第99話 レインボーヘブンの伝説 

 黒馬亭の前庭。


「コーネリアスっ、ココったら!」

「え?」

「何をぼんやり考え込んでるのよ。フレアおばあちゃんが入れてくれた紅茶がさめるわ」


 顔を覗き込んでくる美しい人。ああ、天喜か。そういえば、今日は祝春祭で会議が早く終わって、久々に黒馬亭を訪ねてきたんだっけ。ココは少しほっと表情をやわらげた。


「最近、忙しすぎるんじゃないの。休める時はちゃんと休まないと。ほら、紅茶! 手作りクッキーもどうぞ。双子たちが広場の演奏会から帰ってきたら、一気になくなってしまうわよ」


 その双子たちの元気な声が響いてきたのは、皿のクッキーにココが手を伸ばした時だった。


「ただいまあっ! あれぇ、母さんがいるなんて、超珍しいじゃん」


 嬉しそうに笑って彼女の隣に座ると、即、クッキーに手を伸ばした迦楼羅。グウィンは母の隣に座りかけ、少し躊躇した後で一つ離れた椅子に座る。そして、母と談笑する姉を少し羨ましく思うのだった。


「あらあら、グウィンもお母さんに甘えたいだろうに。素直じゃないのね」


 笑って天喜はココと顔を見かわす。


 あと少しで16歳の双子。

 ”虹の丘”の石の扉を開く時が迫っている。


 けれども、ココはそんな素振りを見せることなしに笑顔を返した。

 あと少しだけ、このままでいよう。この幸せに浸っていたいからと。


 すると、迦楼羅が突然声をあげた。


「天喜、”レインボーヘブンの伝説”を私たちに聞かせてよ! ラピスが言ってたの。私の金のロケットとグウィンの銀のロケットのことは、天喜に聞けと。断片だって、それを繋ぎ合わせれば、伝説のすべてが見えてくるだろうって」


 天喜は驚き、ココに尋ねた。


「いいの? ココ、勝手に私が話してしまって」


 だが、ココは躊躇もせずにこう答えた。


「なら、話は長くなるわね。もっと、フレアおばあちゃんに、紅茶とクッキーを追加してもらわなきゃ」

 

 黒馬亭の前庭の円卓。

 そこに集った親子を前に、天喜は、長い長いお話を言葉にして紡ぎだした。


「それは、五百年も昔の話、東の海の果ての出来事。すべての幸せを詰め込んだ美しい島がありました」


 至福の島、レインボーヘブンの伝説”を


* * * 


【 Epilogue 】

 

 それは、五百年も昔の話。


 東の海の果ての出来事。


 紺碧の海はその島を守るように、高く波頭をあげていた。


 その島の海岸に一人の女が佇んでいた。

 艶やかな銀色の髪、水蜜桃のような肌、澄み切った青の瞳。

 女が身に纏う純白のドレスに陽光が当たる度に、七色の光が辺りに広がる。それは空高く昇り眩い虹に姿を変えた。


 女は手にみどり児を抱えていた。


 同じ海岸に男の子がいた。


 黒い髪に鮮やかな灰色の瞳。


 陽光が髪に当たると、その髪は紅に色を変えた。


 子供はみどり児を抱いた美しい女に声をかけてみた。


「ねぇ、その子の名前、何て言うの?」


 女は振り返ると、溢れるような笑顔で答えた。


「ゴットフリー」


「あれ、それって僕の名前だよ」


 女はうなづくと、男の子に手を指し伸ばした。美しく優しく慈愛に満ちた仕草で。

 男の子が手を伸ばす。


 その手と手が触れた瞬間に、至福の島に女神アイアリスが降臨した。


 それが始まり。

 至福の島の伝説の



【アイアリス・レジェンド~第四章 闇の女神 夜明けの大地】 

   

        本章 ~終幕~ 




*  *

あと1話あります。それで、全編完結です。

最後までよろしくお願い致します。

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