うさぎの騎士 完成版(後編)
女の子はお父さんとお店の人と、馬車で町から町をわたって、何日もたびをしていました。この日は、たびのつかれが出て、にだいにつんであるにもつのおくで、お昼になるまで、ぐっすりねむりつづけていました。
目をさましたとき、おおきなナラのこかげに、馬車は止まっていました。外を見ると、すぐそばに森がありました。
お父さんたちは、馬のそばで、くつろいだようすで食事をとっています。女の子がよくねむっていたので、おこさないようにと気を使ってくれたのでしょう。
おとなたちがたのしそうにおさけをのんでいるのを見て、これはしばらくは馬車はうごかないはずと、女の子は思いました。
この時期の森の中には、あまいベリーの実や、かおりのよい花など、楽しいものがたくさんあるはずです。そう思うとうずうずして、たまらなくなりました。
すこしだけならいいだろうと、女の子はそっと馬車を抜け出しました。
森に入ると、初夏の野花がさいていました。すぐに帰るつもりが、楽しくてむちゅうになってしまい、ついつい時間がたっていきました。もうすこしきれいな花はないかと、すこしずつおくにふみいってしまいました。
ですが、お父さんはそのことを知りませんでした。うたたねから目ざめると、女の子をのせないまま、つぎの町へ向けて馬車をすすめてしまったのです。
女の子のまた、もう馬車がいないことには気づいていませんでした。
「森のそとに馬車がいるはずだけど、どこだったのかわからないの。大きな木のそばだったのはおぼえてるのだけど……」
うさぎはかんがえました。森の北がわをぬけた草原に、ときどき馬車が走っている道がありましたので、そのあたりかもしれないと。
「ぼくにまかせて。すぐにお父さんの馬車をみつけてあげるよ」
じしんたっぷりに言いました。
そんなうさぎを見おろしながら、女の子はすこしおちついたようすで口をひらきました。
「ちいさなうさぎさん。あなたにできるの?」
その口調はやさしかったのですが、どこかおもしろがってもいるようでした。
うさぎはむねをはりました。
「もちろんさ。ぼくをおくびょうなただのうさぎだと思わないで。たとえたかが来たって、きつねが来たって、このつるぎでおいはらってみせるよ」
しんけんなようすのうさぎを見て、女の子はほほえみました。
「それなら、おねがい。わたしのきしになって。馬車をさがして」
「よろこんで、わがひめ」
うさぎと女の子は、さっそく歩きはじめました。
お昼もとうにすぎ、空はだんだんと暗くなってきました。
大きな木が森の天じょうをおおい、うすぐらい地面には、古い木が倒れてこけがむしていました。
女の子がこわがらないように、うさぎはがんばって楽しい話をしました。ほうせきのようにひかる赤や黄やむらさきの実を見つけては、この実はおいしいよ、これはおなかをこわすから食べないで、と教えました。
女の子は、そんなうさぎをしんらいしたようで、したしみをこめて「わたしのきしさん」とよんでくれました。うさぎはすっかりうれしくなりました。
そのうちうさぎは、この子になら、ぼくのだいじなきいちごの実を、あげてもいいと思いつきました。
ですが、うさぎのていあんに、女の子はくびをよこにふりました。「はやくお父さんに会いたいの」と。
うさぎはお父さんをさがしながらも、ほんとうは、みつからなければいいとも思っていました。女の子に、ずっとここにいてほしかったのです。
それでも、きしがちかいをやぶるわけにはいかないと、たえず耳をすませて、人間のけはいをさがしながら歩いていました。
やがて夕方になり、東の空からぐんじょうのやみがせまってきました。
女の子は、つかれたのか、ふあんがつのってきたのか、だんだんと口をひらかなくなりました。
「ぼくのあとについておいで。もうすぐだからね」
わざと明るい声で、うさぎは言いました。
足もとを見ながら、うつむいて歩く女の子は、いまにもなきだしそうでした。
しだいに、こだちがまばらになってきました。うさぎは、北のほうから、なにやら音がするのに気づきました。森のけものたちの足音とはちがう、おもくてそうぞうしい音でした。
その方向にいそぐと、こだちのあいまに、火がうかんでゆれていました。人間たちの持つ、たいまつの火でした。
さらに近づくと、そのあかりが、ひとりの男の顔をうかびあがらせました。
「お父さん!」
女の子はさけぶなりかけだしました。
うさぎはぽかんと立ちつくしました。
女の子はまっしぐらに走っていき、大きな人間にだきつきました。その男のたくましいうでが、子どもをかるがるとだきあげ、だきしめました。みんな、わああと歓声をあげました。
女の子の顔は、お父さんに会えたよろこびにあふれていて、ほかのことは考えられないようでした。お父さんも、むすめのこといがい、目に入らないようでした。
うさぎは、人間たちにせなかをむけると、とぼとぼとあるき出しました。
親子でよろこびあったあと、女の子が思い出して、「あそこにしんせつなうさぎさんがいるの」とふり返ったときには、うさぎのすがたはきえていました。
夜の森をひとり歩きながら、うさぎは女の子の笑顔を思い出しました。
さみしくなったけど、きしなら、ひめをたすけたことをほこるんだ。
なかまたちと鳴きかわすクロウタドリの歌を遠くに聞きながら、ねぐらに帰ってきました。そして、キイチゴの木を見あげました。
おいしいキイチゴを食べて、よろこぶ女の子の顔が見たかったなあ。
でも……。
トゲのあるつるをまかれた木を見て、うさぎはこう思いました。
きしは、だれかのえがおを、ほこりとするもの。
だから、こんなの、きしらしくないや。
うさぎは、野いばらのつるをひっぱってはずし、かみちぎりました。
そして、すあなにかえっていきました。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます