第4話

 翌日のの時(午後十時頃) には、以前から造っていたが供養してなかった御釈迦おしゃか様の像や、写経等の準備ができたので、いよいよ午未ごび(午後一時)頃に、寝殿の南面に仏の絵像を掛け、御経を全部並べて置くと、供養が始まったのである。

 そして、供養の後には院源君いんげんくんの説教があった。

 まだ、この頃の院源は若かったはずだが、後に多くの権力者達の出家に立ち合い、高名な僧になった人である。また、彼自身もの血を引いていたが、幼くして父を亡くし、比叡山で僧侶になっていた。

 そのせいだろうか、説教を聞いているうちに、満仲様が感極かんきわまって声を上げて泣き出したのである。

 源氏、平氏の違いがあるとしても、同じ武門の人間として生を受けた苦悩のようなものが伝わったのだろうか。

 すると満仲様だけではなく、一緒に説教を聞こうと後ろの方に集まっていた家来や従者らも泣き出す。彼らは皆、屈強な武者なのにのである。


 と、まぁ、こんな具合に 『今昔物語集・第十九巻四 摂津守せっつのかみ源満仲みなもとのみつなか出家語しゅっけすること 』 には、説教に感化されて泣きだす男達が描かれているのだ。

 冷静に考えると、泣いている強面こわもてのおじさん達なんて、絵的に恐い気がするのだが、それだけ、院源君の話が心に染み入るものだったのだろう。

 いよいよ、これを機会に満仲様は出家する決心を固めたのである。

 それでも人の心は移ろいやすい物なので、出家は日を改めた翌日にすることになった。

 そこでその夜は、満仲様が武士として過ごす最後の夜と、郎等達は弓矢を背負い甲冑かっちゅうを付け、多人数で館の周りを囲み警固したという話である。


 そして翌日、満仲様は出家した。

 それと同時に、沢山の生き物が解放されたのである。

 鷹や鷲も野に放たれ、川に仕掛けられていたやなも壊してしまった。

 倉にしまっていた武具の類も燃やされ、満仲様に長年仕えていた親しい郎等らも一緒に出家したのである。

 すると、その妻や子供らも感極まって泣き出してしまった。


 沢山の人達が感動しているせいで、小萩までもらい泣きしている。

 小萩の心の底に沈殿していた感情が、まるで引きずり出されるように涙が溢れ出た。


 ……実は、出家の道を選んだ惟成に離縁を言い渡されたものの、小萩は最初、納得できなかったのだ。そこで、食べ物や衣類などを用意し、改めて惟成に会いに行ったことがある。

 だが、そこには、もうがいた。

 別の女、……というよりも、昔の妻、つまり"糟糠そうこうの妻"の姿があったのである。

 そのひとは、花山天皇の御代になる前、貧しかった惟成の生活をずっと支えていた人だった。

 以前、惟成が蔵人所くろうどどころ雑色 ぞうしき(天皇の秘書的なことをやる部署の雑用係という感じか? ) を務めていた頃の話だ。花見をする為に、各人が持ち込みをしなければならなくなった。惟成は飯の担当になったのだが、食材を買う金がなかったので、この女は自分の髪を売ってまで食材を揃え、夫の顔を立てたそうだ。


 ……ちょっと痩せたかしら、でも良いお顔をなさっている。

 小萩は少し離れたところから、仲睦なかむつまじく会話している二人の様子を盗み見て、そう思った。

 ……なんだ、私の出る幕なんてないじゃない!

 そこで、悔しかったが、荷物だけを置いて逃げるように去ったのである。


 元を正せば、惟成と元妻を別れさせ、小萩を妻の座に捻じ込んだのは、満仲様の意志だった。

 惟成の身分はそれほど高くないが、花山帝の信頼が厚い。それに優秀なだけではなくも充分にある。そこで満仲様のだったからだ。

 だからといって、……やり過ぎではないか!

 そう思って、小萩も惟成との関係について悩んだこともあった。

 だが、惟成本人は誠実で優しい人だったので、やがて小萩は本当に惟成のことが好きになっていったのである。

 とはいえ、それも花山帝の出家で終わりを迎えるのだった。

 ほんの一年程の短い夫婦生活である。

 今となっては良い思い出だ。……の、はずだが?


 大勢の者達と一緒に泣いている小萩の姿を見て、満仲様はホッとした。

 実は、満仲様も後悔していたので、やっと肩の荷が下りたような気がしたからである。

 まさか、……惟成が、帝と共に出家するほどとは思っていなかったからだ。


『小萩よ、そなたを娘として育てたつもりであったが、結局、親らしいことはできんかったようじゃな、……そなたのようなが幸せにならねば、我は成仏できまいよ! 』


 今まで、超強気で生きてきた満仲様だが、この時ばかりは殊勝しゅしょうな気持ちになったのである。


 さて、満仲様の出家は無事に済んだが、時間の経過とともに、また昔のような生活に戻ってしまってはだろうと、比叡山の僧達は、立ち去る前に粋なはからいをしていった。

 これからも仏道に精進するようにと、満仲は、極楽から迎えが来る時の様子を顕している"来迎仏らいごうぶつ"の行列を見せてもらったようだ。

 これは、あらかじめ菩薩ぼさつ様の扮装ふんそうをした者達が、笛やしょうの音楽に合わせてり歩くもので、今風に言うなら、仏様のパレードのようなものである。

 信仰の深い人の臨終には、菩薩達が迎えに来て、阿弥陀仏あみだぶつが待つ極楽に導いてくれる。という情景を再現しているそうである。

 現在でも、奈良の當麻寺たいまでらで行われている 『ねり供養会くようえ』 等はかなり近いのではなかろうか。

 そして、……出家したばかりの新入道は、金色の菩薩が金の蓮華れんげ(はすの花)を捧げ持って静々と近づいてこられるのを見て、感動し過ぎたのか、驚きのあまり縁側えんがわから転げ落ちるように庭に下り、拝んだそうである。


 その時、満仲様は、

『我は案外、……極楽に行けそうじゃな! 』

 と、天性のかんで思ったかもしれない。

 何といっても、満仲様は強運の星の下に生まれた人だからだ。


 その後、満仲様は充分に出家生活を謳歌おうかすることができたのだろうか?

 おそらく当時の人としては、とても健康に恵まれていたのだろう。

 満仲様は、入道になってからも十年以上経って亡くなったのである。


― 完 ―

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満仲様の終活 クワノフ・クワノビッチ @lefkuwanofkuwanowich2

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