うさぎの騎士

松宮かさね

うさぎの騎士 完成版(前編)

 森の中に、一匹の黒いうさぎが住んでいました。

 なかまのうさぎたちは、みんな草原に住んでいて、草にまぎれやすいうす茶色や灰色の毛をもっていました。

 このうさぎのように、まっ黒なものはいませんでした。


「あんなに黒かったら、めだってしょうがない。タカやキツネにねらわれてしまう」


と、ほかのうさぎたちはこわがって、きょうだいたちでさえ、黒いうさぎに近づくことをいやがりました。


 なかまはずれにされたことで、黒いうさぎは、森の中にうつり住んだのでした。昼でもうすぐらい森では、うさぎの黒い毛も目立ちませんでした。


 うさぎには、あこがれているものがありました。それは、きしです。

 おさないころに、うさぎの両親は、きけんな人間について、いろいろ教えてくれました。ですが、きしの話を聞いたときに、子どものうさぎは、かっこいいとむねをおどらせて、もっともっと聞きたいと、話をせがむほどでした。


 きしは、あるじや、こうきな女性をまもるというところに、なにより心がひかれました。ふつう、うさぎにできることといえば、じぶんひとりで、ひたすらにげることだけでしたから。


「おまえはめだつから、いつもひといちばいちゅういをして、できるだけじっとかくれていなさい」


 なくなるまぎわまで、うさぎの両親は、黒い子どもに繰り返しそう言い聞かせました。

 でも、やんちゃなうさぎは、じっとしているのはにがてでした。


 きょうもうさぎは、つるぎにみたてた木のぼうをふりまわして、けんじゅつのまねごとをしていました。強くなりたいと、がむしゃらにぼうをふりまわしているときは、ひとりのさみしさも、感じなくてすみました。


 けいこにはげんだあと、うさぎはぼうをふりかざしました。


「いさましきものはわれにつづけ。われはけだかき、きしなり」


 うさぎがすみかにしているすあなのそばには、とても甘い実をつける、木いちごの木がありました。うさぎはとびきりおいしいこの実を気にいって、だいじにしていました。

 近くで、りすや小鳥を見かけると、ぬすみにきたのかとおこって、ぼうをふりまわしておいはらいました。

 自分がそばにいられないときは、だれかにとられないかとしんぱいになって、トゲのついた野いばらのつるを、ぐるぐると木にまいておくのでした。




 ある日、うさぎは、森の中で迷子になった人間の女の子を見つけました。

 幼い女の子は歩きつかれた顔をしていました。なみだのうかぶ目を、しきりに手でゴシゴシこすっています。


 うさぎは、そっと、ようすをうかがいました。


 その子は、白いふんわりとした服を着ていました。


(ひめだ!)


 うさぎは、おおよろこびで、はねあがりました。

 女の子の前にとび出て、きれいなかっこうでひざまづくと、手をさしのべながらこうべをたれました。


「おお、わがひめよ。お会いできてこうえいにございます」


 きどった、おもおもしい声を出して言いました。


「わがうれわ……うるわしのひめぎみよ。おんみのたてとならんことこそ、わがよろこびにございます。いかなるてきの前でも、わがつるぎはくっしませぬ。このいのち、あなたのためならすすんでささげましょうとも」


 そう言いはなつうさぎを前にして、女の子はあっけにとられた顔になりました。


「どうか、ぼく……じゃなかった。われに、おんみをおまもりする、しめいをおあたえください。わがつるぎにちかい、とわにあなたの、ちゅうじつなるしのべ……しもべとして……え~っと。ええぃ」


 うさぎは、もどかしそうに、ぱっと顔をあげました。


「だめだあ。いっぱいれんしゅうしたのにな。きしのことばってむずかしいや」


 そして、女の子の顔を見つめると、はきはきと言いました。


「ぼくはきしだよ。きみはおひめさまでしょう。ぼくにきみをまもらせてよ」


 とつぜん、そんなことを言われて、女の子はとまどったようでした。うさぎを見つめながら、しばらくだまっていましたが、やがてこう返事をしました。


「わたしはおひめさまじゃないのよ。お父さんのおしごとで、ほかの町まで、馬車で出かけていたの」


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