べっこう飴を、忍ばせて。
西奈 りゆ
第1話
少し、わしの話をしようじゃないか。
まあ、昔話といってもいいんだがの。
とはいえ、わしも年寄りなもんでの。少しまわり道をさせておくれ。
なに、すぐに終わるわい。
そうじゃ、あんた、
ああ、最近の子は食べなくなったな。
なら、これも知らんかの。べっこう
まあ、いい。なに、昔からあるもので、懐かしうての。
ついつい持ち歩いてしまうんじゃ。
昔は、砂糖は高級品だったんじゃ。
戦後の供給量なんて、たかがしれていたもんじゃ。
いつからか、あんたには古い話だろうが、70年頃か。
わしの記憶では、その辺りから砂糖をよく目にするようになった。
なに、暇を持て余しただけなんだが、日本でも飴はずいぶん前から作られていたらしい。
どういうものかは知らんが、「日本書紀」にも載っているとも書いていた。
世間に出回るようになったのは、平安か江戸くらいかららしいがの。
そのころから、
わしも見たことがある。なんとも綺麗なんじゃ。
ときに、あんた。
あんたくらいの
あれもちょうど、70年か80年くらいのことじゃなかったか。
子どもがのう、ようこわがりよった。「口裂け女」が出た、あそこにいた、
どこそこにいた、言うての。よう騒がれとったわい。
ああ、よう知らんか?
あれはのう、子どもの前に現れるんじゃ。
大きなマスクをしとる女での。
子どもに、自分が
「きれい」というと、耳まで裂けた口を見せる。
逆を言えば、殺められてしまう。そんな話じゃ。
まあ昔でいう、
そやつはの、べっこう飴が好きだといううわさじゃった。
そやつから逃げるには、そやつの好きなべっこう飴をあげて、喜んでいるうちに逃げればいい、そんなふうに言われておった。
ポケットに飴を忍ばせての、子どもはみな、怖がっておった。
たちの悪い偽物の女まで、捕まる始末じゃった。
わしはの、そやつを知っておるんじゃ。
その、「口裂け女」というやつをの。
ほほ、隠さんでいい。こんな話、疑わんほうがめずらしい。
あんたみたいな若い人は、特にの。まあ、年寄りの昔話じゃ。
それで聞いてもらえればかまわんわい。
ところでの、あのうわさは、本当じゃったんだよ。
そやつは、べっこう飴が大好きじゃった。
わしは知っておるのさ。
だがのう、そやつが本当に好きな「べっこう飴」は、世間で言われていたことと少し違っとったんじゃ。
あやつは、知らなかったんじゃ。
ひとりで口にする以外の、べっこう飴の味を、ずっとな。
だから、探しておったんじゃよ。少なくとも、あやつにとってはな。
のうあんた、
わしには今でも、わからんのじゃよ。
ことに、こんな夕方の、だれもおらん場所ではの。
ほほ、わしの無駄話はこれで終わりじゃ。
ああ、これは礼じゃよ。ああ、見ての通りの「べっこう飴」さ。
なに、礼には及ばない。ほんの気持ちじゃ。
なに、今日はちと、いい気分なのでな。
ときにあんた、そんな顔することないよ。
あんたの穴ぼこは、いつか埋まるさ。今は一人でものう、あんたならいつかな。
だからのう、そんな無理に自分を嫌いなさんな。
隠すのはのう、えてしてとても、つらいことじゃ。
ああ、彼岸の花が、きれいじゃの。
わしはそろそろお
達者での。
なに、もう会うことはないさ。
こんな年寄りのたわごとを聞いてもらえて、感謝しておるよ。
その言葉を最後に、その老人は立ち上がり、小道を行った。
あれから確かに、私はあの老人を見かけたことはない。
あの、大きなマスクをした老女を。
これは平凡で弱い私が唯一体験した、不思議な話である。
了
※参考文献
中尾裕子(2,005)「口裂け女は、妖怪か」立教大学史学会 66 (1) 105 - 117.
べっこう飴を、忍ばせて。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます