第67話 治療
「あ、あの、あの子たちはなにを?」
「大丈夫です。彼女に任せてください。あなたが白隈さん?」
「は、はい」
治療中の詩穂から目を離して岸部さんのほうへ視線を向ける。
白隈さんは二十代前半ほどの女性で、長い髪を一つくくりにしていた。
衣服は血で汚れていて、スカートの裾はボロボロ。
男物のシューズは彼女の足にはすこし大きく、靴下は履いていない。
この場に何も事情を知らない人がいたとしても、命からがら逃げ出してきたことはわかる風貌だ。
あの惨状からよく生き残れたな。
「確認したいことが。店内に魔物やゾンビは?」
「最初はゾンビが数体いました。私たちで縛って、そこの男子トイレに」
「ここにはどのくらい?」
「もう三日になります」
それだけの期間いて無事なら店内に脅威はなさそう。
警戒すべきは俺が今し方バリケードを破壊した出入り口だけ。
それにしたって駐車場では犀川さんが待機している。
異変があれば教えてくれるはずだ。
一度、警戒を解いてもいいかも。
「他に生存者は?」
「ここに居る人たちで全員です。ほかにも逃げ出した人はいましたけど、どうなったかまでは」
「そうですか……」
現状助けられるのはここにいる人たちだけか。この場にいる生存者の数は八人。倒れている自衛官を含めてだ。
人が七人もいればゾンビを縛ることも可能か。たぶん、こうなった時のことを見越して訓練していたんだろう。
うちも見習ったほうがいいな。絶対。
「なにか武器は持っていますか?」
「
「なるほど。では最後に、避難所をくり抜いた魔物がいたはずです。姿を見ましたか?」
「……はい」
「どんな魔物でした?」
「あれは……なんというか……芋虫、いえ幼虫だと思います」
「幼虫?」
「はい。カブトムシの幼虫みたいでした」
幼虫。虫の魔物。
これまで見たことのないタイプだ。俺たちの活動範囲にはいなかった。
でも魔物の幼虫ならあのくり抜かれた避難所にも説明がつく。
ドリルか何かで貫いたのではなく、あれは食い破られたんだ。
バリケードを、アスファルトを、建物を食った。
だから瓦礫があんなに少なかったんだ。
にしてもそんなものを食って育つなんて魔物はやっぱり、この世界とは違う法則で生きてるんだ。
なにをどう栄養にしてるんだろ。
「ありがとうございます。疲れたでしょう。見張りはこちらでやりますので休憩を」
「は、はい。お願いします……あ」
「おっと」
立ちくらみでふらりとした白隈さんを岸辺さんが咄嗟に支える。
顔と顔が至近距離まで近付き、二人は数秒見つめ合う。
「……す、すみません」
「い、いえ。ありがとうございます」
さっと離れた二人は過剰に距離を取り、そのまま白隈さんは離れていった。
「おー、なるほどなるほどー」
「真央。なんだか随分と意味あり気だな」
「ふふー、野暮はいけませんからねー。静かに見守りましょー」
「こう言うの好きだよな、女子高生って」
とはいえ真央の言っていることはごもっともなことだ。
余計な手出しは無用。二人にその気があるなら上手くいくし、ないならそこで終わりだ。俺たちはただ黙って事の成り行きを見守ればいい。
なに、世界がこうなってからコミュニティーは極端に狭くなった。嫌でも二人の今後は目に付く。
盗み見はしないよ、もちろん。ただ目に入ってしまうだけだ。
「ふぅ……これで一先ずは大丈夫なはず。凜々の水で傷口は綺麗に洗浄できたし、あとは栄養のあるものを食べさせないと」
「食べやすくて消化にいいのがいいよね。あたしなにか探してくるよ」
「あ、じゃあ私も。詩穂ちゃんは休んでて」
「お願い。すこし休憩させてもらうわ」
人一人の命を救った詩穂は緊張の糸が切れたように脱力した。
自分の行いに人の命が懸かっているとなると、精神的な疲労も相当なはず。
一応、出入り口を見張って置かなきゃだし、後で俺も詩穂のために何かしよう。
あの自衛官の怪我がある程度良くなって動かせるようになるまでに。
世界が終末を迎えて魔物やゾンビで溢れたけど、唯一無二の雷スキルで生き残る ~崩壊して電気、ガス、水道が止まった街でも無限の電力で割とイージーモード~ 黒井カラス @karasukuroi96
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