第22話 オーガの上位種 酒鬼

 方向が響いてすぐ、リュークはため息と共に立ち上がり外に出た。ましろとくろなも付き添うようなので俺もついて行く。


 騒ぎの中心地へと赴くと、一目で元凶が分かった。血で染めたような赤肌で過剰に筋肉質な図体を持ち、額には勇ましい角が生えている。加えて大ぶりの大刀。分かりやすいほどに、鬼だ。


「オーガってやつか?」


「その上位種の酒鬼じゃな。周りの近衛であろう三体も同じく酒鬼じゃが、後ろの群れは全てオーガじゃ」


 俺の疑問にツクヨが応えた。確かに一際体格のいいリーダー格を除いて、他に風格があるのは三人。あとは俺でも余裕を持って勝てるだろう。ん? でもオーガの中にもちょっとやれそうなのが……。


 相手戦力の観察に耽っていると、酒鬼が口を開いた。


「やっと姿を現したか隠居じじい」


「何用だ。酒鬼よ」


 開口一番、耳心地の良くない声質で罵る酒鬼に対して面倒そうに対応するリューク。


「決まってんだろ。今朝目覚ましたら森に異質な気配が漂ってた。俺は昨日酒を飲みすぎたせいでつぶれちまってたが、昨晩なんらかで蘇ったってとこだろう? 真祖の吸血鬼がよお」


 にやりと不敵な笑みを浮かべる酒鬼。


「だったらなんだというのだ」


「じじい、お前の魂胆なんて分かり切ってんだ。どうせ蘇った真祖の吸血鬼様をこの森全体の統率者にでもしようってところなんだろ?」


 え、そうなの? 初耳なんだけど。


 きょとんとした目でリュークの方を見ると、少し怒気を含んで言った。


「回りくどいな。二度も言わせるな。だったらなんだと言うんだ」


 早くこの鬱陶しい会話を終わらせたい。そんな風にも取れるリュークの返しに、酒鬼は軽く息を吐いて笑う。


「だったらよぉ! 俺と勝負させろや! 勝った方がこの森の王だ!」


「愚かな」


「違うな、この森を統べたいというなら全森民に承諾をとるのが筋ってもんだろうよ。じゃあ俺と戦うのも筋ってもんだ」


「意味がないと、分からぬのか?」


「はッ! 何百年と引きこもっていた吸血鬼ごときに俺が負けるわけねぇ」


 リュークの杖を持つ手に力が籠る。


「隠居好きのじじばばなんかより! 俺が力でねじ伏せてこの森を収めてやるよ!」


 杖が振られる。刹那、森が動いた。


 周りの木々が分れた枝を鞭のようにしならせ、蠢く大地が腕を生やして酒鬼を拘束し、頭を押さえつけて地に伏せさせた。


「慎め。御前だぞ」


 短くも激昂を読み取れるその言葉に身震いした。突っ伏す酒鬼を見る目はあまりに冷たい。


「くッ‼」


 苦しそうに呻きながら酒鬼が顔を上げるが、その目はまだ死んでいない。


「相変わらず自然と友達みたいなスキル使いやがって。こんなものぉぉぉ‼」


 酒鬼は膝を立ててそのまま力任せに起き上がる。頭を押さえつけていた大地の手を砕き、身体に巻き付いていた木々の鞭を引き千切った。


「ほぉ、なかなか根性のある小僧じゃないか」


 ツクヨが感心したように呟くが、そんな場合ではない。酒鬼の眼は虚仮にされた怒りで血走っていた。そして眼は不運にも俺に向く。


「お前だろ。お前からは異質な魔力を感じる。それも二つだ」


 一番近くに居る俺はよく分かるが、厄介事をなるべく早く済ませるためにツクヨは魔力を抑えている。こいつ、だいぶ敏感な魔力感知だな。


「でも、弱いなぁ」


 来る!


「今ここで殺せれば! 俺が王だよなぁ!」


 速い! 両腕で構えた大刀の振り下ろし。受けたら確実に腕の一本は持っていかれる!


「貴様はどこまでも愚かだな」


 冷静なリュークの声と共に再び自然の力を行使した拘束。ぎちぎちと締め付ける音が聞こえる。


「愚かなのはお前だ、じじい。こんな甘い拘束、へでもねぇ!」


 ぶちッと鈍い音が鳴り、酒鬼の腕が解放された。勢いのままに大刀は俺の首目掛けて振られる。が、振り抜かれた大刀によって首を飛ばされることはなかった。俺は指一つ動かしていない。防ぐ必要がなかった。代わりに防いでもらったからだ。


 大刀が俺の首に斬りかかる寸前、深緑髪の少女が眼前に現れた。そして明らかに対格差のある相手の渾身の大振りに対し、短い金属音を残して短刀で受け流したのだ。少女はすかさず次の態勢を整えて、手から枝を生やした。


 リュークと同じスキル⁈


 触手のごとく伸びる枝は酒鬼の両腕を素早く拘束し、手から枝が切り離される。そして無駄が一切ない少女は相手の肩に手を置き、迷いなく短刀を相手の喉元へ────。


「殺すな」


 リュークの一声で少女の動きはピタリと止まり、軽やかに飛んで着地する。


「不気味な餓鬼が」


 強い睨みで悪態をつかれたものの少女は能面を貫いている。深緑色の髪と眼を持ち、真っ白い肌と幼さの残る輪郭と体格、そこに微動だにしない表情が合わさって、酒鬼の言うようにミステリアスを越えて不気味にも見える。


「取り敢えず今日のところは一旦引け、酒鬼」


 そう言ってリュークは酒鬼を群れの方に投げ飛ばした。


「くそじじいが……。必ず場は用意しろ。もし魔猿共も参加したいってなら構わねえ。全員俺がぶっ殺す!」


 捨て台詞を吐いて酒鬼は背を向けた。しかしまだ一定数のエルフは戦いが終わったとは思っていないらしい。血気盛んな若者がいるのは酒鬼たちだけではないようだ。


「暴れるだけ暴れて帰れると思うなよ!」


「俺たちの縄張りに無断で踏み入った事を後悔させてやる!」


 木々や高台の上で、弓を弾き狙いを定めている者や魔法を詠唱している者がちらほらといた。


「やめろお前たち!」


 くろなの叱責も虚しく攻撃は放たれる。皮肉にも力を持った若者の自信に溢れた攻撃は並みでない威力で迫り、高速の矢と土、風の魔法が炸裂した。


「馬鹿者共がっ!」


 面倒ごとが長引くだろうということが、くろなの悔やむ声からも分かる。だがその心配はなかった。


 魔法によって立ち込めた煙が晴れた後、そこには二人の鬼が立っていた。


「なッ⁈」


「今のを凌がれたのか⁈」


 完全に不意をついた攻撃を放ったエルフたちが驚愕している。だがそれも無理はない。やはり上位種でないオーガにも二人ほど強者が混じっていたようだ。


 二方向からの攻撃に対し、一方では大氷壁が出現し、一方では地面に切り刻まれた矢の残骸が落ちている。


 超人的な力で攻撃を相殺したのはどちらも少女だ。


 氷壁を出現させた少女は何も言わず、歩き出していた群れと一緒に帰っていく。


 ごみ屑となった矢を踏みしめながら、切り刻んだ人物であろう少女は武器を収めた。見慣れた武器、おそらく刀だ。そして腰の鞘に手をかけながら口を開く。


「退却し背を向けた者への明らかな奇襲。始めに仕掛けたのは我々であり、勝手な真似をした自覚はあるため、虫がいいかもしれんが今のでお相子ということで頼む」


 淡々とした口調の少女はそれだけを言い残して去っていった。


「クックック、面白い。オーガのくせに知性を持ちうるか」


 確かに、ツクヨの言うとおりだ。魔物と魔人の違いは知性を持つか持たないかの違い。上位種の酒鬼は通常は魔人の領域には達しないが、特別力を持った個体であるリーダー格だけは気性は荒くとも知性を有していた。それはまだ納得がいく。しかしオーガとなると魔人には到底及ばない種族だ。それが知性を持っているとなると異質極まりない。


 酒鬼の群れ、本気でぶつかれば厄介かもしれないな。

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不死の力で神へ至る ~死神の後継者として生まれ変わった俺は固有スキルで最強となる~ 大学生 @raki11

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