第19話 対談
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。目の前でエルフの大集団がこちらに膝まづいている。
「お主も老けたものよな。リュークよ」
「あれから500年経ちますゆえ」
個々が洗練された戦士であるこの集団の長であろう戦闘のエルフに、ツクヨの減らず口は変わらない。エルフの長もそれが当然であるかのように頭を垂れたまま感慨深そうに言葉を綴った。
だめだ思考が追い付かない。少なくとも敵ではないのだろう。二人の口ぶりから、迷宮の中で言っていたツクヨの知り合いとはこの人だろうし。
このエルフたちが敵じゃなくてよかったと心の底から安心する。
「募る話もございます。まずは私たちの住処にご案内させてください」
ツクヨからリュークと呼ばれていたエルフの長は聡明な目をこちらに向けて言った。
「分かった」
緊張で強張った喉を何とか働かせて言葉を返すが、エルフたちについて行く間、足取りは重かった。
木々の隙間から優しく差し込む日差しとそよ風は心地がいい。これだけの戦力を備えた集団であるおかげで危険な魔物は寄り付かず、しばらく歩くと警戒心の薄いウサギや鹿たちが目立つ。殺伐とした迷宮とは打って変わって、平和で穏やかな森だ。エルフは森と共生しているイメージがあるがまさにその通りだ。
「ここが我々が日々暮らしている区域です」
エルフの長がそう言うと、巨大な集落が見えた。ほとんど森と同化し、木の上に家があったり、田畑が活き活きとしていたり、まさに自然と生きる種族を体現している。
「相変わらず質素な暮らしを好む奴らじゃの」
ツクヨの言葉はともかくとして、一目見ただけだが俺はこの感じがとても好きだ。前世に溢れていた喧騒や機械音とは無縁な、自然あふれる森林と調和した緩やかな暮らし。上品さとはまた違うが、心が晴れる思いだ。
「華美なだけで騒がしい城とかよりずっといいよ」
「気に入ってもらえたようで何よりです」
俺の一言にエルフの長が柔らかく微笑んで反応する。
「ではまずは長老である私の屋敷に案内いたします」
言われるがままに俺はついて行く。集落の奥まで来ると大きな屋敷が見えるが派手さはない。おそらくすべてが木製でできている。だが技術は一流でも木面は鮮やかで滑らか、魔力感知に薄い反応があることからも何らかの魔法がかけられているのだろう。火災対策とかだろうか? いずれにせよ豪華でなくとも立派な屋敷だ。
平地から軽く階段を上った先に建てられている屋敷にそのまま入る。ほんのりと木の香りがして、家の中はいい意味で想像通りの落ち着き具合だ。
「こちらにお座りください」
広い部屋で椅子を差し出された。机を挟んで向かい側にエルフの長も腰を落ち着ける。両脇には護衛か臣下か、エルフとダークエルフの戦士が後ろに手を組み一人ずつ立っていた。
「ではあらためまして、私の名はリューク・グリーンウッド。どうぞお見知りおきを」
頭を下げて再度丁寧に挨拶をされる。今更だがお偉いさんであろうこの長老さんとはどう接するのが正解なんだろうか。変に緊張してしまう。正解が分からないから相手と同じように返そう。
「私の名はリンネです。この名はツクヨにもらいました。こちらこそよろしくお願いします。えっと、リュークさん?」
少し沈黙があった。が、すぐに大爆笑で子馬鹿にしてくる腹の立つガキが一人。
「ククッ、クックックックッ、リンネよ。何じゃその畏まった態度は、どうせなら我にも使ってよいぞ。それ言うてみそ、ツ、ク、ヨ、さ、ま。ほれほれ」
「だぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ‼ 黙ってろツクヨ! 初対面の立場が上っぽい相手にはこういう態度が普通だろうが!」
「なッ! 我にはそんな態度ではなかったであろう! お主だから許してやったが、この真祖の吸血鬼と対面して礼儀のなっておらん奴など即刻死刑に処す所じゃぞ」
「ピアスに閉じこもっていきなり阿呆とか罵倒してきた奴に払う礼儀なんてあるか!」
「なんじゃと⁈」
「てか物言いなんてどうでもいいって言ったのはツクヨだろ」
「ぐぬぬ……。それはそうじゃが…………」
まだツクヨは釈然としない様子だ。しかし俺も自分の耳に付いてるピアスと喧嘩するってどんな状況なんだよ。傍から見たら本当にただの阿呆じゃないか。だがリュークさんはそんな俺たちを見て優しく微笑んでいた。
「仲がよろしいようですな」
そんなつもりはないのだが、まあしばらくは相棒としてやっていかなければならないのだから我慢しよう。
「それに、リンネ様。私に礼など必要ございません。敬称も不要です。どうかリュークとお呼びください」
「そ、そう? じゃあよろしく、リューク」
「はい。リンネ様」
後ろの強そうな護衛に守られてる長老に対して礼を払わないのは気が引けるけど、この世界の敬意の払い方とかも知らないし、何よりリューク本人がそうしろと言うならお言葉に甘えよう。
「しっかし本当に久しいのリュークよ」
「ええ、ツクヨ様が不在の間に世間の情勢も全く異なるものとなっております」
ツクヨとリュークの昔話が弾む。
そういえば、俺にはツクヨの声が脳内に響くように聞こえるけど、この場に居る人たちはどうなんだろう? リュークは今も普通に話せてるし大丈夫そうだけど、後ろに立っている護衛の二人は少し困惑しているようにも見える。
「リンネ様、どうかされましたか?」
俺がリュークの後方に目をやっていたことにすぐさま気づいて尋ねてきた。
「いや、リュークはツクヨと普通に話してるけど、ツクヨとのコミュニケーションは特殊だし、後ろの二人はどうなのかなって」
「ああ、それでしたらツクヨ様とお話しできるのはこの場ではリンネ様と私のみですよ」
やっぱりそうなのか。じゃあ原理は何だろうか。
「ツクヨの加護が関係してるとか?」
「いえ、真祖の吸血鬼の加護、その恩恵は血を関する魔物しか授かることができないため私にはございません」
「そうなんだ、じゃあなんで…………」
「今の状態のツクヨ様とお話しするためには、魂に干渉するスキルが必要なのでございます。現在、ツクヨ様の魂だけがピアスリングに留まっている形で、いわばほとんど封印状態ですから」
「特殊だとは思っていたがそうゆうことだったのか」
ん? 待てよ。魂に干渉するスキルなんて俺持ってたか?
すぐにステータスを漁る。
種族──[アンデッド][吸血鬼]
固有スキル──【適応】【運命】【死術】【創造】
スキル──《威圧》《再生》《超音波》《武器使い》《毒術》《身体強化》《ドレイン》《魔力感知》
種族スキル──《血操術》
称号──死神の後継者
称号スキル──【???】
加護──『死神の加護』 『真祖の吸血鬼の加護』
魔法──〈全属性魔法〉
耐性──〈全属性魔法耐性〉
…………ないよな。ん~…………。あ、もしかして。
そう思って俺は固有スキルを一つずつ調べていった。すると、見つけた。
【死術】
《蘇生》……生命活動が停止した際、蘇る。
《墓参り》……この世に現存している魂との会話が可能となる。
墓参り。便利、なのかな。幽霊とかダメなタイプの人たちには毛嫌いされそうなスキルだけど。
それにしても魂との会話か。死者との会話とかなら分かりやすかったんだけど、概要が掴みにくいな。前世の世界において、あくまで俺の認識では魂とは抽象的な言葉に近かった。しかしこの世界では魂との会話も可能、実際リュークもツクヨも魂という単語を平気で用いているから魂に対しての概念が根本的に違うのだろう。
まあこれについても追々検証していかないとな。
「通常はピアスリングというここまで小さな媒介で、他の身体が封印されている状況で、何の滞りもなく会話が成立するなど不可能ですが、ツクヨ様の魂が強すぎるせいで強制的に成立してしまっているのです」
むふーッ、とツクヨがドヤ顔している姿が目に浮かぶ。
「さすが偉ぶるだけの事はあるな」
「じゃろ? 少しは見直したか?」
「いや、それとこれとは話が別だ」
「なんじゃと⁈」
ツクヨとの言い合い中、リュークは仏のように微笑を浮かべて俺たちの方を眺めていた。
「リンネ様」
ツクヨとの会話が一段落着いた頃、リュークの落ち着いた声音が俺を呼んだ。
「はい?」
「無礼を承知で申し上げるのですが、一度ツクヨ様と二人でお話ししてもよろしいでしょうか」
申し訳なさそうに、しかし有無を言わせぬ意思が、真っすぐにこちらを見つめてくるリュークの眼から感じられた。
流れた月日は500年と言ってたな。話したいことなど山ほどあるだろう。当然ここは俺が一時退場すべきだ。
「いいよ、じゃあその間この集落を見て回ってもいいかな」
「もちろんですとも、案内役としてこちらの二人をお使いください」
リュークがそう言うと、後ろの護衛二人が丁寧に頭を下げた。頼もしい限りだ。
ピアスリングは机の上に置いていく。どういった条件で声が聞こえるのかは分からないが、外してもまだツクヨの声は聞こえる。
「ごゆるりとお過ごしください」
リュークの言葉を最後に俺は屋敷を出た。すると、はたとツクヨの声が聞こえなくなった。会話の条件は眼や肌、どこか身体の一部で認識するということだろうか。
久しぶりに五月蠅い奴が脳内から去って心が落ち着く。けして寂しくはない、けして。それに今は話し相手もいるしな。
「じゃあ案内を頼むよ」
「「御意」」
畏まり過ぎててやりにくいな…………。
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