法事
歩
かんざし
あの日。
それは子どもの頃の想い出。
法事で訪れた田舎。
そこで起こったこと。
過ちも出会いも、きっと忘れない。
曾祖父の十何周忌かで、親戚一同が長野の山奥、祖父母の家に集まった。
くねくねした山道を延々と走りやっとのことでたどり着く。
何ない山の上のさびれた村に。
気を遣って運転していた父も車から降りるや
やあやあ、久しぶり。
よくぞ無事についたな。
ほんと、ほんと。
笑い合う大人たちにも、冗談に聞こえないと口をとがらせていた。
誰それが来た。
それ次はあいつだ。
元気してたか。
これで全員だな?
それじゃあ、行こうか。
さっそく、お墓参りだ。
何はともあれ、大事なそれを済ませてからのんびりしようという腹積もりなのだ。
大人たちはワイワイやっていたが、僕は一人、後ろをついていく。
一番年が近いいとこも確か、その当時でもう大学生。僕はまだ小学生。今は同じ年頃になっているからわかる。子どもの扱いなんておっかなびっくりのうえに、拗ねている子どもなんてなおさらどうすればいいのか分からない。だから、ほっておかれたようになったのだろう。
今にして思えば恥ずかしい。
子どものむくれだ。
拗ねるところが子どもなのだが、当時はそんなことは思わない。
山中にポツンと置き去りにされた旧家を守る祖父母に山道は辛そうだった。
山の墓地へ車は入れない。大人たちはだいたい祖父母と、同じくらい年を重ねてしわだらけの顔がまるで妖怪のようなお坊さんを気にかけていた。
僕は列の一番うしろ。
時々、ちらちらとおばあちゃんだけは気にかけてくれた。
何かと声をかけてくれたのだが、子どもなんてそんなもので、一度むくれると気にかけてくれればくれるほど反発する磁石のように。
「ほっとけ、ほっとけ」
父が笑いをかみ殺しながらいうのがまた不愉快だった。
1時間も険しい山中を歩いた先、文字通り山がそこだけ切り取られた一角。
我が一族だけの墓地。
あの日は真っ青な空がピカピカに磨いたみたいにきれいだったこと、よく覚えている。秋の始まりのころだったから、山のなかで多少涼しくてもみんな汗だくで登ってきて、
きれいな空だ。
おじいちゃんたちがようこそって迎えてくれているんだな。
疲れが吹き飛ぶなあ。
なんて、そんなふうに思えない、ふうふう言いながら汗をぬぐっていたことも。
森の臭いが濃く、都会に住んでいる僕にとってそこは別世界。
鳥の声の多さには、来るたびいつもビックリしていた。
大人たちが先祖代々の墓が並ぶ、我が家だけの墓地の清掃に、さらに汗を重ねているなか、僕はポツンと一人で虫か何かを追って遊んでいた。
掃除が終わり、お坊さんの読経も終わり、「やれやれ、これで肩の荷が下りた」と大人たちは労い合う。腰や肩をお互いトントンしたりして。
今年もえらかったなあ。
来年もかぁ。
年々、きつくなる。
まあまあ、みんなで頑張ろうよ。
愚痴を垂れていても、むしろ親戚一同、こうして集まれる機会を持てていることがうれしいようだった。
僕は気付いていなかった。
こんな風景はいつものことだと思っていたが、案外他のところはそんなことはないと。
親戚の集まりなんて、年を追うごとに、子どもが大きくなるほどに、それぞれの事情が重なり、一人減り、二人減り、果てはあちらの家族もこちらの家族も来なくなる。
そんなものだと知ったのは、大学生になって故郷を離れてから。お盆はどうする? 俺は帰らねえ。鬱陶しいよな。などと友達が話をしていることで。
驚いた。よそはそんなに家族と、親せきと疎遠なのかと。
うちの親戚は仲がいい。つながりも深い。それは貴重なもので、絶対に大事にすべきものだ。
あの日のこと、大学生までなって改めて思い出されたものだった。
当時はもちろん、我ままな子どもで、ずっとむくれたままで。
汗をかきながら山から下りてきて、築百年を超える大きな旧家で一服。
部屋数は多いから、家族それぞれ、あちらこちらで一服。
部屋割りはもう決まっていたようなものだから、まさに自分ちに帰って来た感覚だったのだろう。
順番にお風呂に入り、お酒の席へ。
ごちそうもお酒も持ちよりか、作ったもので、にぎやかな夕暮れとなった。
僕はお手伝いもせず、濡れ縁で足をぶらぶらさせながら携帯ゲームに熱中していた。
ほっとけと、また父がいっている。
それが腹立たしかった。
夜を迎えるころ、県内や山の下、村のなかと、ほとんどの親戚たちが帰っていくなか、僕の家族だけは遠方なので泊まることになった。
調子に乗ってお酒を飲みすぎ、ダウンした父のせいもあるのだけれど。
おじいちゃんとおばあちゃんはそれでも喜んでいたみたいだった。
僕は広い部屋に一人で寝ることになった。
「おまえ、一人で寝られるか?」
酔っぱらってニヤニヤする父への反抗だったのはいうまでもない。
僕は最後まで不機嫌で、祖父母をも困らせていた。
明日は川へおじいちゃんと遊びに行こうか。
などといわれていたはずだが、無視してさっさと与えられた部屋に入った。
何もすることがない。
携帯ゲームも飽きた。
早々に、ふて寝だ。
コチコチコチコチ……
大きな掛け時計の音が、やけに耳に刻まれる。
眠れない。
まだ20時。
一人で寝るのは確かに、この日が初めて。
和室で、布団で寝るのはここでくらいのもので。
寝よう、寝ようとすればするほど目が冴えてきた。
天井が板目で、なんだか歪んだ顔にも見えてきて。
キュッと目を閉じた。
がばっと布団も被った。
いつの間にか虫の声も遠く、うとうと、とろとろまどろみに入る。
カサ、カサ……
カサカサ、カサカサ……
何かが布団の周りを這いずり回っている。
虫!
ムカデには気を付けてと、おばあちゃんにいわれていた。
瞬間、布団を跳ね上げた。
何もいない。
気のせい?
それにしてははっきり……。
怖い。
でも、眠気が勝って、またうとうと。
カサカサ、カサカサ……
カリカリ、カリカリ……
足もとから僕の体を這い上がってくる!
また布団を跳ね上げようとした。
なのに。
動かない。
体が、頭が、手も、足も、指も。
山の涼しい夜にも、全身から汗があふれた。
あ、あ、あ、あ……。
ついに胸のところまで来て、そして、それは……。
『どこ? どこに行ったの? どこへやったの?』
長い髪を振り乱した女の子だった。
僕よりも少し大きいと見えた。
その顔は、恐ろしいと思うほど悲しい顔で。
涙をぼろぼろ流して。
僕に迫ってきた。
「う、うわあああああぁっ!!」
どうした、どうした、なんだ、なんだ!
自分でも驚くほどの悲鳴が出ると、すぐに両親と祖父母も駆け込んできた。
「お墓で何かしたんじゃないのかい?」
ガタガタ震える僕を見ながら、おばあちゃんはゆっくりいった。
「ああ、そうか。そういうことか」
おじいちゃんは手を打って、「しょうがない坊主だ」と、にっかりと笑った。
その夜はそのあと、おばあちゃんとおじいちゃんの部屋へ。
「明日、ちゃんと謝ろうな」
優しく頭をなでられて、やっと落ち着いて、すぅっと、眠りの淵へ安心して落ちることが出来た。おじいちゃんとおばあちゃんは優しくて、母とは違うぬくもりを感じていた。
翌朝早く、僕はまた墓地へ。
おばあちゃんと一緒に。
ゆっくりゆっくり山道を登りながら、おばあちゃんは昔話を語ってくれた。
「とっても悲しい恋をしたお姫さまがいらっしゃってね。許嫁がいたんだけれど、彼はいくさに出て行ってしまった。きっと帰ってくる、迎えに来るからと、彼は別れ際、お姫さまにかんざしを贈った。それを握りしめ、行かないでの言葉も飲み込み、お姫さまは家族のことを想って、彼を送り出したの。桜の木の下で。でも、お姫さまは桜が散るころにはもう亡くなってしまった。流行り病でぽっくりとね」
僕はあの時、一番隅にあった小さなお墓に供えてあった大事なかんざしを捨ててしまったんだ。
小枝かと思ったんだ。
それくらい、古びたものだった。
かんざしなんてものも知らなかったし。
ポイと。
お手伝いのつもり、少しはあった。
いつまでもふてくされている自分がちょっとだけいやで。
「かんざしは今でも、お姫さまは大事にしている。彼が帰って来たときの目印にとお墓にお供えされているの。だから絶対、取ってはいけないのよ。嵐の翌日でもこのかんざしだけはお墓の上にあるの。お姫さまは今でもかんざしを大切にしているのね」
それを僕は放り投げてしまったんだ。
おばあちゃんは根気強く僕と一緒に古いかんざしを探してくれた。
30分くらいかかってやっと見つけ出し、それをお墓に供え直して、僕と一緒におばあちゃんは拝んでくれた。
(ごめんなさい)
心から謝った。
「さあ、行こうか」
その夜。
車が故障して、もうひと晩泊ることになった。
正直、怖かった。
また、あの女の子が現れるんじゃないかって。
でも、おばあちゃんもおじいちゃんも、お父さんもお母さんも、
「その時はまた、しっかり謝れ」
僕はまたあの部屋に一人。
コチコチと時計の音が響く。
風の音がやけに耳にうるさかった。
夢。
いつの間にか、寝ていた。
白い景色。
桜の木が一本。
満開。
季節外れに。
風が吹いて、桜吹雪。
その向こうに、小さなお姫さま。
桜模様のきれいな着物を着て、長い黒髪があのかんざしでまとめられていた。
紅い
『おどろかせてごめんなさい。でも、ありがとう。みんな仲良くしてね』
にっこり笑って、僕の頭をなでた。
僕より少しだけ大きな女の子。
今でもずっと覚えている。
笑顔と約束。
法事 歩 @t-Arigatou
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