第5章 決戦 5

 加速停止から2時間後、 艦載戦闘艇を収容した統合任務部隊は連合の艦隊を追撃すべく4の30方式(3.5時間の4G加速と0.5時間の休息を組み合わせた継続加速方式)での加速相殺を開始。

 加速相殺が終わり、連合の艦隊が向かった公転面から上方へ向かう軌道に遷移するタイミングに合わせて補給艦が艦隊の近傍空間に転移。追撃軌道に乗り、1G加速を行う艦隊に併走しながら推進剤の補給を開始した。

「敵艦隊は加速を緩めました。現在のところ1Gに抑えているようです」

「推進剤の残量を考えればそうせざるを得ないだろう」

「現在の速度だと補給艦と合流も無理でしょう」

「そうだな。だが、それはこちらも同じだ。今回は時間よりも補給艦との合流を優先できたが、明日は我が身かもしれない。シメオ大佐、このことは貴官からも必ず報告を上げて欲しい。今後のことを考えれば艦隊運動の加速についてこられる補給艦が必要だ」

「アイ・アイ・サー」

 4時間後、推進剤の補給を終えた統合任務部隊は直ちに通常の当直体制を維持したまま3の30方式での加速を開始。連合の艦隊の追撃を開始した。通常の当直体制とは言え長時間加速は追撃にあたる統合任務部隊将兵の体力、気力の回復を妨げ、損傷箇所の修理もメンテナンスボットによる応急修理程度しかできない。なかなか厳しい状態だった。


「司令官、敵艦隊が加速度を上げたようです」

 戦術システムに表示された敵艦隊の加速度ベクトルが大きくなっていた。

「こちらの追撃開始に気がついたのだろう」

 軌道計算を行うまでもなく、これだけ先行され距離を空けられては統合任務部隊が再び連合の第1衝撃軍に対して交戦可能な距離に近づくのは実質的に不可能だった。敵の指揮官もそれくらい判っているはずだ。だが、それと心理的なプレッシャーは別だった。これからも追撃の態勢をとることでプレッシャーを掛け、連合の艦隊をクルマルク星系から追い立て撤退させるのがロバーツ中将の狙いだった。

 追撃などせず、放っておいても転移のプロシージャが作成できれば連合の艦隊は撤退するかもしれない。だが、放置して外惑星軌道や星系外縁部に補給艦や工作艦を伴って居座られでもしたら面倒なことになる。そうならないように無理をしてでも統合任務部隊は連合の艦隊に対して追撃の構えを見せプレッシャーをかけ続ける必要があった。


 追撃開始から90時間が経過。統合任務部隊はすでに恒星クルマルクから80光分離れ、さらに連合の侵攻艦隊に向かって加速を続け、追尾していた。

 統合任務部隊将兵の疲労の色は濃かった。耐Gカプセルの中での睡眠は決して快適とは言えず、疲労回復の効果は薄かった。3の30方式の間に提供される糧食は栄養補給と消化の良さを重視したものだが、食事の楽しみとしては褒められたものではなかった。

 戦術システムが情報を更新した。センサーが捉えていた推進器の赤外反応が消えた。例え加速を停止しても噴射を続けていた推進器の赤外反応はすぐには消えない。光学センサーによる確認でも艦影を捉えることはできなかった。

「敵艦隊、転移した模様」

 艦隊司令部指揮所の当直将校は戦術システムの情報を確認した。確かに敵影は消えたようだ。彼は司令官室の耐Gカプセルで休んでいるロバーツ中将に連絡した。

「お休みのところすみません。司令官、当直のワン大尉です。敵艦隊が転移しました」

「わかった。統合任務部隊、加速停止。すぐそちらへ行く」

 ワン大尉はこれでようやく3の30方式から開放されると喜んだが、すぐに減速とクルマルク4への帰還でさらに苦行が続くことに気付き、うんざりしながらロバーツ中将の命令を統合任務部隊の各級指揮官に伝達した。


「長官、スヴェラークです」

「元帥、どうしました?」

 連邦宇宙軍シフィデルスキ長官は連邦宇宙軍制服組トップであるスヴェラーク元帥からの連絡に身構えた。

「連合の侵攻艦隊がクルマルク星系から撤退したと統合任務部隊司令官より連絡がありました」

「それは良かった」

「はい、一段落ついたと言って良いでしょう。現在、クルマルク星系では救難活動と仮設ステーションの構築を行っているとのことです」

 詳細な情報がまとめられたファイルが届いたとアイコンがフラッシュした。

「判りました」

「しかし、辺境星域に展開していた艦隊は相応の損害を被っており、統合任務部隊に増援を送る必要があります」

「許可します。今、送りました」

「感謝します」

「反攻作戦は予定通りですか?」

 純粋な軍事的命題として考えれば、連合の侵攻艦隊を阻止するためには連合の侵攻艦隊の連絡線に対する大規模な襲撃が有効だ。だが、連邦軍は伝統的に連邦を構成する各星系国家の市民保護を最優先とするドクトリンを採用している。これまでは侵攻に曝されている星系国家の市民の避難支援を放り出して侵攻艦隊の連絡線襲撃を行うわけにはいかなかったのだ。だが、辺境星域の全ての星系の市民が避難を終えた今、そのような制約はない。

「はい。明後0300時をもって第6艦隊がキトゥエ星系に侵攻。展開している連合の補給艦群および護衛戦力を殲滅し敵連絡線を切断することになっています」

「判りました。主席への連絡はこちらから行います。他に何かありますか?」

「あります。連合の出方にもよりますが艦隊の大規模な増強が必要になる可能性は極めて高いと考えます。これに伴い産業界の軍需シフトや最悪、戦時統制経済体制への移行も検討すべきと思慮します」

「なるほど。元帥はそれだけの危機感を感じていると」

「はい。連合の戦争意図が未だ読めません。制限戦争で終われば良いのですが、人類が未だ経験したことがない星間国家間の全面戦争になる可能性も否定できません」

 シフィデルスキは思わず息を呑んだ。両国の経済規模、軍事力を考えれば、全面戦争になどなったらどれだけの惨禍が巻きおこることか。過去に連邦が経験した星系国家同士の紛争に端を発した内戦ですら、あれだけを惨禍を招いたのだ。もし、連邦と連合が本気で総力戦を戦えばどうなるか。宇宙軍長官に就任したときにレクチャーを受けた中にあった「万一の場合の全面戦争シミュレーション」は怖気を震うものだった。

「判りました。主席並びに全閣僚には必ず元帥の危惧をお伝えします」

「お願いします。杞憂であることを願うばかりです」


 こうして後に「汎人類戦争」と呼ばれる戦争が始まった。この戦争は、いつどういう形で終結するのか、それを答えられる人間、システムは存在しなかった。

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連邦宇宙軍 汎人類戦争開戦 小田 慎也 @s_oda

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