うさぎの騎士 原案 (後編)
うさぎと女の子は、丘で一緒に暮らしました。
それは今までひとりぼっちだったうさぎにとって、思いもかけない喜びでした。誰かと言葉を交わし、笑いあうことが、こんなに素晴らしいことだったなんて。
ふたりで輝く川の水面を見つめたり、丘の上に立って南風に吹かれたりして、楽しく毎日を過ごしました。
うさぎにとっては、幸か不幸か、鷹もキツネも姿を見せることはありませんでした。
ちいさな騎士を恐れたのではないのでしょう。むしろ人間がいるのを見て、近づけなかったのかもしれません。それがわかればうさぎのプライドが傷つくでしょうから、知るすべもないのは幸いなことでした。
仲間のうさぎたちは、女の子を怖がってますます遠ざかって行きました。
空高くさえずるヒバリだけが、「なんとけなげなうさぎだろう。しかし、人間がこんなところで生きていけるだろうか」と思いながら、ふたりのようすを見守っていました。
うさぎはいつも女の子のことを考えました。騎士が姫を守るのは、当然のことですから。
やわらかくておいしそうな草を見つけると、自分の分は後回しにして、女の子に渡しました。
女の子は、微笑みのお返しをくれながら、それを食べました。だけど、あまりおいしそうではありませんでした。
少しずつ、女の子はやせ細っていきました。うさぎと同じものを食べていたのだから、当然のことです。
それに、本当は、早くおうちに帰りたかったのです。どんなにうさぎがやさしくしても、お父さんとお母さんと家が恋しいのです。
早くお父さんが迎えに来てくれることを願って、まずい草を食べながら過ごしていました。
だけど、うさぎには理由がわかりませんでした。命に代えても守りたい姫が、徐々に弱っていくのを感じながら、どうすることもできませんでした。
体の調子を聞くと、女の子はいつも「大丈夫よ、騎士さま。わたしは元気」と答えるのでした。
ある日の朝、女の子はぐったりと力なくうずくまっていました。うさぎがその顔に前足の肉球を当てると、いつもより体温が熱いのを感じました。
野ざらしの広野で、草ばかり食べる生活をしているうちに、女の子の体力は落ち、とうとう風邪をひいてしまったのです。
「具合はどう? 草をたくさん食べて元気を出して。お水は飲む?」
うさぎは、おいしい草を見つけては、女の子の元へ運びました。だけど、女の子はなにも食べようとはしませんでした。それどころか、口をきく元気もなくなってしまったようです。
うさぎは悲しみ、祈るしかありませんでした。
「うさぎの神様。どうかぼくの姫の病気を治してください。ぼくが身代わりになってもかまいません」
そのとき、うさぎの敏い耳は、なにかが近づいてくるのを感じました。獣たちの足音とは違う、騒々しい音でした。
やがて、馬車と一緒に、数人の人間たちがやってくるのが見えました。
うさぎは、木の棒を手にすると、女の子の前に立ちました。姫だけはなんとしても守らねば。自分は騎士なのですから。
人間の男が一人、こちらに気づいて駆け寄ってくるのが見えました。うさぎの本能は「逃げろ」としきりに訴えましたが、勇気を奮ってその場に留まって木の剣を構えました。
「アンナ!」
男は叫ぶと、うさぎには目もくれずに、女の子の側にうずくまりました。その手をとり、息を確かめると、ほっとした表情になりました。
「ゆるしておくれ。お父さんが悪かった。かわいいお前がいなくなったのに気づかず、馬車を進めてしまうなんて!」
男は女の子を抱きあげました。父親の胸に抱かれて、ようやく女の子がほっとしたように口を開きました。
「お父さん……?」
「ああ、もう安心だよ。かわいそうにこんなに弱って。さあ、戻ってお医者さんに診てもらおう」
親子は、馬車に乗り込みました。
うさぎは、だまって馬車が立ち去るのを眺めていました。
そうして、ようやく気づきました。
ちいさな人間の女の子を守るのには、自分があまりに無知で無力だったこと。女の子は姫ではなく、人間の世界で大事にされている子どもだったこと。
そして、自分がまたひとりぼっちになってしまったこと。
悲しみのあまり、うさぎは木の枝を捨ててしまおうと思いました。
でも、どうしてもできませんでした。
そんなうさぎの前に、ひらりと舞い降りたものがありました。
それは一羽のヒバリでした。彼女は、ふうがわりなふたりが気になって、ずっと空から見守っていたのでした。
ヒバリは両翼を優雅にふあさっと広げました。
「わたくしは鳥の姫です。無力なわたくしをお守りくださいませんか、騎士さま」
ヒバリは知っていました。はじめて友達を得てうれしそうだったうさぎのこと、またひとりぼっちになってしまった彼のこと。
鳥の言葉には愛情がこもっていました。うさぎは胸をぐっとつかれたようになりました。
やんちゃで誰の言うことも聞かなかったうさぎですが、女の子と暮らすうちに、相手の気持ちを理解しようとする力が身についていました
いまこのヒバリは己の身のために言っているのではない、うさぎの孤独を思いやってくれたのだと、感じることができました。
うさぎは棒を握る手に力をこめると、ヒバリの前にひざまずきました。
「この身に代えても御身をお守りいたします。我が姫」
(了)
うさぎの騎士 松宮かさね @conure
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