第3話 2人の間
雨宮さんと5度目の出会い。この日は今までで一番雨の降り方がきつかった。粒の大きい雫が無数にアスファルトを叩いて跳ね返っている。道路脇の用水路は、激しい濁流となっていた。今日はさすがにセミの声も耳に届かない。
雑音に紛れてお互いの声が届きにくいせいか、自然と私たちはいつもより距離を詰めて座っていた。2人の間はもう1人、人が入れるかどうか。
私の絵しりとりノートは着々と埋まっていき、最後の1ページに差し掛かっている。彼女も
「あの……、
雨宮さんは私の顔をじっと見てこう質問をしてきた。傍から見ると、仲の良い姉妹が一緒にバスを待っているように見えるかもしれない。もちろん、構図的に私が「妹」なのだけれど……。
彼女の質問は、きっと前から聞きたかったことなのだろう。表情にちょっとした決意が滲んで見えた。
たしかにバス停で会うのに、私はいつもバスには乗らずに別れている。雨宮さんからしたらとても不思議に思うだろうな。
「どうしてって……、うーんと、家がここの真ん前だから、かな?」
「ひょっとして……、私に会いにわざわざ出て来てるんですか?」
そう言われるとたしかに怪しい人と紙一重だ。私が同じ学校の生徒じゃなかったら警察に駆け込まれていても文句を言えない。
「ちょっと怪しいよね? 白状しますと……、雨宮さんが気になっていたんです」
私はバス停の正面にある家の2階からたまたま彼女を見かけたことを話した。雨の日の夕方にだけ姿を見せる雨宮さんを――。
実際に会って話してみると、彼女は普通の女子高生だった。
ただ、私のなかでいくつかの疑問がある。
私と同じ
私はゆっくりと雨宮さんの表情を窺いながら話をしていった。気味悪がられるかもしれないし、怒らせてしまうのでは、とも思ったからだ。
彼女は私の顔を見つめているけど、返事をしない。雨がバス停の屋根と地面を叩く音だけがずっと耳に入ってくる。
私が疑問を口にし終えた後、少しの間自然の音だけがこの場を支配した。大きいバイクが水しぶきを上げ、道路を通り抜けていく。
「……私、あんまり学校に馴染めていないんです」
遠ざかっていくバイクの音と共に雨宮さんの返事が聞こえた。
「普段は自転車で登下校してるんですけど、けっこう遠くから通ってるから雨の日はきつくって……」
彼女は1年生の時、他県から引っ越してきたようだ。そのため、中学からある程度友人グループが形成されている学校に馴染めないでいるようだった。
私の知ってる碧高の制服と違うから転校生かな? とは思っていた。けど、1年の時の話なら今違う服を着ているのはおかしい。制服の謎は解けたようで、結局謎のまんまだ。
「『ひとり』でいるのはそれほど苦痛じゃないんです。けど、周りから『孤独』だと思われるのが嫌なんです」
下校時、最寄りのバス停もバスの中も同級生で埋め尽くされる。そこにひとりでいるのが耐えられないそうだ。そのため、彼女はあえて遠くのバス停まで歩き、下校の時間帯をずらしている。
「最初は図書室で少し時間をつぶしたり、教室で宿題を終わらせてから帰ったりしてたんですけど。それでもやっぱり周りの目が気になっちゃって……。私、あんまり人と話すの得意じゃないんです」
雨宮さんは足元に跳ねてくる水滴を見つめながら話をしてくれた。神妙な面持ちだけど、そこに哀しさや寂しさは不思議と感じない。
「けど、瑞希さんと話すのは楽しいですよ? このしりとりも――、なんていうか、こんなコミュニケーションの取り方もあるんだなって……。最初はびっくりしましたけど、今は感心して……、ちょっと楽しみにもなっています」
彼女はそこまで話した後、最後に付け足すように「瑞希さんかわいいですし」と言った。この「かわいい」は絶対身長に由来している。素直に喜んでいいのかちょっと複雑な気分だ。
ベンチに並んで座る私たちの距離は少しずつ近くなっていた。そのためか、彼女のか細い声はこれまでよりも明るく大きな声に感じられる。
それに話し終えた雨宮さんは微笑んでいた。だから、私も余計なことは言わずに笑顔を返事の代わりにした。
雨がいつもより激しく降っているせいか、私たちはほんの少しずつベンチの間のスペースを狭くしていった。きっと話をきちんと聞き取るため、無意識にそうしていたんだと思う。
その時、私はなにか違和感を感じた。
だけど、その正体がわからない。本来ならあって当然の「なにか」が感じられないのだ。いつもより近い距離にきたからこそ感じたこの不思議な感覚はなんだろう?
「「あっ!」」
私たちは同時に声を上げた。辺りが一瞬、白く光ったからだ。ほとんど間をおかずに、次は大きな音が響き渡った。
大きな雷の怒号だ。思わず肩を竦め、無意識に目を固く瞑ってしまった。近くにおちたんじゃないか? そう思うほどの大きな音だった。
真っ暗な視界の中、目を開ける前に私はさっき感じた「違和感」の正体に気付くのだった。目を瞑ったおかげで視覚以外の感覚が一瞬だけ研ぎ澄まされたのかもしれない。
それは、「人」の気配。隣りに座っているにも関わらず、目を瞑るとそこには誰もいないように感じられたのだ。それが人の発する熱なのか息遣いなのか、わからない。けど、近くに人がいたら当然感じるはずの「なにか」。
それが雨宮さんからは感じられない。
なんだろう……、この奇妙な感じ?
「バス……、来ました。今日はあんまり絵が描けなかったですね?」
私が目を開けると、バスが道路の水を弾きながら停止しようとしていた。そして入り口のドアが開く。
「しりとりのノート、最後まで埋めたいですね? それじゃあ、また」
雨宮さんはそう言ってバスに乗り込んでいった。バスは短いクラクションの音を鳴らして、ゆっくりと走り出した。
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