第4話 なにか

 雨宮さんに感じたあの違和感。


 目を閉じたとき、隣りにいるにもかかわらず「誰もいない」ような錯覚に陥った。


 そういえば、ノートやシャーペンの受け渡しのときもまるで体温を感じなかった。こうしていろいろ不思議に思ったことを振り返っていると、2階の窓から彼女を見かけた際に考えていたことを思い出す。



 ――まるで、時間と雨とが一定の法則を成した時に起こる「現象」かのよう……。



 私は急に背筋が寒くなるのを感じた。まさかまさか……、あんなにはっきりしていて、普通に会話ができているのにのわけないよね?


 私は、子どもの頃から人だった。他の人には見えていないモノが私の目にだけは映っているのだ。


 親が心配して、近くのお寺へ相談に行ったくらいだ。そこの住職さんには、違和感のある人には関わらない方がいい、と言われた。それは人のようで、人ではない「なにか」なのだから、と……。



 そうだ! バスは普通に止まって彼女を乗せていっているじゃないか。万が一、雨宮さんが私にしか見えていないのならバスは通り過ぎるはず……。


 違う違う。バス停にはいつも彼女と一緒に、「私」もいるじゃないか。もしかしたら、バスは私を乗せようとしていつも止まってくれているのかもしれない。



 雨宮さんは学校に馴染めていないと言っていた。まさかまさかそれを苦にしてなにかあったりとか……?


 悪い想像をするといくらでも恐ろしい考えが湧いて出てくる。



 一旦、全部忘れよう! きっとこれからも、雨の夕方にあのバス停で彼女に会える。

 もしも、彼女が人ではない「なにか」ならどこかで絶対に気付けるはずだ。単なる思い過ごしだってことも十分ありえる。


 私と話して楽しいと言っていたし、ノートを最後まで埋めたいとも言ってくれた。可愛いとも言ってくれたし、背が低いとは言わなかった。心のどっかでは思われてそうだけど……。



◇◇◇



「瑞希さん、もしかして美術部ですか?」


 次の雨の日、絵しりとりの続きを描いたノートを渡す際に尋ねられた。


「そう、美術部! どうしてわかったの? しりとりの絵のレベルが高すぎた?」


 私はきっとツッコミをもらえるだろうと予想して返事してみた。けど、雨宮さんの反応はまったく違ったものだった。


「そう……ですね。明らかに描き慣れてる人の絵ですよね。美術部と知ってなんだか納得できました」


 真に受けられてしまったようで、私がお調子者みたいになってしまった。期待していた反応はこれじゃない。きっと雨宮さんはすごく真面目な人なんだろうな。


「一応、コンクールで入賞くらいはしたことあるのよ? まあでも『入賞』止まりだったけどね……」


「やっぱり……」


「やっぱり?」


「いいえ……、十分すごいと思いますよ?」


 雨宮さんと雨のバス停で会話しながら絵しりとりをしていた。ノートは最後のページの最後の行に差し掛かっている。あと1つか2つ絵を描いたらおしまいだ。


「もうすぐ終わりですね?」


 彼女は私を見て微笑みながらそう言った。最初に声を聞いた時はとてもか細く感じたけど、今はその印象をまったく受けない。お互いの距離感が近くなったからなのか、雨宮さんの話し方自体が変わってきたのかどっちだろう。



 私は目を瞑ってみた。雨の音がさっきまでよりはっきりと聞こえる。急に孤独になった気がした。すぐ隣りに人がいるはずなのに視界を無くすと本当に気配を感じない。


 試しに肩が触れ合いそうな距離まで近付いてみた。――けど、やはりこの近さでもまるで空気のようだ。


 彼女はある種の幻のような存在なのかな?


 霊的なものは、自身がそうと気付いていないことが多いそうだ。私がと気付いた時、お寺の住職さんや……他にも疑わしいもの含めて自分なりに調べた結果、に関しては共通していたのだ。


 雨宮さんは「学校に馴染めていない」と言っていた。ひょっとしたらそれが未練になって彷徨っているとか?


 それなら私と話しているうちに浄化されたりしないのかな?


 変な考えがたくさん浮かんできて、絵にも会話にもうまく集中できなかった。



「そういえば知ってます? 梅雨、もうすぐ明けるそうですよ?」


 彼女は雨雲を見上げながらそう言った。今は小雨、遠くの雲の隙間から陽がかすかに漏れている。もうすぐこの辺りも降り止むかもしれない。


 雨があまり降らなくなったら、私たちは会えなくなるのかな?


 そもそもこんなふうに会っていて私は大丈夫なのかな?


 そんなことを考えているときだった。


「この絵、ちょっと見てもらえませんか?」


 雨宮さんは画面の大きなケータイを差し出した。私はその画面をじっと見つめる。


「これ……、私の絵! どうして!?」


 彼女のケータイの画面には私が描いた絵が映っていた。たしか、雨が降り止んで虹がさしている街並みを描いた絵だ。


「これ、コンクールで入賞した絵ですよね? 学校の入り口のところに飾ってありましたよ? ほら、下の方に瑞希さんの名前も書いてあります」


 よくよく画面を見つめているとたしかに私の名前らしき文字が見て取れた。この絵はたしかコンクールに入賞して、それから学校に戻って来てたのか。全然聞いてなかった。


「瑞希さん……、ありがとうございました」


 雨宮さんは唐突に改まってお礼を言った。今一つ、話の脈絡がわからない。


「どうしたの、急に?」


「多分ですけど……、今日でお別れだと思うんです」

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