おばあちゃんの武蔵野怪談話③

桃もちみいか(天音葵葉)

お寺の幼稚園の夏祭り 埼玉県

 孫娘におばあちゃんが話して聞かせます。


「おばあちゃんの昔ばなしを聞いたら、今日みたいな蒸し暑い夏の日がほんのり涼しくなるかもしれないよ?」


 ちょっと不思議で怖いお話。

 身の毛がよだつのは、ほんの束の間です。



     🌻🎐🌻



「あんた、知ってるかい?」


 縁側でおばあちゃんは、夏休みに故郷に帰省してきた大好きな孫娘に語りかけました。

 孫娘は久しぶりに聞くおばあちゃんの声に耳を傾け、嬉しそう。


 にっこり笑う孫娘は、幼い頃からおばあちゃんの語る昔ばなしが大好きです。


 おばあちゃんは横並びに座る孫娘を見たあと、ゆっくりと空を見上げました。


 とっても青く澄んだ空、入道雲が山向こうにもくもくとおいしそうな綿菓子やソフトクリームのように連なっています。


 蝉しぐれがフルボリュームで村里を包み込むように大合唱しています。

 そんななか、孫娘が耳をすませば、近くを流れる川のせせらぎや、水遊びを楽しむ親子連れのはしゃいだ声も聴こえてきました。


「この埼玉だってね、武家屋敷があったり、実際に合戦があった場所もあるんだよ。

 だから、浮かばれない魂や怨念も何百年もたった現在でも漂っている魂だって居るのかもしれない。


 不運にも戦で戦って死んでしまった武士やその家族たち、争いに巻き込まれてしまった民百姓、無念で亡くなった人々がたくさんたくさんいるんだろうねえ。

 死んだことに気づかない幽霊は、いまだ成仏出来ていないかもしれない。


 お盆にはそんな浮かばれない魂も、安穏の土地を求めて彷徨うのかもしれないね。

 血の繋がりや、思い出を頼りに、いく年もあくる年も漂って。

 いつしか自分が何者であったのすら忘れちまうのかねえ」



      🍧🎆



 夏になると思い出すのさ。

 今日みたいな特に蒸し暑いお盆の時期の夜は、楽しい夏休みの思い出とともに、ちょっぴり怖くて不思議で、一瞬身の毛もよだつような恐怖なお話。


 おばあちゃんが通っていた幼稚園の夏祭りの出来事さ。


 当時、おばあちゃんは小学二年生ぐらいだったけど、そこは学校に上がる前に通っていた幼稚園だったし、大好きだった先生にも会えるから、とっても楽しみにしていたんだ。


 その日は数人のお友達とおばあちゃんと弟で、幼稚園の夏祭りに出掛けたんだよ。


 幼稚園は家のすぐそばだったし、昔はどこもそんなだったけど、親や大人はついて来なくて、子供達だけだった。


 話は脱線するけど、今思えばおばあちゃんの時代は幼稚園へ行くの帰るのもちょいちょい子供達だけだったねえ。

 今はもうさ、いろいろだめだよ、アウトだよ。

 でも、わりとあの時代のころは放任だった。


 あんたの常識じゃ、小学生になれば通学班とかで子供だけで小学校に行くようになるのは当然だろうし、幼稚園生じゃまだ子供だけで登園したりだなんて早いよね〜。


 なんかあれば助けてって叫ぶとご近所の知り合いの大人が家を飛び出して助けてくれる、そんな時代でもないだろうからねぇ。


 おばあちゃんの子供時代はさ、けっこう知らない大人でも子供たちを見守ってくれていたから。

 ご近所同士で、その地域の子供たちにかまってくれてて。

 転んで泣いていると誰の子とか関係なしに手当して助けてくれたし。畑や田んぼで遊んでいる子供たちがお腹が空いていたら、知り合いのおばさんがふかし芋やとうきびをみんなに配ったりしてた。


 そんなさ、ちょっと昔むかしの田舎のおはなしさ。


 おばあちゃんの通っていた幼稚園での夏祭りでの不思議な出来事を教えてやろうかねえ。


 夏祭りは盆踊りもかねていてさ、幼稚園の広い広い園庭では、たくさんの地元の近所の大人達と幼稚園に通っている子供たちにその親御さんで盛り上がっていた。


 園庭には、親たちが準備した屋台がいっぱーい並んで、そりゃあ大賑わいさ。


 たとえば金魚すくいに輪投げに射的にヨーヨーすくい、サイダーにひやしあめにりんご飴に綿あめかき氷にイカ焼き……、今思い出すだけで、わくわくとしてくるねえ。


 おばあちゃんはこの日、弟とはぐれないようにしっかりと手をつないでいた。

 二人して、お母さんに買ってもらった小さなポシェットを肩から下げて、おこづかいの十円玉と百円玉をいれてきた。

 じゃらじゃらと言わせて、弟はとってもごきげんだったねえ。

 せがんだだけ貰えたわけじゃないけれど、いつもよりおこづかいは多かった。

 お祭りに出掛けるんだからっていうんで、親の羽振りもご機嫌もうなぎのぼりで。

 今考えると、うるさい子供の私たちがしばらく出掛けて、父親は大好きな野球のナイター中継をテレビでじっくり見られるし、母親は母親でゆっくりお風呂に浸かって好きな手芸に集中できるからかもしれない。

 もしくは、単純に、子供たちがお祭りに行くって言って、大はしゃぎして喜ぶ姿が嬉しかったのかもねえ。


 もう、二人に真相は聞けないけれどさ。



 ああ、話が脱線しちまった。


 そうそう、そいでさ。幼稚園のお祭りに行くと、ひろーい園庭のまんなかにやぐらが組んであってねえ。


 紅白の布で装飾された櫓の上では、威勢のいいお姉さんが二人、鉢巻きして法被姿で和太鼓を叩いてる。

 ばちを打つ姿は一生懸命でカッコよくって、女だてらに粋で見とれちまうぐらい。

 よくよく見たら、幼稚園の先生で、ぶったまげたけどね。


 お祭りに来たどの子も、お嬢さんもお兄さんもおばちゃんやおじちゃんにお爺さんやお婆さんも、みんな浴衣だったりで着飾って、にっこにこだったねえ。


 おばあちゃんもね、射的で景品のお目当ての光る腕輪のおもちゃを見事にコルク弾で当てて落とせて手に入れられて、ほくほく顔だった。


「お祭りってやっぱりすっごい楽しいね!」

「毎週お祭りだったら良いのにね」


 お友達のようこちゃんたちと、園庭に出来た屋台どおりを歩きながら楽しくしゃべっていたら、おばあちゃんはとんでもないことに気づいた。


「弟がいないっ!!」

「ええっ!?」


 慌ててみんなで、お祭りを楽しむ人混みのなかを探し回ったんだけど。

 お祭りの喧騒と雑踏にうもれて、おばあちゃんは泣いていた。

 だって、弟がいくら捜してもいないんだよ?


 お友達がみんなして慰めてくれるけど、気が気じゃない。


 きっと弟だって心細くなって泣いているに違いないし、もしかしたら人さらいや妖怪やおばけにつかまって、ひどいことをされているかもと思った。


 それでさ、おばあちゃんはお友達と、幼稚園のすぐ横のお寺に行った。


 おばあちゃんの通っていた幼稚園はお寺が経営していたんだよ。

 ……だからね。

 ああ、当然お墓もいっぱいあるんだ。


 怖いけれど、弟が大変な目にあってる気がして、勇気を出して、お墓のたくさん並んでいる墓地に入った。

 本当は入るのはいけないだろうけれど、おばあちゃんの耳には、しっかり弟の泣き声が届いてきてたんだ。


「あの声は、弟に間違いない」


 警戒した何羽ものカラスが墓石に止まり木のごとくちょこんと座り、こっちをジロリっと鋭いまなこで睨んで見ている。

 縄張りに入ったから追い出そうと思ったのか。

 かあかあとカラスがぬしのようにけたたましく鳴く墓場はものすごく不気味で、もうおばあちゃん、恐ろしくって恐ろしくってさ。

 くちばしでつつかれるのも嫌だけど、この世のものじゃない者に襲われるのも嫌だ。

 どんどん血の気が引いてさ、暑い夏の夜なのにぞぞぞっと寒気がした。


 お友達のようこちゃんたちもぶるぶる震えながら、墓地について来てくれたんだよ。


 しばらくみんなで弟の名前を叫びながら捜していると、急にポウッとどこかの家のお墓が光りだした。

 あたりにひんやりとした風と、生ぬるい風が交互に吹いてくる。

 その光のほうへ吸い寄せられるようにずんずん向かうと……。


 墓石の影から出てきた弟と一緒に、空を女の生首が飛んできて、落ち武者のお化けがスーッと現れた!


「お姉ちゃ〜ん! うえーん」

「「きゃあーっ!!」」


 おばあちゃんもお友達も一目散に走って逃げた!


 忘れちゃいけない。

 弟をとっさにおんぶしてさ。

 おばあちゃん、優しいだろ? 偉いだろう?


 怖かったけど、ちゃーんと弟を連れて逃げた。

 薄情に置いていっちゃってたら、どうなっていたんだろうねえ?


 園庭の夏祭りに戻って来て、ほっとした。


 おばあちゃん達がこんなに恐ろしい目にあったっていうのに、お祭りはなにも変わらず楽しそうに笑う人々であふれかえっていたのさ。

 

 女の生首お化けも落ち武者幽霊も追いかけてこなかったし、めでたしめでたし。


 おばあちゃんたちは、大人にはその話をしなかった。

 どうせ言ったって信じっこないし、大人は弟とはぐれたて迷子にさせたことを怒るだろう。

 それに勝手に墓地に入ったことも怒られるに違いない。


 夢まぼろしだったかもしれない怪異を話して、現実に説教をくらうより、黙っていようってことで話は落ち着いた。



 それにちょっとすると恐怖はおばあちゃんと弟にもお友達のなかでも薄れて、あれは見間違いかなとか、みんなでまぼろしを見たんじゃないかとか、そんな風に思い始めていた。



 ――だがさ、それから数日後。

 ふたたび恐怖で凍りつくようなことが……!


 おばあちゃんとお友達は、よく遊ぶ小学校の近くの公園にいつものように放課後に集まった。


 幼稚園の夏祭りに、あとから来たようこちゃんのお父さんがカメラでおばあちゃん達を撮ってくれてたんだよね。

 昔はデジカメなんてもんはないからさ。フィルムで撮った写真をお店で現像をし終えて、ようこちゃんが持って来て見せてくれた。


「ねえ、ちょっと!」

「こ、これ!」

「見てよ。と、とんでもないものが写ってる……」


 そ、そこには――!


 おばあちゃん達が横に整列して撮った記念写真のはじっこに、しっかりと落ち武者の幽霊と白い和服の女の人の幽霊が写っていたんだ。


 もう、その写真を見て、おばあちゃんもようこちゃん達もきゃあきゃあぎゃあぎゃあと大絶叫の嵐っ!


 しばらく叫んで、気がおさまったんだけど。


 おばあちゃんの背中はひんやり、ぞーっとした。


 なぜか鳥肌がたったまま落ち着かない。





 ……だってね。

 ようこちゃんの横に、両手で鞠を大事そうに抱え持った知らない女の子が並んで立っている。

 おばあちゃん達と一緒に、景色に溶け込むようなその女の子もじーっと覗き込んでてさ。

 興味深げに写真を見つめているんだよ。


 女の子は朝顔の絵柄の浴衣を着てる。

 その子はおばあちゃんを見ててね、目が合うとにいーっと笑った。


 おばあちゃんは声にならない声をあげた。


 知られちゃいけない気がしたんだ。

 おばあちゃん、その子が見えてるって気づかないふりをした。

 

 つかの間、目が合っちゃったけど、それからは見えてませんって態度でやり過ごす。


 だって、だってさ。

 みんなには見えてないみたいだし?


 ……あのさ。

 その女の子はね、……向こうの景色が見えちまうぐらい、小さな体がずいぶんと透けちまっていたのさ。





        おしまい

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