其の参 群馬県/旧国鉄T線/とある駅

//SE 車のドアが開く音。



 ご予約の●●さんですか?



//SE 車のドアが閉まる音。



 それにしても千葉県から迎車だなんて、しかもご指名でいただいたと聞いてビックリしてます。


 え? 紹介? そういうこともあるんですね。


 いえいえ、光栄です。ありがとうございます。


 料金大変なことになってますけど、大丈夫ですか?


 そうですか。わかりました。


 事前に伺ったお話だと、××山の峠とのことですが、よろしいでしょうか。



//SE 車が発進する音。



 はい? 理由を聞かないのかって?


 いや……まぁ、確かに最初にお話聞いた時は、こんな深夜にあの峠に行かれるなんてとは思いましたけど……。


 お客さん、お花持ってらっしゃるし、あそこらへんは事故も多いですから、なんとなくは。


 ああ、やはり、そうなんですね。


 なんで、この辺りに詳しいのか、ですか? 


 うーん。若気の至りなんですけど、私が若い時は、走り屋ってのが流行ってまして、週末になると仲間と群馬まで来て、××山の峠で遊んでたんですよ。


 そうです。そうです。有名なマンガに影響されまして。お恥ずかしい限りです。


 すごい無理してね、中古のGT-Rをローンで買いましてね。本当に若かったですね。


 結局、事故って、まだローン残ってるのに、GT-Rは廃車になるし、散々でした。


 はは。まぁ今となっては笑い話ですね。



//SE 停車中のエンジン音。赤信号停車中。



 ……。


 お姉さんが。そうでしたか。



//SE 発車するエンジン音。青信号へ変わる。


//SE しばらく無言の車内に走行音だけが響く。


//SE 山道に入り、グネグネとした道をハンドルを切る音。



 結構、蛇行しますんで、気分悪くなったりされたら、遠慮なくおっしゃってくださいね。停車しますので。


 窓、開けると、酔いづらいですから、開けましょうか?


 大丈夫ですか。それは、良かった。


 いやね、昔、付き合っていた女性と来たことがあるんですよ。この山。


 あはは。もうその時は、ちゃんと身の丈にあった車に乗ってましたよ!


 それで、その人がね、車に酔いやすくて、窓開けたり、色々したなって、ちょっと思い出しちゃったんです。


 ん? その人ですか? そうですね。しばらくして別れてしまったので、その後のことはちょっとわからないですね。

 


 ……。すいません。目的地って、この辺りでしょうか?


 ああ、あそこの展望台があるところですね。承知しました。



//SE 車の停車音。

//SE 車のドアが開く音。



 お参り終わるまでお待ちしてますから、ごゆっくりどうぞ。

 


//SE 車のドアが閉まる音。

//SE 停車中のエンジン音。



 ……。



//SE 車のドアが開く音。



 なぁ。アンタさ。あの女の妹か?


 ああ、やっぱり、そうか。おかしいと思ったんだ。


 わざわざ千葉のタクシーに、群馬まで送迎予約だなんて。しかも、俺を名指し。


 ルームミラー越しじゃ、わかんなかったけど、こうやって面と向かうと、そっくりだな。


 ん? なんで、殺したのか? さぁ。別に殺す気はなかったさ。


 俺は昔から、人をさ、突き飛ばすのが好きなんだよ。


 好きな子ほど、気分がいい。


 申し訳ないけど、そのあとで、その子が死ぬか、どうかには大した興味はないんだよ。


 いいよ。どうせだ。昔話でもしようじゃないか。


 子供の頃に、近所の沼で、友達と遊んでたんだよ。その友達がさ、沼をのぞきこんでから、夕日を浴びてね、ふり返って、俺にこう言ったんだ。


「ねぇねぇ、見てよ。すごい大きい鯉がいるよ」って。


 気がついたら、突き飛ばしてたよ。ジャボンってさ、良い音して。友達は頭から落っこちて、泳ぎ得意じゃない子だったから、ジタバタしてたなぁ。


 可愛かったね。かなり興奮したよ。俺もさ、一生懸命、周りにあった石投げつけて、沼からあの子が上がってこれないように、頑張ったよね。


 最後、絶望した顔して、沈んでいったよ。最高だった。精通もまだだったのに、痛いくらい勃起したよ。


 なんだよ。この話が聞きたくて、こんな群馬の山の中まで、オレを呼びつけたんだろう?


 まぁ、聞けって。


 それからもさ、チャンスがあれば、人を突き飛ばしたよ。駅の階段とかね。朝の時間とかだと、人もたくさんいて、バレないしさ。


 でも、満たされないんだよ。やっぱさ、相手に愛情を感じてるのか、どうかが重要だったわけ。


 思春期の時に、ようやくそれに気がつけてさ。好きな女の子のあとをつけたんだよ。


 その子は、千葉からわざわざ茨城の私立の学校に通っててさ。小学校が一緒だったんだけど。放課後、俺は駅のホームで待ってたんだ。


 結構、駅のホームは混んでてさ、その子、階段を上る人と下りる人からよけようと、一瞬、白線の外側まで出たんだ。


 俺は、これは天啓だと思ったね。ああ、いまここだ! ハレルヤ!


 力いっぱい突き飛ばしたよ!


 彼女は、ホーム落ちて、ちょうど来た電車に轢かれたんだ!!


 最高だろう? これはね。俺の中の最高の思い出。それに、そのあと、十四歳になっちゃったからさ、さすがに、その最高の思い出を糧にして、しばらくは止めたんだ。


 とはいえ、学校とかで、チャンスがあれば、階段から同級生や教師を突き飛ばしてたけどね。でも、おかずにするのは、やっぱりあの子だな。今でもたまに思い出して、するよ。


 ん? お姉さんの話?


 そうだなぁ。別に大した話じゃないよ。


 うん。いま、君がいるそこに立ってた。で、星がキレイとかなんとか言いながら、俺の方にふり返ったんだよ。沼の子を思い出してさ。


 ああ、ちょうど、お姉さんと付き合ってる頃に、沼の子の死体があがったんだ。なんと鯉の腹ン中からでてきた。笑っちゃったよ、俺。


 面白すぎて、すぐに彼のご両親に知らせてあげた。すごい泣いてお礼言われちゃってさ。笑い堪えるの大変だったなぁ。鯉の腹からだぜ? ヤバすぎだろ。


 死んだ後まで、俺のこと喜ばしてくれるなんて、本当にアイツは親友だ。


 ああ、話がそれたな。まぁ、お姉さんの顔を見てね、俺思い出したんだよ。


 お姉さんのこと、結構本気で好きだったし、結婚もいいかなって思ってた。


 それで、一生突き飛ばすのを我慢して彼女と生きるか、ここで突き飛ばして、電車の初恋の子みたく一生その思い出を胸に生きるか、天秤にかけたんだ。



 なに? 怖いの? いまさら? 俺をわざわざ呼び出したのに?


 はは。本当にそっくりだな。彼女を二回も殺せるなんて、僥倖だよ。


 ずっと、思い出を反復してたのに。もう一回できるなんて。


 大丈夫。大丈夫。俺、突き飛ばすの上手いからさ。はは。



//SE ドンッ。



 ……。



//SE 車のドアが閉じる音。

//SE 発車するエンジン音。




(終)

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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在の人物や団体などとは関係ありません。

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偽怪談洒落怖(ボイスシナリオ版) 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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