第5話 梅雨明け
「――今日でお別れだと思うんです」
雨宮さんが発した突然のお別れ宣言。だけど、私には察するものがあった。彼女はきっと自分が「なんなのか」気付いてしまったのだろう。でも、どこで気付いたんだろう?
「『お別れ』って……、どうして? 梅雨が明けるから? それともまさかしりとりが終わっちゃうからじゃないよね?」
私はなにも気付いていないフリをして話を続けた。彼女自身が自覚しているならきっとお別れなのだろう。少し……、いえ、すごく寂しいけど。
「……この絵、10年前からここに飾られてるみたいなんです」
「……え?」
雨宮さんの言った意味がよくわからなかった。10年前……? 10年前ってなんだ?
よく見たら彼女が見せてくれているケータイの画面、私の名前の横に記されている文字がある。「全日本高校美術展 2013年」。
「今って……、2013年よね?」
「2023年です」
間髪入れずに雨宮さんは答えた。
「最初にお会いしたときから少しおかしいとは思っていたんです。私、その……『見える人』ですから」
えっと……、待って待って待って待って。それってつまり?
「瑞希さん、向かいにあるお家に住んでるって言ってたじゃないですか? 今、そこの門のとこ見れますか?」
彼女はゆっくりと正面を指差した。道路を挟んで向かい側に私の家がある。たしかに家はある。なにもおかしなとこはない。そういえば『門のとこ』って言われたっけ?
私の目に入ったのは白い看板と赤と白で書かれた文字。雨で少し見えずらかったけど、よくよく目を凝らしてそこを見つめた。
『売家』……、そう書かれていた。その下にはどこかの電話番号。
「私、まだ瑞希さんのことそんなに知りませんけど、きっとこのノートを終わらせたかったんじゃないですか?」
彼女はそう言って、絵しりとりのノートとシャーペンを私に差し出した。ペンの頭に乗っかっている「ハッとキャット」と目が合ったような気がする。いつ見ても可愛い。
最後のページの右下、わずかにあった空きスペースに彼女の丸っこい絵が描き足されている。
「学校に全然馴染めなかったので、こうして普通に話せるの私はとても楽しかったんです」
雨宮さんはずっと雨雲を見ながら話をしている。話を聞いていて気付かなかったけど、いつの間にか雨はほとんどあがっていた。
そっか……。全部逆だったのか。
彼女の気配がないんじゃなくて、私が感じ取れなくなっていたのね。制服は……、わからないけど、10年もあればきっとデザインが変わったのだろう。
ずっと気付かなった。私、10年も絵しりとりの相手を探してたの?
私はノートに目をやった。最後のページは隙間なく絵で埋められている。私が最後に描いた絵は「傘」。「さ」で始まるどんな絵を雨宮さんは描いたのだろう。
お別れと言ったからもしかして「さようなら」とか絵にしたのではなかろうか?
そんな予想をした私だったけど、描かれていたのは傘をさして歩く人の絵。これはなんだろう?
さ……、さ…、「さ」から始まる傘をさす人?
もうちょっと細かいところを見てみよう。絵の中の人は半袖、なにか植物と葉っぱにのっかるカタツムリらしき絵も添えてある。なかなか凝った絵だ。
さ……、さ…、そっか。「
雨はあがり、雲の隙間から茜色の日が漏れていた。梅雨はもうすぐ明けるらしい。
――完――
五月雨の出会い 武尾さぬき @chloe-valence
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