない私を育ててくれた。

 いつも優しく導き、守ってくれた。そんな二人に私は何の恩返しも出来ていない。

 それどころか、二人にあんな恐ろしい思いまでさせた。

 自分のせいで。

 せめてこれからは二人の幸せのために生きていきたい。


「あの、サイガさん。レミイさん。私……」


 そう言いかけたとき。


「リエル、行く。あの人たちと」


 私は突然聞こえたママの声に驚いた。

 何で……


「オラもそう。行け。行け」

「でも……私。パパやママのために……」

「お前、行きたい? なら行け。親の幸せ……子供が幸せになること。リエル幸せ、オラたち幸せ」

「あの……この子、魔法……凄く上手になる?」


 ママはレミイの方を向いてそう言った。


「この子次第だけど、上手くいけば……きっと」

「じゃあ行って。行って」


 そう言うとパパとママは私をサイガとレミイの方に押した。


「あなたたちも……良かったら来ませんか?」


 サイガがパパとママにそう言った。

 そうだ。

 パパとママと一緒に旅が出来たら……

 だが、二人は首を振った。


「オラたち、家ある。リエルと過ごした家。育った所。とても大事」

「誰も居なくなったら、家ボロボロ。リエル、帰るとこない」


 私は言葉も無く二人を抱きしめた。

 言いたいことは一杯あった。

 でも、言葉に出来ない。


 有り難う。

 寂しい。

 一緒に来て。

 そんなに思ってくれて有り難う。

 やっぱり離れるのはいや。

 私やっぱり「魔法」を上手に使えるようになりたい。

 二人と離れるのは怖いよ。


 色んな言葉が浮かんだけど、どれも正解で、どれも違う気がする。


 だから、二人を抱きしめたまま泣いた。

 パパとママも泣いているのだろうか。

 ずっと泣いている私には分からない。

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