機能不全家族の向こう側

素敵な物語でした。
 冒頭を読み始めた時、頭の中で浮かんだのはよくある「機能不全家族」のイメージでした。父親が出来の良い長子ばかり可愛がり、そこに追いつかない次子には叱責ばかりする。そんな父親に母親は刃向かえない。家長である父親が暴力も振るうため、家族をなんとか繋ぎ止めているのは恐怖による服従という歪な鎖だけ……文字にしてまとめてみるととんでもない世界ですが、いつの時代もこんな家庭は沢山あったのだと想像できます。

 ただ読み進めていくと、ただの「機能不全家族」ではない、この家庭の中の事情、主人公の事情、兄の事情が明らかになっていく……個人的にこの「主人公の事情」はまさに、今の社会が直面している壁を表現しているように思えました。
 きっと読み手の社会の中での、あるいは家庭の中での立ち位置によって、本作から感じ取るものは違ってくるのではないでしょうか。しかし主人公と兄の関係が美しく描き出す文章の力によって、違う立場の人(作中の登場人物で言えば、主人公、兄、父親、母親)の心情を想像せずにはいられなくします。

 想像することって、大切です。
 多様性、個人の思想、個人の生き方……それらが尊重されるべきと世界中で叫ばれる時代ですが、「他者の心情を想像する」ことが蔑ろにされたままでは、今までと何も変わらないどころか、価値観の違いによる人と人との亀裂はますます深くなるばかりです。

 そんなことを考えさせられる素晴らしい短編でした。

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