◆後編

 俺と少年は、竹林の中を歩き回りながら色々な話をした。学校の事、勉強の事、好きな女の子の事……。少年は頑なに名乗らなかったが、どうやら年は同じくらいらしい。そして、話はこの藪知らずの話題に戻って来ていた。


「……だからさ、この藪知らずは、諸説あるけど地元の人は絶対に入らないんだってさ」

「ふーん。で、涼太はそれでも良いって入ってきたわけだ?」

「そうよ。だってよー、母ちゃんの奴、毎日勉強しろ勉強しろってうるさくてさ。俺が通ってるのは進学校だから、ダチも皆予備校一色。俺は青春が勉強だけで潰れるのが嫌だったから、何か思い出を作ってこの夏を楽しもうって思ったわけ」


 少年はずっと俺の話を共感的に聞いていてくれたが、急に冷たい目をしてこう言った。


「そう、ここは面白半分に踏み入れてはいけないんだよ……」


 その目は、氷よりも冷たく、真夜中でも蒸し暑い外気温をも吹き飛ばすような冷酷さそのものだった。


「な、何だよ急に。お前だって肝試ししに来たんだろ?」

「そんな事言ったかな。僕は、にそんな失礼な事はしないよ。だってここは僕の聖域なんだから」

「何言ってんだよ。お前おかしいぞ。俺、もう帰る。出口は北の方だったよな」

「出られないよ」

「……は?」


 俺は少年を凝視した。その顔からは生気が消え、真っ白な顔をしていて生きている人間には見えなかった。


「出られないよ。この地を穢す者は、ここから出られないよ」

「な……何言ってんだお前……」


 収まっていたはずの身体の震えがぶり返す。


「君ハコノ地を穢シタ。ダカラ、ココカラ永遠ニ出ラレナイ」


 少年の声が風の音と共に鼓膜に大きなうねりとなって聞こえてくる。


 ──これは、


「俺は、家に、帰る!!!!!!」


 俺はそう絶叫すると出口の祠があるはずの北へと走り出す。この竹林はせいぜい二十メートルあるかないかだ。少年と歩き回ったとはいえ、まだ方向感覚は残っているはずだ。


「出ラレナイヨ……出ラレナイヨ……」


 俺は全速力で走っているが、その背後を少年がひたひたと着いて来る。


「も、もう出口に着いたって良いだろ!!」


 感覚的にはもう五百メートルは走っているはずだ。なのに出口に着かない。


「ダカラ言ッテイル。コノ地ヲ穢ス者ハココカラ出サナイヨ」


 俺の首筋に少年の白い手が伸びて来る。


「い、嫌だ!!!!!! 誰か助けてくれーーーー!!!!!!」


**

***


 その後、涼太が家から忽然と消えた事に気付いた両親により、警察に捜索願が出された。しかし、一年経っても、五年経っても、二十年経っても涼太発見の朗報は両親の元には入らなかった。


「涼太は、どこへ出かけてに巻き込まれたのかしら……」


 誘拐、事故、家出……ありとあらゆる可能性に両親は懸けたが、全ては徒労だった。


 地元の人間がそこはだと言うからには、それなりに理由があるのだ。面白半分でそこに足を踏み込むと……痛い目に遭うかもしれませんよ?



────了

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千葉県I市の禁足地 無雲律人 @moonlit_fables

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