埠頭で見かける幽霊たち

@2321umoyukaku_2319

第1話

 船乗りの仕事に見張り(ワッチ)がある。その当直勤務は基本ワンオペなので神経を使う。事故を起こしたら大変なので緊張感で張り詰めている。けれど、夜なので眠い。眠気が強すぎてぼんやりし、次第にうつらうつらとなってきて……そういうときに怪奇現象に遭遇して目が覚める、なんてことがあるらしい。甲板を人影が歩いているとか、月を覆い隠すほどの大きさの海坊主が船の横に立っているとか、船の前に難破船の幻が現れて消えるとか、色々だ。

 遠洋航路の船乗りだった人に話を聞いたが、そういった不思議な出来事は外洋へ行かずとも見られるそうだ。

 その人は竹芝桟橋で見たと語った。

 伊豆諸島や小笠原諸島から戻ってくる船の乗客に着物姿でちょんまげを結った人間がいて「あれはなんだ?」と目を疑ったら次の瞬間には消えている。霊感があると称する人によると、古代から江戸時代までの間に島流しに遭った人の霊魂らしい。

 幽霊になって島抜けしているわけだ。

 島から来る霊がいる一方、行く霊もいる。

 港湾事務所で長く働く霊感持ちがいた。顔が煤で汚れた老若男女の霊を数えきれないほど見かける日が毎年あって、その日のカレンダーに書き込んでいたら、はたと気付いた。三月十日と九月一日に集中している。前者は東京大空襲、後者は関東大震災の起きた日である。犠牲者の霊が被災地を逃れたくて埠頭を彷徨っているのか、と思ったそうだ。

 豪華な着物を着た女性の幽霊も桟橋で見たとも聞いた。ワッチの話をしてくれた船員は花魁道中の行列を目撃したそうだ。花魁の美しさは、この世のものとは思えぬほどだったそうである(それはそうだろう、何しろ死者なのだから)。一目ぼれした船員は思わず花魁を呼び止めた。

「おおい、待ってくれ!」

 声が届いたようで花魁は微笑んだ。

 自分に向けられた笑顔の妖艶さに心打たれた船員は、すっかりのぼせてしまった。

「好きになった、付き合ってくれ!」

 随分とストレートな告白である。亡霊に恋してしまうなんて、どうかしている……とは、これっぽっちも考えず船員は花魁道中を止めようとした。花魁は申し訳なさそうに頭を下げ、島から戻る愛人を迎えに来たのでお相手できない、と言うような趣旨の返答をした。

 カウンターでごめんなさいされ、船員はショックを受けた。しかし、花魁の幸せを願い潔く身を引く決心を固めた。そして愛した花魁のために、島から戻る愛人の乗った船を双眼鏡で探してやったという。長年のワッチで鍛え上げられた眼力が、埠頭に近付く幽霊船を見つけ出す。

「こちらへ近づく昔の船が見える。あれじゃないのか! あの船に乗っている男が、こっちに手を振っているぞ」

 花魁の顔がパッと輝く。彼女は船員に礼を言った。

「ありがとうございます、あれが、あれが、わっちの男でございます」

 愛し合う二人の邪魔をするのは野暮というもの。何度も頭を下げる花魁に背を向けた船員はマドロス帽を深くかぶって瞳の涙を隠しつつ、パイプの煙草を吹かしながら埠頭を後にしたそうである。

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