うさぎの騎士 原案 (前編)


 澄んだ川の流れる広野に、一匹のうさぎが住んでいました。

 うさぎには憧れているものがありました。それは騎士です。

 人間の町のほうから、ときどき騎士が馬に乗って駆けて行くことがあります。その姿がかっこよかったため、憧れの目で眺めていました。いつかは自分もあんなふうになりたいと思っていました。


 今日もうさぎは、剣代わりの木の棒を手にすると、剣術のまねごとをしていました。

 棒を振り回して稽古に励んだあと、うさぎは高らかにそれをかざすのでした。  


「勇ましきものは我に続け。我は気高き広野の騎士なり」


 そんなうさぎを、仲間のうさぎたちは、変わり者だと呼び、近寄ろうとはしませんでした。




 ある日のことです。

 馬代わりの脚で高らかに跳ねる訓練をしていたうさぎは、川の傍らで変わったものを見つけました。

 それは青い服を着た、人間の女の子でした。女の子は、涙で濡れた顔を、手でゴシゴシこすっています。

 うさぎはすぐさま駆け寄りました。女の子の前にひざまずくと、頭をたれました。


「おお、我が姫よ。お会いできて光栄にございます」


 大きな高い声で言いました。


「我がうれわ……うるわしの姫君よ。御身の盾となることこそが我が喜び。いかなる敵の前でも、我が剣は屈しませぬ。この命、貴方のためなら進んで捧げましょうとも」


 朗々と言い放つうさぎを前に、女の子はきょとんとした顔になりました。もう涙は止まっています。


「どうか、ぼく……じゃなかった、我に御身をお守りする使命をお与えください。我が耳に誓い、とわに貴方の忠実なるしのべ……しもべとして……え~っと。ええぃ」


 うさぎはぱっと顔をあげました。


「だめだあ。いっぱい練習してきたのにな。騎士の言葉って難しいや」


 それからあらためて木の棒を高く捧げると、女の子の顔を見つめました。

 女の子の長い髪は、太陽の光のようにきらきらと輝いています。それはいかにもお姫さまらしいとうさぎは思いました。


「ぼくは騎士だよ。君はお姫さまなんだね。ぼくに君を守らせてよ」


 真剣な表情のうさぎを前に、女の子はどうしていいのかわからないようでした。

 やがて、困ったように微笑みました。


「わたしはお姫さまじゃないわ。ただの商家のむすめよ。お父さんのお仕事で旅をしていて、ちょっとよそ見をしていたら、みんなとはぐれてしまったの」


 そう言って立ち上がると、うさぎを見おろしました。うさぎの身長は、女の子の半分ほどしかありません。


「それに、ちいさなうさぎさん、あなたにわたしが守れるの?」


 その口調は優しかったのですが、少しだけ挑戦的でからかうかのようでした。うさぎは胸を張りました。


「もちろんさ。ぼくをおくびょうなうさぎだと思わないで。たとえ鷹が来たって、狐が来たって、この剣で追い払って見せるさ。騎士は強いんだよ」


 えいやあと棒を振り回して、架空の敵と戦っている様子を見せました。


 一生懸命なうさぎの様子を見て、女の子はにっこりしました。それを見て、「騎士の報酬は貴婦人の微笑って言葉は本当なんだな」とうさぎは思いました。


「では、お願いします。わたしの騎士になってくださいな」


「喜んで、我が姫」


 そっとさしだされた女の子の手に、うさぎはうやうやしく口付けをしました。

 

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