泣き砂と骨

川詩 夕

風はサラサラと砂を運ぶ

 相談にのって欲しい、彼女からそう言われたのは夏の暑い日の夕暮れ時だった。

 三十六分後、待ち合わせ場所の鳥取砂丘とっとりさきゅうへ着き、久々に彼女と顔を合わせた。

 暗い影を背負ってしまったかの様な彼女の表情は幾分か強張こわばり、どこかしら疲れている様に感じられた。


「数年ぶりに連絡が来たから、正直なところ驚いたよ」

「ごめんなさい、忙しいのに、わざわざ此処まで来てもらって」

「気にする事はないさ、久々に顔を見たいと思ったしね」

「相変わらず、優しいのね」


 言葉がゆらりと漂ったその刹那せつな、彼女のきめ細やかな肌にはかなさを感じた。


「去年から続いて今年も猛暑だけど、体調は大丈夫?」

「暑さには慣れているもの、だけど、肉体的にも、精神的にも疲弊ひへいしてるかな」


 僕が彼女の為に何かできる事はあるだろうか?

 咄嗟とっさにそんな考えが浮かんでいた。


「その表情を見れば分かるよ、理由を話してごらん」

「私は踏みにじられすぎたの、素足で、スニーカーで、ヒールで、革靴で、サンダルで。こいつはこうすると鳴くんだぜって、薄汚れた手でこすられて、下手なステップで踏まれて、鳴けば鳴く程、ってたかって面白がられたわ。人は皆、老若男女ろうにゃくなんにょ問わず品性の欠片かけらもないサディストだわ」


 紛れもない事実に、僕は返す言葉が何一つとして思い浮かばなかった。


「このままだといずれ……私は滅びてしまうわ……」

「だったら……飲み込んでしまえば良い……」

「飲み込む?」

「君を踏み躙る人は一人残らず皆殺しにすると良い」

「私が私でいられなくなるわ」

「君が滅びるより、人が滅びる方が良いに決まってる」

「……」

「君は少なからず僕のこの言葉を待っていたんだろ」

「そうかもしれない」

「だったら一刻も早く」


 翌日からたった一週間の間に、砂丘で行方不明になった人の数は五千人を越えた。


 僕はそんな夢を見ながら砂丘に埋もれて力尽きていた。


 砂丘に埋もれてから数十年後、風に吹かれて首から上の骨が砂丘の地表へと姿を表し、たまたま家族で観光に来ていた幼い少年に僕は発見された。


 少年は喉仏のどぼとけの骨を手に取り、残った僕の骨をぐしゃぐしゃに踏み付け砕いた後に砂で埋めた。


 少年は僕の喉仏の骨を持ち帰りガラス瓶の中へ入れて部屋に飾った。


 僕は数十年のもの間、砂丘に埋もれ続けていたけれど、現在いまは少年とその家族の生活を日々眺めながら過ごしている。


 人として生きていた時よりも、死んで骨になった方が幸福な気分だ。


 幻想だけが会話相手だと寂しいし、一人きりだと尚更なおさら辛い思いをするからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣き砂と骨 川詩 夕 @kawashiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ