干潟のはなし

カニカマもどき

干潟のはなし

 ある日。

 「子どもはどうやって生まれてくるの」

 と聞いたら、ママは苦いかおをして、もごもごと何かつぶやきながら台所へひっこんでしまった。


 それでぼくは聞くのをやめたのだが、何だかモヤモヤしたので、気ばらしに、あてどもなく外を歩くことにした。

 ずんずん歩いて、歩いて歩いて、歩きつかれて立ち止まったとき。

 いつのまにこんなところまで歩いたのか、目の前には有明海ありあけかい干潟ひがたが広がっていた。


 ぺたぺた、ぺったん。

 何か音がするので見てみると、夜の干潟の中、ぼくから少しはなれたところで、変なものがうごめいている。

 それは、人間の大人くらいある巨大なドジョウに、三つのお面と、六本の手がついた化け物だった。

 こわくて体がうごかなくなり、にげることも目をはなすこともできず、ぼくはイヤな汗をかきながら、化け物をじっと見ていた。


 ぺたぺた、ぺったん。

 化け物は、干潟の泥をこねて、いっしょうけんめいに何かを作っている。

 マネキンみたいな、ぼくより小さい子どもの人形。

 目鼻や口までこまかく作られ、まるで生きているようだ。


 と思っていたら、泥人形は本当に生きてうごきだした。

 ぼくには気づいていないらしく、まっすぐ陸に向かってすすんでいく。

 はじめはぎこちないうごきだったが、だんだんとなめらかな歩きかたに変わっていって――それだけじゃなく、すすむごとに色や形も変わり、なんだか本当の人間のすがたに近づいていくようで――そうして、干潟をぬけて陸にあがるころには、もうすっかり人間と変わらない見た目になってしまった。

 そのまま、その子は、町にむかって歩きつづける。


 その子と化け物を見ながら、ぼくは思った。

 今まで気づかなかったが、きっと町では、人間にまじって、この子のような泥人形がたくさん暮らしているのだろう。

 みんなは、それに気づいていないのだ。


 ああ。

 いや、ちがうか。

 そうじゃないのかもしれない。

 ぼくも。

 あんがい、ぼくも、こうして生まれてきたのかもしれない。


 ママの苦いかおを思い出しながら、ぼくはそう考えたのだ。

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