肝試しの道中、産女から赤子を預かりさあ大変。徐々に重くなっていく赤子を落とさず耐えられるのか? 耐えました。

くろげぶた

前編。

季節は夏。


法羅高校ほうらこうこうとスプラ女学院の生徒たち総勢200名は、臨海学習として海辺の街、長崎にやって来ていた。


「臨海学習。最高や」

「ああ。俺ら法羅高校ほうらこうこうは男子校」

「対するスプラ女学院は女子校だからな」

「この臨海学習では毎年カップルが多数できるらしいぞ?」

「マジかよ。楽しみすぐる」


昼間の課外活動を終えた、その夜。


「みなさん、お待たせしました。肝試しの時間です!」


毎年、行われるのが両校生徒会が主催する肝試し。


「ルールは超簡単。ペアを組んだ2名で森の奥にある神社を参拝。おみくじを引いて戻るという、ただそれだけです」


宿泊するホテルの裏にうっそうと茂る森の奥。かつて神社だったという廃屋が残っているが、そこが肝試しの舞台。


「廃屋っつーのに、おみくじあるの?」


「もちろん本来はありません。我々生徒会がイベントのために設置しましたのでご安心ください」


100円投入すれば自動で排出されるというハイテクおみくじ。生徒会運営のためには仕方のない集金。


「ペアってさあ、どうやって決めるの? 俺……友達いないんだけど……」


「ご安心ください。このノートパソコンで法羅高校ほうらこうこうの生徒1名とスプラ女学院の生徒1名を完全ランダムに決定しますので、友達のいない方も大丈夫ですよ」


男子校と女子高。両校から1名づつ。つまりは自動的にカップルになるというこの仕組み。異性と接点の少ない両校に夏の思い出をプレゼントしようという名物企画。


「夜の森とか危なくね? ホラーいぜんに、その、強盗とか痴漢とかさあ?」


ニュースで肝試し中の生徒が襲われるという事件も流れる昨今。夜に人気のない森を女子高生が出歩いたのでは、確かに絶好の獲物となるだろう。


「大丈夫です。我々生徒会メンバーが、スマホ片手に森の各処に潜んでいます。不埒な輩、不埒な行為を見かけたなら即110番しますので、ご安心ください」


その点を考慮して、両校生徒会による万全のバックアップ体制が敷かれていた。


「それでは、ランダム抽選スタート。どんどんカップルを結成していきますよ」


プロジェクターで映し出される2つの数字は両校のクラスと出席番号。その結果、即席で作られたカップルが神社を目指して夜の森へと消えていく。


組み合わせが決まるまでの時間。会場に用意された飲食物を片手に、集まる生徒同士が交流していた。


その輪の中で女子にも男子にも囲まれる1人の生徒がいた。

名前をいけ 面太郎めんたろう

彼の特徴を1つ言うならば、ズバリ。イケメンである。


「池くん。趣味は何なのー?」


「趣味か……史跡探訪かな? 過去を知ることが未来につながるんじゃないかってね」


「キャー!」


えらい人気であるが、それも無理はない。


スプラ女学院は女子校。男子との交わりが乏しいところへ抜群のイケメン男子が現れたのだ。ひと夏のアバンチュールを期待するのも当然と言えるだろう。


「池くん。明日の自由時間。私たちと遊ぼうよ!」

「キャー。駄目よ。私たちと遊ぶのよー!」


困ったなと……ばかりに頭をかくいけ 面太郎めんたろう


「それより今夜の肝試し。誰が池くんとペアになるのかしら?」

「そうよねー。やだ。緊張するわー」


すでに半数の者はペアとなり、夜の森へと旅立っている。必然。残った面々は面太郎めんたろうとペアになる可能性が高くなるわけだが……


「その……僕。あまり怖いのは苦手なんだ。幽霊が苦手じゃない人と一緒になれると良いかな……?」


「キャー」

「私が守るわよ。安心してね」


などと盛り上がる中、肝試しの開始から1時間。

画面に映し出される番号は……法羅高校ほうらこうこうA組1番。


「あ。A組1番は僕だよ」


面太郎めんたろうが手をあげる。


「キャー! 相方は誰? 相方は何番なの?」


続いて映し出される番号は……スプラ女学院C組13番。


「え? C組13番って確か……」

「あ……」


何かに気づいたか一瞬で静まり返る女生徒たち。


「お? なんだなんだ?」


面太郎めんたろうのおこぼれに預かろうと、周囲に集まる男子生徒たち。面太郎めんたろうのあまりの人気っぷりに、いささか嫌気が差す中。何か面白そうだと興味を示していた。


「えっと……僕とペアになる13番の人……どこだろう?」


所在なさげに片手を上げる面太郎めんたろうに対し。


「……あれよ」


女生徒の1人が、離れた場所にいる1人の女子を指さした。


「ぶーん♪ ぶーん♪」


スプラ女学院の学生服に身を包む小柄な女生徒。

地面にしゃがみこみ、何やらぶつぶつと口ずさみ、両手を動かしていた。


「お? どんな娘やろ? ちょっと可愛いっぽい雰囲気あるけど……」


面太郎めんたろうが近づくより先、男子生徒が近寄るも。


「うおっ? な、なんやコイツ?」


驚いたような顔をして戻って来ていた。


「いやー。ビックリしたわ。でも、池と良いペアやん?」


「そんなわけないでしょ。もう。池くん。早めに戻って来てね」


「そうよ。別に2人一緒に行くからって、仲良くする必要ないもんね」


いったい男子生徒は何に驚いたのだろう?

しゃくぜんとしないながらも、面太郎めんたろうは女生徒へと近づいた。


「えっと。君がC組13番の子かな? よろしく」


地面にしゃがみこむ。女生徒の手元を覗いてみると。


肝試し会場の光に集まったのだろう。右手にコガネムシ。左手にもコガネムシを捕まえ、何やら重ね合わせるように動かしていた。


「ほらー。オスとメスだから夫婦だよー。交尾だよー」


どうやら見てはいけないものを見てしまったようだが……

かといって、彼女は面太郎めんたろうのパートナー。他の男子生徒と同じように引き返すわけにもいかない。


「えっと……僕はいけ 面太郎めんたろう。どうやら君と肝試しのコンビになったみたいなんだけど……君は?」


面太郎めんたろうの声に顔を上げる女生徒。

長く伸びた前髪が顔の半分を覆っており、その表情は判別できない。


「はえ? わたし? わたしは思議しぎ


思議しぎと名乗るその少女。面太郎めんたろうと話しながらも交尾のつもりだろうか? 手元のコガネムシ2匹を重ねたまま離さないでいた。


「そ、そう。思議さん? よろしくね。順番だし行こうか?」


「わかったー」


思議はコガネムシ2匹を手に掴んだまま、面太郎めんたろうに続き森へと歩いていった。


「なあ? あの思議って子。なんなん?」

「高校生にもなってあんな昆虫を持ち歩いて……大丈夫なんか?」


「えっと……まあ変わった子なの」

「誰もいない教室で、ずっと独り言を喋っていたり」

「トイレの壁に出来た染みに何か話しかけていたり」

「うん……ちょっと……可哀そうな子」





夜の森。懐中電灯の光だけを頼りに2人は先を目指し歩いていた。

真っ暗な森とはいえ踏みしめられた道をたどるだけだから迷いようがない。


先のペアが出発してから5分後の出発。その5分後には次のペアが出発する。恐いはずがない。夜の森というホラーな雰囲気を楽しむだけの行事。


そうはいっても──


ザザー


揺れる風に木の葉が揺れる。ただそれだけでも思わずビクリ。身体が反応する。いくら安全が確保されているとはいえ夜の森。恐怖心はおさえようがない。


なかでも、面太郎めんたろうは怖がりであった。

天は二物を与えずと言うとおり、イケメンパラメータに全振り。その他のパラメータはカスも同然。必死で平静をよそおうも、そのじつ足腰はガクブルである。


「んー。これ貸してあげるー」


子鹿のように震える面太郎めんたろうを見て首をかしげる思議は、面太郎めんたろうの肩にコガネムシを1匹乗せていた。


交尾はもう良いのだろうか?


緑色の甲殻に包まれた雄のコガネムシ。

都会育ちの面太郎めんたろう。昆虫は苦手である。

しかし、たとえ昆虫であろうとも夜の森。一緒にいてくれるのは心強い。そんな気がする面太郎めんたろうであった。


歩くうちに前方に明かりが見えて来る。

すでに廃屋となった神社であるが、肝試しイベントのため、今晩に限り生徒会の手によりライトアップされていた。


鳥居をくぐったその先。境内に1つの裸電球が吊り下げられている。

その頼りない灯りの下。少々不似合いなハイテクおみくじ機が置かれていた。


「どうやらこれが目的のおみくじみたいだね」


「おー。おみくじおみくじ」


「あ! 思議さん待って」


おみくじマシーンに飛びつこうとする思議さんを、面太郎めんたろうは慌てたように制止する。


「ほら。おみくじの前にまずはお参りしないとね」


おみくじマシーンの背後に見える神社。


建てられてからどれだけの時間が経過したのだろう。すでに朽ち果て廃墟となっているが、かつては立派であったろう社殿へと。面太郎めんたろうは思議さんに見本を見せるよう柏手をうちお参りする。


面太郎めんたろうを真似て思議さんが頭を下げるのを見届けたのち。


「思議さん。お先にどうぞ」


思議さんに声をかけると、おみくじマシーンの前を開ける。

ハイテクおみくじマシーンとは言うが要はガチャガチャのようなもの。お金を入れてボタンを押せば、おみくじが排出されるわけだが・・・


「?」


思議さんはお金も入れずに、ボタンをポコポコ押し続けていた。

その様子に面太郎めんたろうは財布から100円玉を取り出しそっと投入する。


チャリーン。ガラガラ


「でたー。吉だー」


「おめでとう。それじゃ僕も」


100円玉を入れて機械を回す。おみくじを取り出そうとしたその時。


ビュー


突然の風に吹かれ、おみくじが宙を舞う。

慌ててて追いかける面太郎めんたろう。地面に落ちた所を拾い上げるが。


ズシリ


ただの紙切れのはずが妙に重いおみくじ。その表面に書かれていた文字は。


大吉


本来ならおめでたいはずが、背筋にひんやり冷たい汗が流れ落ちる。


「おー。いいなー」


無邪気にはしゃぐ思議と打って変わって、面太郎めんたろうの表情は暗い。

何故かは分からないが身体が重い……そんな感覚。


「そ、そうかな。それじゃ、良かったらおみくじを交換しようか?」


「んー……駄目だって。イケメンの方が良いってー。残念」


いったい何処を見ているのだろう?

思議は面太郎めんたろうの背後。おみくじを拾い上げた場所を見ながらそう答えた。


風に流されたおみくじは、社殿から少し離れた場所まで飛ばされたわけだが……そこには黒く朽ちた建材と思わしき残骸が広がっていた。


「なんだろう? この建材、炭化しているけど……燃えた? 火事?」


「んー……宮司の寝たばこ? だってー」


焼け落ちたのは本殿とは別の建物。離れと思われる場所であるが、本殿が朽ち果てたのも、火事で神社を管理する者がいなくなったからだろうか?


薄気味悪くはあるがすでに過去の遺物。軽く手を合わせ心の中でお悔みを述べる。


それにしても、思議さんはなぜ火事の原因を知っていたのだろう? ぼーっとしたように見えて、事前に調べたのだろうか?


「それじゃ思議さん。次の組が来る前に行こうか」


そう疑問に思いながらも、面太郎めんたろうは大吉となるおみくじを懐に入れると思議さんを促し歩き出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る