第100話 最終話~虹の絆(きずな)
レインボーヘブンの伝説を聞き終えた、
今、自分たちが、当然のように享受している島の平和を手にするまでの、隣人たちの壮絶な戦いと苦労を知ってしまったからだ。
「おいおい、二人ともどうしたんだ? 最後には、俺たちは
そんな二人に、真っ先に声をかけたのはラピスだった。迦楼羅は、はっと目を大きく見開く。そして、いきなり彼に飛びついていった。
「ラピス!! 特にあんたよ! ”樹林”が体から出て行った時には、本当に死んじゃったと思った。生きていてくれて良かった!本当に良かったあ」
苦笑いを浮かべながらも、ラピスは迦楼羅がいじらしくなって、頭を撫でようとする。……が、急いでその手を引っ込めた。
これはマジでヤバい。
双子の父親の
女の子に抱きつかれるのは悪くないが、姉の
その時だった。
「みんな、聞いて」
そう言って、席を立ち上がったのは、双子の母のコーネリアスだった。
「グウィンと迦楼羅が来年早々に行く遊学先が正式に決まったの。グウィンは、”グランパス王国”のあるグラン・パープル島へ。そして、迦楼羅は、このセブンスアイルが新しく交易を始めようとしているウィンター島へ!」
それを聞いた迦楼羅が母親に向かって眉をつりあげた。
「えーっ、グランパス王国って、ソード・リリーがいる国じゃないの?! 何で、グウィンだけで、私はウィンター島なのよ!」
「仕方ないのよ。グウィンを呼び寄せたいっていうのは、王女たっての頼みだったから。来年はソード・リリーは亡くなった王に変わって、グランパス王国の女王になる。王女は戴冠式で忙しくなる王宮の手伝いをグウィンにも、やって欲しいって言うのよ」
「なら、私も一緒に手伝う! 私も、グラン・パープルに行く!」
だが、そんな迦楼羅を制して、スカーが言った。
「迦楼羅、お前さんは、グウィンと違って戴冠式の手伝いをするには、まだまだ、色々と力不足なんだ。だから、設備の整ったウィンター島の学校で、もっと勉強しないとな。なぁに、学校には同年齢の子どもたちも大勢いる。そのうち友だちも出来るさ。剣の腕だけは上級者のお前だ。きっと、そこの女番長になれるぞ」
「だって、グウィンは一人なんでしょ! 寂しくて泣いちゃうかもよ!」
「心配いらない。グウィンにはラピスも付いてゆく。グラン・パープル島はもともとはラピスの故郷だ。案内役にはぴったりだからな。それに期間はたったの一年間だ。そんな長い別れでもないだろ」
まだ、納得のゆかない迦楼羅は、頬を膨らませた。
けれども、その時、
「さあさあ、誕生日のメインデザートを食べるよ。私と天喜が腕によりをかけて作った、ハイラスの実のバースデーケーキだよ!」
フレアおばあさんが、厨房から運んできた大きなケーキに大歓声と拍手が起きると、迦楼羅の笑顔が弾けた。
反対に、グウィンは真剣な顔をしてじっと考え込んでいた。そんな息子の様子にコーネリアスは首を傾げて尋ねた。
「グウィン?どうしたの?あなたも迦楼羅と別れるのを心配しているの?」
「ううん、一年間だけと聞いて、かえって安心したくらい。それに、王女の戴冠式の手伝いができるなんて、すごく光栄なことだよね」
「なら、どうして、そんな浮かない顔をしているの?」
グウィンは、首にかけた金のロケットに手を触れて、遠慮がちに問う。
「ねぇ、母さん、レインボーヘブンの伝説を聞くうちに、ゴットフリーさんと母さんが、このロケットに込めた想いが、僕にはひしひしと伝わってきた。でも、僕に金、迦楼羅には銀のロケット……本当に、そんなに大切なものを僕らがもらってもいいの?」
グウィンの端正な横顔に、兄の面影が重なる。コーネリアスは優しく笑って言った。
「大丈夫よ。それを渡すというのはゴットフリーの意思でもあるの。だから、大切にしてね。それは、どんなに離れていても決して途切れることのない、迦楼羅とグウィンの”絆の証”なのだから」
「絆の証……」
グウィンの灰色の瞳。その輝きにコーネリアスは目を細める。それは、夜明け前の清らかに澄んだ一番星のような光だった。
* *
グウィンと迦楼羅の船出の日は、爽やかな風の吹く初夏の朝だった。
港を離れてゆく彼らの船がつけた航跡が、海に銀色の筋を浮かび上がらせている。
コーネリアスたちが見送る中、少し距離を置いた場所には伐折羅も姿を見せていた。
防波堤に寄りかかりながら、伐折羅は、傍に来た妻に言う。
「知っていいことばかりじゃない。子どもたちに、あそこまで詳しくレインボーヘブンの伝説を話す必要はなかったのに」
伐折羅の漆黒の瞳は、双子の父親になった今でもどきりとするほど美しい。コーネリアスでも、久々に会うと戸惑ってしまうほどだ。
「うん……でも、私は真実を伝えたかった。それに、話しているうちに、忘れかけていたレインボーヘブンの欠片のことを思い出したの。ジャンや
「ジャン……レインボーヘブンの欠片”大地”のことか? あいつ、今でも、俺は気にくわない」
「えっ、伐折羅はジャンのことをずっと覚えていたの?」と、コーネリアスは驚いた顔をした。
「忘れたことなんてないさ。彼らのことも。ゴットフリーのことも」
「へぇ……そっか。さすがは伐折羅だね!」
コーネリアスは屈託なく笑った。
彼は自分以上にゴットフリーや欠片たちと深く係り合った。そして、闇の中に光を見出した。
そんな彼の想いが伝わるからこそ、自分はこの島や住民たちを守ってゆきたいと願うのだ。コーネリアスは伐折羅にそっと身を寄せた。
* *
「おいおい、あの二人を見て見ろよ。何だかんだ言っても、伐折羅とココは上手くやってるんだな。セブンスアイル島は当分安泰ってことか」
スカーはそう言うと、船を見送っていた
「天喜も、もうラピスと身を固めちまえよ。まんざらでもないんだろ?
歯に衣着せない言いぶりのスカーに、天喜は戸惑った顔をした。
「もう、みんなして、そんなことばかり言うけれど、今は、そんなことを考える気にはなれないわ」
「まったく、こんな
そんな天喜を見すえて、スカーは小さく息を吐いた。
* *
船の甲板から、迦楼羅とグウィンは故郷が遠ざかるのを見守っていた。
「フレアおばあちゃんは港まで見送りに来られなかったのね。残念だけど、もうお年だから仕方ないか。……にしても、その娘、よほどグウィンが好きなのね」
迦楼羅がそう呟くと、傍に来たイリスにグウィンは手を伸ばした。ラピスが一緒に連れてきたこの6歳の娘は、最近では彼を見つけるといつも傍に駆け寄ってくる。
グウィンは少し不満げな迦楼羅に笑みを浮かべ、
「そんな顔をするなよ。ラピスさんたちとはグランパス王国まで一緒だけど、迦楼羅とは次の港でお別れなんだよ。寂しくなるけど、帰る時にはお土産を買ってくるから。そして、今度会った時には、島でのお互いの話をたっぷりしようよ」
「うん、わかった!次に会う時までには、私はグウィンがびっくりするくらい、才色兼備の“超絶乙女”になってやるんだからね」
その時、甲板に上がってイリスを探していたラピスは、グウィンの上着の裾を握りしめている娘の姿を見つけて顔をしかめた。
「イリス、ここにいたのか? グウィンにべったりは、ちょっと迷惑だよ」
しかし、気を使うラピスにグウィンは微笑んだ。
「大丈夫だよ。これからはイリスちゃんとも、よく会うだろうし、それに、この娘が傍にいると、僕は何となく安心なんだ」
ラピスは驚いて、陽光に照らされたグウィンの顔を見つめた。
ゴットフリー・グウィン。
その名前には“白いゴットフリー”という意味が込められている。彼の両親は、純真で清らかに、そして自由に生きることを願ってその名をつけた。
ラピスは、グウィンと一緒に海を見つめている双子の姉を見た。それから、彼の娘のイリスにその視線を移した。
快活に笑う
邪神の女神、アイアリスが黒なら、イリスは”白”だ。ラピスはイリスが生まれた時、幸せのメッセンジャーとしての意味を込めて、その名をつけた。
「ねぇ、あの虹の丘から追いかけてくるよ」
そう言って、イリスが船の後ろを指さすと、七色の光の帯が彼らの船を追っているのが見えた。
鮮やかな虹は見る見るうちに船の上を越えて、青空に大きな七色の弧を架けた。風が吹き、海が波を起こし、後押しされた船はその後を付いてゆく。
船の行く先は、虹の道標に導かれた試練と歓喜の未来。
一つの時代が終わり、時は次へと移りゆく。それは新たな命が作り出す、夢と冒険への航海だった。
【アイアリス・レジェンド~虹の女神と闇の王】
― 完 ―
【後書き】
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『アイアリス・レジェンド』は、壮大なスケールのファンタジーを目指して執筆した物語ですが、ゴットフリーを中心とした登場人物たちの成長の物語でもあります。
ゴットフリーやタルク、そしてレインボーヘブンの欠片たちが消えた先はどこなのか――その答えは、読んでくださった方の心の中にある“どこか”に委ねたいと思います。
またどこかでお会いできる日を願って。
本当にありがとうございました。
RIKO
アイアリス・レジェンド~虹の女神と闇の王 RIKO @kazanasi-rin
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