第21話 敵襲

 心地いい陽光が差し込み、常に適温である部屋で俺は寝かされていた。少し勿体なくすら感じたが起き上がる。部屋を出ると、見知った顔が机を囲んで何やら話し込んでいた。


「リンネ様‼」


「よかった、起きられたんですね」


 いの一番にましろとくろなの声。心配と安心が混じったような表情でこちらを見ている。


「リンネ様、ご無事で何よりです。どうぞお座りください」


 リュークに促されて向かいの椅子に座る。ましろとくろなはリュークの後ろに立ち、構図は初めてここで話していた時と同じものに戻っていた。そして机に置いてあるピアスに手をかける。


「よう寝とったのう、リンネよ」


 少し離れただけで久しさすら感じる聞き慣れた声が耳に届く。


「俺はどれだけ寝てたんだ」


「だいたい半日ぐらいじゃな」


「そんなにか経つのか」


「まあ今はそんなことどうでもよい。リンネ、貴様はいきなり女を侍らす気か?」


 にやにやとからかう調子でツクヨが言う。こいつが言いたいのはましろとくろなのことだろう。


「そんなんじゃないよ。俺はただ呼びやすいようにあだ名みたいな感じでつけようと思ってたんだ。そしたら……」


「リンネ様。ご存じの通り、この世界における魔物、魔人への名づけとは非常に大きな意味を持つのです。それは軽々しくできる行為ではなく、あだ名という文化はもともと名前を持つ者のみに許されたことなのです」


 俺の名づけへの認識はまだまだ浅かったらしい。おそらく名持ちというのは思ってる以上に特別な存在なのだろう。


「しかも素質のあるエルフを二人も。お主とは種族も違う。そもそも魂の共鳴はどうやって突破した。出会って間もない奴を二人など、我でも容易ではないぞ」


 ツクヨをしても容易ではない。ならば当然、今の俺が実現できるはずもない。だが心当たりはある。固有スキルだ。


「ツクヨ、魂の共鳴の条件ってどんなものなの?」


「そうじゃな。こういう抽象的な言い方になってしまうのには色々方法があるからじゃ。一つは名づけを行う者、行われるものがお互いに心を可視化できるほどの信頼関係を築き上げること。そしてもう一つは支配。名づけを行う者が相手の心を完全に掌握し、名づけされる側は操り人形や奴隷のような存在まで墜ちることを示す。じゃが後者は難しいな。相手もそこまで追い込まれれば自殺なりなんなりするじゃろ。実現するには相手にとって死よりも大きな意味を持つ弱みを持った時だけじゃ」


 なるほど。この魂の共鳴ですらみんなの言う通り相当難しい条件だ。でもおそらくこの条件は俺にとって相性が良かった。


 【適応】。おそらく今回もこの固有スキルが働いたのだろう。ましろとくろな、この二人の魂に俺の魂が適応したんだ。人知を超えたスキルであることはこれまででも十分に分かっていたつもりだが、今回のは訳が違う。自分の者とは違う魂にすら干渉できるときた。このスキルの可動域は本当に底が知れない。


 ましろが言ってた分に限った残りの条件は圧倒的な格差、膨大な魔力。この二つは大体察しが付く。


 二人の実力はまだ分からないが、ましろとくろなはツクヨに素質があると言わせるほどなのだから相当の実力者で間違いないだろう。だとしたら格差と呼べるほどに差が出るポイントは分かり切っている。俺は死神の後継者だ。加えて真祖の吸血鬼の盟友である。そのネームバリューとポテンシャルのみが、俺とあの二人に格差をつけている。


 膨大な魔力もそれに付随するもので、魔力の圧縮や練り方、操作に関する技量や柔軟性はビギナーも良いところ。だがそれを覆い隠してしまうほどの魔力総量がある。


 すべてもともと用意されていたものであり、何一つ自身の力で得たものではないため胸を張って誇れるものではないが、事実として名づけの条件は満たしている。


 名づけが難関である理由は魂の共鳴であり、俺は容易にクリアできる。この条件でいくと俺はいくらでも名づけができるということになりそうだが…………。


 深く考えだそうとした時、リュークが一言発した。


「…………厄介な奴め」


「ん?」


 目を瞑ってうんざりとした声音のリュークに俺は何の事を言っているのか分からず反応する。


「一先ずこの話については一旦置いときましょう。すぐに結論の出る話でもありません。ツクヨ様、リンネ様、少々面倒ごとに巻き込むことになってしまいそうです。申し訳ありません」


「最近の若者は血気盛んじゃのう」


 事を理解しているのはリュークとツクヨだけの様子。二人以外はポカンとしていたが…………。


────ドガァァァァン‼


 大規模な地ならし。すでに事の成り行きを把握していた二人以外はここでやっと気が付いた。


「じじぃぃぃぃぃぃ‼ 出てこいやぁぁぁぁ‼」


 野獣にも近い野太い咆哮がエルフの縄張りに木霊した。

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