第二十五話 結実、そして≪résultat≫

 聖歴二十にじゅう年  ガーネット月一日。


 魔術器と武器の調整が終わり、ルーカスが封印部屋から出る事が出来たのは、奇しくも自身の生誕日。


 ルーカスは再び魔術器——正式名称を〝アタラシア〟と言うらしい——を嵌め。

 新しく打たれた刀・彼岸三日月ひがんみかづきと銘が刻まれた刀を携え。

 すっかり伸びてしまった髪をイリアからもらった赤い紐で襟足えりあしに束ねて。


 フェイヴァ、エルディックが見守る中、両者の調整具合の確認へと挑んだ。


 修練場の中央。

 自分を取り囲むように並べられた的、巻藁まきわらの一つを視界に捉えて、刀を抜く。



「第一限定解除! コード『Λラムダ502788』!」

『コード確認。第一限定、開放リリース



 解除コードを入力すれば、これまで同様に腕輪の魔耀石マナストーンが輝き、解き放たれた力が紅いゆらめきとなって表れた。


 ルーカスはそれを、乱れなき刃文、美しい直刃の刃に纏わせて、構え。

 上段から下段へ、巻藁を斬り付けた。


 これまでであれば、破壊の力が対象へ作用した瞬間に刀も破壊される。


 けれども、そうはならず。

 刀を振り抜いて巻藁が消し飛んだ後も、手にの感触があった。



(エルディック殿の話によれば、魔術器の起動と連動して作動する防御機構を刀に組み込んだのだとか)



 ルーカスは確かな感触に口角の端を上げて、次の的へ。

 剣閃を走らせれば的は消え去り、続けて三、四、五……と次々に、力を纏った斬撃で消滅させていった。

 

 流れるように全ての的を消滅させて、力の開放を終えた時。

 ルーカスの左手にはしっかりと刀が握られていた。



「ホッホ! 上手く行ったようじゃな!」


「この様子であれば、問題なさそうです。ありがとうございます、エルディック殿」



 陽気に笑うエルディックに頭を下げると「よいよい」と笑い飛ばされた。



「ワシにかかれば朝飯前よ! それより、刀の方も中々の業物だろう?」


「はい。……正直、ここまで手に馴染む名刀は、初めてです」


「オマエさんに合わせて打たれた刀だからの。

 せいぜい大切にしてやってくれ。そうすればあやつも喜ぶ」



 ルーカスは刀を眼前に持ち上げて、眺める。

 刃渡り、重さ、柄の長さ——エルディックの言う通り、自分に合わせて鍛えられたとわかる仕上がりだ。



(……凄いな。体格や型、武器を振る時の癖を伝えただけで、こうも手に馴染む業物を鍛えてしまうなんて)



 エルディックが「あやつ」と呼ぶ刀匠も、相当に優れた人物である事が窺える。

 いつか和国へ赴く機会があれば、お礼を伝えようとルーカスは思った。



「さて、これでワシの仕事も終わり。ようやくホドへ帰れるの。

 ……あの豚め、自分で呼びつけておいて何かと難癖つけよって。自分は高みの見物しとるくせに、良い身分だと思わんか?」



 この話題は笑ってやり過ごすしかない。

 心情的には同意するが、うっかり頷こうものなら、後がこわい。



「大体、あやつは昔から高慢なんじゃ。

 頭がキレるのは認めるが、やり口がイチイチねちっこくて、裏表が激しいやつで——」



 エルディックはよほど腹に据えかねたものがあったのか、続けざまに愚痴をこぼし始めた。


 これも、下手に口を挟まない。

 ルーカスは無の表情を浮かべたフェイヴァの横に並び立ち、聞き手に甘んじようとした。


 そこへ——。



「ジョセフとの仲は相変わらずのようじゃな。

 遠路はるばる足を運んでもらったというのに、嫌な思いをさせてしまったかな? エルディックよ」



 温和な低い声が響いた。

 修練場の入口からだ。


 視線を向けると、口元を覆う白髭しろひげの林から、柔らかな微笑みを浮かべる年老いた男性がしゃんと立っていた。


 純白と純金に彩られた天へ伸びるかんむり

 白長衣アルバの上に、それよりも裾の短い金の刺繍が施された祭服カズラ

 祭服カズラの下には、光を模したモチーフの入った、首から掛けるストラが下げられている。


 その横には、いつもの衣裳ではなく、祭典の時に高位の聖職者が纏う祭服に身を包んだイリアの姿。


 年老いた男性の纏う雰囲気には高貴さと、頂点に君臨する者独特の威厳が滲み出ている。


 男性が誰であるのかは、一目瞭然だった。

 


(——教皇ルキウス・ルクス・アルカディア聖下。

 イリアが祖父のように慕った人物であり、俺のもう一人の恩人だ)



 ルーカスは反射的に膝を折って頭を垂れた。

 エルディックとフェイヴァも同様に、礼を取っている。



「聖下、お久しぶりでございます。ジョセフとは、まあ……胸糞悪いのは確かですな。

 それよりも、聖下へご挨拶にもうかがわず、失礼しました」


「それはわしが祭典で忙しくしておったのが原因だろう?

 じゃが、こうして会えて良かった。息災で何よりじゃ、エルディック——いや愚者アレフよ」



 それは、使だ。

 聞こえた名にルーカスは驚きを隠せず、勢い良く顔を上げてエルディックを見た。


 彼はこちらの視線に気付くと、何とも形容しがたい表情で、頬を掻く。



「聖下、正確には元・アレフですよ。

 今【愚者ぐしゃ】の神秘アルカナを宿しているのは、ワシじゃありません」


「ふぉっふぉ、そうじゃったか?

 教団に帰属しない使徒の事は、すっかり情報がうとくなってしまっていかんのう。

 ともあれ、盟約に従い協力要請に応じてくれたこと、感謝するぞ」


「勿体なきお言葉です」



 エルディックは拳を胸に瞼を閉じて、頭を下げた。

 その姿を見届けたルキウスの視線がルーカスへ向く。


 しわがれ、皺の多いまぶたから見える彼の瞳はイリアと同じ色。

 淡い青色だ。その輝きも、彼女と似通ったものがある。


 ルーカスは挨拶をしなければ、と口を開きかけたが、



「初めましてじゃな、獅子の子よ。

 近々、おやつの時間ラ・デュ・グーテの話し相手として付き合って欲しいんじゃが、どうかな?」



 好々爺然こうこうやぜんとした笑顔を浮かべたルキウスが、言葉を発する方が早かった。


 誘いを断るわけにはいかない。

 ルーカスは緊張感から息を飲んで、「慎んでお受けいたします」と了承した。



「ふぉっふぉ、嬉しいのう。期日は追って伝えよう。楽しみにしておるよ」



 と、ルキウスは笑顔を深めた。


 彼こそが教団の頂点。

 ジョセフを始めとした枢機卿団カーディナルを従え、使徒であるルーカスが真に仕えるべき相手。


 彼が如何なる人物であるのか——。


 ジョセフを重用する彼もまた、俗物的な人物なのでは?

 と、疑心暗鬼になりながら、ルーカスはお茶会の日を迎える事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫〜 柚月 ひなた @HINATA_YUZUKI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画