第20話 エルフとダークエルフ
リュークの屋敷を出て再び大自然が目に飛び込んでくる。どこを見渡してもひたすらに緑。風が澄んでていて非常に良いところだ。しかし後ろを振り向くと粛々と、厳格に佇む二人のエルフとダークエルフ。
「えーっと…………」
いかん。威厳ある美少女を前にしてコミュニケーション能力に異常が発生している。俺は何にでも適応できる男。ここはスマートに会話を進めなければ。
「それじゃあこの集落を案内してくれるかな?」
「畏まりました」
「各所を順々に説明させていただきます」
ほんの少し柔らかみを添えてエルフが、お手本のように美しい姿勢でダークエルフが応えてくれた。
てか案内をしてもらう立場でスマートとかあるのか?
かっこつけてやろうと思っていたのが馬鹿らしくなり、俺は二人と並んで歩きだした。
案内といっても観光ツアーみたく名所がたくさんあるわけではないので、基本的に集落のルールや役割を中心に聞きながら回る。
まず一番重要なのはやはり見張りや警護らしい。先ほど対峙した黒曜蛇のような長く森に住み付いている魔物は、エルフの集落は攻めても返り討ちに会うことを理解しているため襲ってくることはないらしい。だが問題は自我を持ってすぐの魔物や知性を持ち合わせない魔物なのだそうだ。そういった者たちは何も考えず馬鹿正直に獲物を探すため、この集落を襲うことも多々あるらしい。
集落の警護は昼と夜の交代制だ。配役は分かりやすく、エルフは昼の警護、ダークエルフは夜の警護なのだそう。魔物は夜の方が活発に活動する個体が多いらしく、警護の任も必然的に夜の方が忙しくなる。だが集落を回って感じたが、ここにはエルフよりダークエルフの方が数が多い。人数の利は何より大きいだろうし、ダークエルフは夜目も効くらしい。まさに夜の警護に適任だ。
「この集落ではダークエルフの方が数が多いんだな」
高台への案内を受けて歩いている中、ふとそんな発言をした。何も考えないままに軽い話題のつもりで。
「……他の集落を知っているわけではありませんが、ダークエルフが多いのは恐らくこの集落に限った話ではないでしょう」
優しい笑みを携えていたエルフは少し表情を堅くした。そこにダークエルフが続ける。
「それを説明するにはエルフ族の歴史について話さねばなりません」
重い話であることを感じ取り、俺は少し歩くペースを落としながらダークエルフの話に耳を傾けた。
「昔はエルフとダークエルフ、その違いで差別がありました」
差別。異世界に来ても聞くことになるんだな。何か違いがあれば、必ず生じてしまうものらしい。
「今、エルフとダークエルフの数に明らかな差はありませんが、少しダークエルフの方が多い。その理由は人間による奴隷化や長寿の薬を作るためのエルフ狩りがあったせいなのです」
「…………」
言葉が出てこない。奴隷や狩りという言葉も耳心地が悪い。
「エルフの身体を使って薬にしたところで、そんな効果、ないのにね……」
淡々と話を進めるダークエルフの傍らで、エルフが愁いを帯びた表情をしている。
「エルフとダークエルフの数に差が出た理由はこれに直結します。エルフ狩りが横行する中、当然我らダークエルフもその標的となりました。しかしエルフとダークエルフは同種族でありながらも見た目が大きく違う。どういった結果が出たのかは分かりませんが、人間たちが出した見解はダークエルフは皮膚の色が黒く、髪色は灰色で気品がなく、白い肌に美しい金髪を持つエルフと比べて品質が劣る、逆効果である、とのうわさが流れて狩られることは少なかったのです」
典型的な差別だ。その者を見た目だけで判断するなど本来、愚の骨頂である。見た目だけで制限がかかり不利益を被るなどあってはならない。
「ごめん。軽はずみな発言を許してくれ」
こっちの世界に来たばかりの俺には防ぎようのない失言だったのかもしれない。だが事実、彼女たちの口から説明させてしまい、暗い表情をさせてしまったのだ。詫びは必要だろう。
「そんな。リンネ様が謝ることなど一つも」
「その通りです。頭をお上げください」
嫌な靄が心にかかる。頭を上げると、二人の表情がどこか軽くなっているように思う。
「今はエルフ狩りも禁止されているのです。その法を無視して盗賊などが誘拐していったたりしますが、被害は昔ほどではありません」
「そうです。それにエルフ族は頻繁に誘拐されてしまうほど弱くありませんから。弱っちい盗賊なら返り討ちにだってできます」
ダークエルフは俺を安心させようと、エルフは自信満々に力拳を見せながら言う。
すると、ぺしっとダークエルフがエルフにデコピンする。
「あいだっ⁈」
「そういう油断は持つなよ。盗賊は相手の強さに関わらず確実に殺すんだ」
エルフが涙目になりながら両手でおでこを抑えると、ダークエルフが人差し指を立てながら注意する。
だんだんとこの二人の雰囲気が分かってきた。少し距離が近づいただろうか。近づいた話題が話題だがね。
「それならよかった。でも、差別なんてくだらないな」
…………しまった! 今いい雰囲気だったのに!
急いで弁明しようとしたところ。
「全くです。でもいいんです。差別は根深く、これからもなくなることはないでしょう。でも我々自信が互いにそれを気にしていないのですから。見た目の違いは個性であるべきです」
「ほんとだよね~。きっと私たちが綺麗だから嫉妬してるんだよ。差別なんてナンセンス。私たちは私たちなんだから。肌の色も髪の色も全部私たちの誇りだもん」
強いなぁ。二人がその心持ちならきっとこれからも、差別なんて何の問題にもならないんだろう。
「この話をできてよかった。ありがとう二人とも」
「そんなぁ~、いいですよぉ」
エルフが緩い言葉で返してくれると、ダークエルフがぺしりとエルフの頭を叩く。
「あいだっ⁈」
「言動が雑になっているぞ」
うぅ~と頭を抑えるエルフ。
「いいんだよ。俺に対する態度なんてむしろフランクなぐらいが助かる」
最初みたいに畏まられすぎてもやりにくいし。今みたいに友達ぐらいの感覚でいてくれた方が親しみがあっていい。
「あっそういえば名前聞いてなかったよね」
「名前、ですか?」
「うん、俺はリンネ。君たちは?」
「「…………」」
二人は顔を見合わせる。困った、というより戸惑っている様子だ。
「えっとぉ……」
エルフは言葉が見つからない様子。なんだか会話がかみ合っていない感じがする。
「あの、我々に名前などないのですが」
「……………………」
失念していた。確かこの世界では名前を得るのは特別な事だったな。名持であること、それだけで上位存在であることの証明になるとか。
でも名前がないのは不便だよな。コミュニケーションの取りやすさは言わずもがな、単に俺がせっかく打ち解けられたのだから距離を縮めていきたいのもある。ここはやはり愛称が必要だろう。
「じゃあさ、俺が名前つけてもいいかな? 呼びやすい、あだ名みたいな感じで」
「へ? リンネ様がですか? 名前はそんなに簡単に付けられるものでは…………」
「いくらリンネ様と言えども、名づけとは魂の共鳴と、名を授ける者と授かる者の明らかな格差、そして膨大な魔力などおよそ不可能と思えるほどの条件が多くあるのですよ」
名づけってそんなに大変なものだったのか…………。ツクヨには感謝しておこう。でもそんな大層なものを上げるつもりではないんだけどな。
「そんな大したものじゃなくてさ、例えば、君が『ましろ』で君が『くろな』。こんな感じで…………」
────ゆらり。
脳が揺れた。強烈な眩暈だ。目の前では神々しく輝く二人の姿。
エルフ、もとい『ましろ』は両手で口元を覆って感激に満ちている。ダークエルフ、もとい『くろな』は驚愕に目を見開いて放心状態だ。
え、もしかして勝手に名付けしちゃった感じですか?
ごっそり体内から魔力が抜けていく感覚があって、俺は意識を手放してしまった。
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