後編。
大吉となるおみくじを懐に入れると、
帰る道は、来た道とは別方向。肝試しに行く者と帰る者が道中ですれ違っては台無しとなるため、矢印に従い帰り道を歩き出す2人であったが……
「はあはあ……何か暑くないかな?」
夏とはいえ今は夜。気温も下がり多少は過ごしやすくなっているはずが、
理由は明白。身体が重い。おみくじを仕舞ったはずの懐が妙に重いのである。
重い荷物を抱えて歩いたのでは汗をかくのも当然というわけで、思わず足のもつれる
「いたた。ごめん」
すぐに起き上がる
「あれ? 思議さん? どこ行ったかな?」
辺り一面は夜の暗闇。先ほどまで傍にいたはずの思議の姿すら闇の中。それどころか、先ほどまで聞こえていたスズムシの鳴く音すらまるで聞こえない。
「おーい! 思議さーん! どこかなー?」
不穏な気配に大声で呼びかけるも返事はない。
イケメンフェイスに反して怖がりである
「オギャ……オギャ……」
静寂の中。どこからともなく聞こえる泣き声。
「オギャ……オギャ……」
まるで子供が、赤子が泣くようなその泣き声。
「あ、あの……誰かいるのですか? 大丈夫ですか?」
もしも本当に赤子がどこかにいるのなら。泣いているのなら一大事。
先程までの恐怖も、暗闇も忘れて
「あの! もしも誰かいるのなら返事を! お願いします!」
「オギャー!」
先程より大きくはっきり聞こえる赤子の泣き声。
耳を澄ませて泣き声の元を辿るなら……
その泣き声は
先程、
「え!? なんで? もしかして踏みつけてないよね?」
慌てて地面に四つん這いとなる
泣き声を頼りに草の生い茂る地面を探るなら、指先に触れる暖かい感触。
暗闇の中、薄っすら見えるのは白の産着を身にまとった赤子の姿。
「良かった。もう大丈夫だよ」
何故に地面に赤ん坊が?
そのような疑問はさておき、まずは赤子の保護が最優先。抱き上げ抱き抱えようとする
「お、重い……え? なんで?」
赤子は重かった。
イケメンパラメータに全振りである
平均的男子より貧弱とはいえ、それでも男子高校生。赤子を持ち上げる程度は造作もないはずが……
「うう……重い……」
だからといって赤子を見捨てるわけにはいかない。
ここは森の中。夜とはいえ真夏のうだる気温の中。もしも放置したのでは赤子の命に関わる問題。
赤子を一刻も早く救護所へ。
「こなくそー!」
それだけの思いで赤子を持ち上げ懐に抱え込む。
「おーい! 誰かー! いませんかー!」
臨海学校の肝試し。レクリエーションであるのだから付近の森に係員が控えているはずと、大声を張り上げる
理由は不明だが、異様に重いこの赤子。力に劣る
だが、呼べど叫べど夜の森。周囲から何の反応もなく、
「おーい! 誰かー! 思議さーん! 大丈夫ー? どこいったのー? 」
事前の説明では生徒会メンバーがスマホ片手に森の各処に潜んでいるとあったはずが、
いったいみんなどこへ行ったのか?
もしかして思議まで何かトラブルに巻き込まれ、声を出せない状況だとするなら……
思い起こされるのは事前に聞いた他の生徒たちの会話内容。
(夜の森とか危なくね? ホラーいぜんに、その、強盗とか痴漢とかさあ?)
だとするなら、やはり一刻の猶予もない。
生徒会の人たちが、他の生徒たちが待つであろう肝試し会場まで。一刻も早く助けを呼ぶべく進むしかないわけだが……
懐中電灯を失い方向感覚を失った今。肝試し会場を目指そうにも方角が分からない。
いったいどちらへ進めば良いのか?
山で遭難した際、最も大事なことは焦ってむやみやたらと歩き回らないことだという。夜明けを待って行動するのが最も賢明な行動となるのだろうが……
赤子の命が、思議の貞操がかかる今。夜明けを待ったのでは全て手遅れとなる。
そんな折。
出がけに思議から貰ったコガネムシが飛び立ち
理由は分からない。だが、
先の見えない暗闇。胸に抱える赤子の身体がやけに重い。いや。重いどころではない。先程より、拾い上げたその時より、さらに赤子の体重が増していた。
いったい何が何だか分からない。奇妙な出来事ばかりが続く夜。だとしても。刻一刻と重さを増す赤子を決して落とさぬよう、
イケメンパラメータに全振り。その他のパラメータはカス同然である
ここぞという時、活躍してみせる者を人はイケメンと呼ぶ。であれば、イケメンパラメータに全振りたる
「思議さーん! 生徒会の方ー! 誰かいませんかー!」
暗闇の森。コガネムシを追いかけ、声を張り上げ突き進む。
コガネムシとは黄金虫。幸運を呼ぶとも言い伝えられる虫である。
であれば黄金虫の舞う先に幸運があると信じて……
「誰かー! おーい! 思議さーん! 生徒会の方ー! 誰かいませんかー!」
どれだけ歩いただろうか? どれだけ声を上げただろうか?
赤子を抱える
いや。両腕だけではない。声を上げ続けた喉も。歩き続けた両足も。
リーンリーン
何かを抜けた感触。突如、これまで静寂だった森に響き渡るスズムシの声。
「うん? おい! 君! どうしたんだ?」
「すみません。この子を、赤ちゃんがいます。救急車を……」
駆け寄る生徒会メンバーに向けて、胸元に抱える赤子を託そうと腕を伸ばす
「は? いや、赤ちゃんって……えーと……君、何かの冗談かい?」
生徒会メンバーが照らす懐中電灯の光に映るのは、おみくじ。
「いや、大吉を引いて嬉しいのは分かるけど、それを差し出されても困るんだよなあ……」
ここまで赤子だと必死に抱えていたのは、ただの大吉。おみくじであった。
「あ、あの。それじゃ僕と一緒にペアだった女の子が……思議さんが……」
「ん? ペアだった女の子って? 君の後ろにいるその子がどうかしたの?」
生徒会メンバーの声に
「ぶーん。交尾交尾ー」
そこにはコガネムシを両手に交尾を楽しむ思議の姿があった。
「あーあー。君のペアの子。コガネムシなんか捕まえて……虫って光に集まるから、この会場のライトに集まって来るんだよねえ」
呆然とする
この夜。
単に懐中電灯の電池が切れただけ。
単にコガネムシが会場の光に寄せられ、飛んだだけ。
そうであるとしか思えない、のどかな田舎の夜景色。
確かなことは
そして、
「思議さん。ありがとう。助かったよ」
であれば思議に向け、深々と頭を下げる
大吉のおみくじを懐に仕舞う
「キャー。池くん大丈夫だった?」
「帰るの遅いから心配しちゃったー」
「もう。思議さんと2人。変なことしてないよねー?」
さっそく集まり取り囲まれる女生徒たちの輪の中。
「うん。ありがとう。ごめんね。心配かけたみたいで」
申し訳なさげに頭をかく
だが、その場に集まるのは女生徒だけではない。
「かー。イケメンくんさあ。ちやほや羨ましいのう」
「こんだけいるんだしさあ。俺らにも女の1人くらい譲ってくれや」
「な? ええやろ?」
肝試しという出会いの場を用意してもらってなお、女生徒から相手にされない哀れな男子生徒3人。
「え? いや、譲ってくれって……そういったことはお互いの気持ちが大事だから。そんな、物を扱うみたいに言っては駄目だよ」
イケメンがゆえに女日照りで悩む彼らの気持ちなど分からない
「キャー。さすが池くん」
「聞いたか? ブサメン野郎どもが?」
「おらおら。獣臭いから消えろっつーんだよ」
だが、女生徒たちの前。プライドをズタズタに、みっともなく断られたままでは引き下がれない。
「っざっけんじゃねーぞ」
「イケメンだからって生なんだよ」
「しねー」
獣の本性を剝き出しに
「ぐわっ?!」
「あっつ!?」
「まるで炎や」
途端に焼けた鉄板を触ったような熱に、反射的にその手を離す獣男たち。
「キャー。暴力反対!」
「野獣よ! 野獣が出たわー!」
「犯される! 誰か助けてー!」
さらには追い打ちをかけるかのように叫び声を上げる女生徒たちの口撃。さすがにこれ以上の暴挙は無理だとばかり、獣男たちは一目散に退散する。
・
・
・
女生徒たちに追い払われ、肝試し会場を後にする獣男が3人。
「ちっ。イケメンの野郎。格好つけやがって」
「面白くねーな。おい。学校に帰ったら痛い目を見せてやろうぜ」
「せやな。いじめの対象にロックオンや」
明かりのない夜道を歩き一足先にホテルへ帰ろうとするその道中。生ぬるい夜気を切り裂き不意に3人の首筋に触れる熱い熱気。
「熱っ!」
「んだよ?」
「急に?」
振り返った3人が見たのは、赤子を胸元に抱くうら若き巫女の姿。
「おいおい。巫女さんさあ?」
「夜道に1人は危ないぜえ?」
「ぐへへ。俺らが送ってやんよ?」
巫女を草むらへ連れ込むべく目くばせしながら歩み寄る3人の獣たち。巫女の手首をつかみ取る。
その時、巫女が胸元に抱く赤子の姿が目に映るが、胸元に抱くのは産着だけ。何処へ行ったのか? 産着の中に赤子は存在していなかった。
「赤子もなしに、なんで服だけ持ってるの?」
「って、それよりお前の腕! 火が、炎が?!」
「火、火が燃え移って……熱い。ぎゃー!!!」
肝試し会場の外から聞こえる大きな悲鳴。
生徒会メンバーが驚き懐中電灯を手に駆け寄るが……電灯の光が照らす先には、小便を漏らして草むらに気絶する3人の男子生徒たち。何があったのか3人の髪色は、燃え尽きたように真っ白となっていた。
・
・
・
肝試しの方で何かトラブルがあったのだろうか?
生徒会の人たちが慌てたように走っていくその様子に、
「
珍しくもそのタイミング。思議が
「おみくじのこと。任せるから大事にしてだってー」
それだけ言うと、思議は再びコガネムシ遊びに没頭する。
せっかくの大吉。言われずとも大事にするつもりであったが……
あらためて懐から取り出すおみくじは、いつの間にかお守りへと姿を変えていた。
「おや? 君の持つそのお守り。肝試しの舞台となった鬼火神社のお守りだね」
インテリ然とした物知りそうな女子高生。
「君は知っているかい? 鬼火神社は火を奉る神社。宮司は自在に火を操ったとされているが、それが20年前、宮司のたばこの不始末により全焼したっていうんだから悲劇だよね」
たばこの不始末。宮司の寝たばこ?
何か思議さんがそのようなことを言っていたが……
「それだけなら良かったんだけどね。いや良くはないけど。とにかくその火事で、離れで寝泊りする宮司と巫女が焼死した。しかもその巫女。結婚こそしていないものの宮司と恋仲で、すでに臨月だったそうなんだ」
臨月とは、いつお産になってもおかしくない時期のこと。つまりは亡くなるその時。巫女はお腹に赤子を抱えていた。
「すでに赤子の産着も用意されていたそうで『
あらためて手元のお守りを見つめる
少し焼けたような、焦げ臭いような匂いのするお守りの表面には、『
「いやはや。よくそんな神社で肝試しをするものだよ。幽霊に祟られたらどうするつもりなのかねえ? ああ、いや、もちろん私は幽霊なんて非科学的な事象は信じていないよ? 私が肝試しに参加しなかったのは、単に体調が優れないってだけだから誤解しないでくれたまえよ?」
握るお守り。キャハハとかすかに赤子が笑うような。そんな声が聞こえていた。
肝試しの道中、産女から赤子を預かりさあ大変。徐々に重くなっていく赤子を落とさず耐えられるのか? 耐えました。 くろげぶた @kuroge2022
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