第3話
天延元年(九七三年)の四月二十三日、満仲様が越前守の任期を終えた頃のことだ。
都にあった邸宅が、再び強盗に襲われた。
記録を見る限りにおいても、この時の賊の手口は、十二年前とは比較にならないほど、はるかに手荒なものだったようである。
彼らは集団で邸を取り囲むと、一斉に火を放ったからだ。
やがて、その炎は満仲邸だけに止まらず、周辺の建物にまで燃え広がり、結果として三百余りの家々を
よく考えてみると、邸を包囲して放火するなど
『……確かに、今までやり過ぎてきた感じはあるが、これほど恨まれているとは思わなんだ』
この時ばかりは、さすがの満仲様も
また、火事に見舞われただけではなく、近所に住んでいた満仲様の友人も、賊との応戦中に弓で射殺されていた。
そして、その"忘れ形見"が小萩なのだ。
『 小萩の人生は、我のせいで、ずっと波乱万丈のままだ 』
……そう思うと、鬼のように言われている満仲様でも切なくなるのだった。
二度目の襲撃に関しては、失脚した
……満仲様はそう思っている。
この事件の四年程前のことだ。花山天皇の父である
冷泉帝は体か弱かったということで、在位期間二年程で退位することになったからだ。
だが、次の後継者になるはずの肝心の皇子は幼すぎたので、結局、帝の同腹兄弟を後継者にすることになった。
そこで、兄である
因みに、守平親王とは後の"
守平親王の後ろには、当時、政治の中心をしっかり押さえていた藤原北家の人々がいた。
一方、為平親王はというと、守平親王より七歳年上ではあるが、もう既に左大臣・源高明らの娘婿になっていたので、もし即位したなら、高明ら一派の源氏の影響が強くなることを恐れたのかもしれない。
また、藤原氏の中でも、初めは為平親王の後ろ盾をしてくれる人達がいたのだが、度重なる不幸で亡くなってしまい、どんどんと不利な立場になっていったようである。
そして、結局、帝の座は幼い守平親王に渡ってしまった。
面白くないのは、源高明をはじめとする為平親王の支持者達である。
そこで一つの事件が起きた。
いわゆる安和二年(九六九年) の三月下旬に起こったと伝わる"
これは当時、朝廷で
『
と密告したことが引き金になって起きた事件である。
本当に謀反が計画されていたのかは、今となってはハッキリと分らないが、とにかく右大臣・藤原
やがて橘繁延や僧の蓮茂らが捕えられ、また、その関係者として、武人としては満仲様達のライバルにあたる有名な藤原
そして最後には、為平親王の義父にあたる左大臣・源高明まで疑われることとなり、高明が太宰府に左遷、つまり
しかし、ここで問題なのは、源高明も満仲様も、実は親戚のような存在だったことだ。
満仲様の嫁と高明の母は、おば(伯母か叔母かはわからないが)と姪の関係だった。
もし、本当に謀反が事実だったとすれば、これでは身内を売ったような話になってしまう。
だが、源氏という姓を名乗る人々を集団で考えてみると、必ずしも一枚岩ではないのだ。
帝という父方の血では繋がっているかもしれないが、母方では、身分や後ろ盾の力関係が微妙に違う。見方を変えれば、立派なライバルだからだ。
そこで、満仲様は敢えて守平親王側につくことを選んだのかもしれない。
先々のことを考えると、既に後援者を失っている為平親王や高明につくよりは、北家にガッシリ支えられている守平親王に賭ける方が良いと判断したのではなかろうか。
それに、高明を出し抜くことで、源氏の中ではトップになれる可能性があるのでは?!
……そんな
しかし、それは同時に満仲様に裏切り者のレッテルを貼ることになった。
『ふん、……ここぞという時に、勝負をしない者など愚者ではないか?
我は当然のことをしただけじゃ! 』
気の強い満仲様は、周りの声などは無視して自分の信じる道を歩んできたのである。
だが、現実はそれほど甘くない。
天延元年の襲撃では、満仲邸だけではなく、多くの人々が暮らす家が燃やされ沢山の人が焼け出されたからである。
ただ一つ、不幸中の幸いだったのは、満仲様には"
ちょうど"安和の変"の後ぐらいからだろうか、満仲様は国司時代の経験上、よく知っている摂津国に自分達の国のようなものを作っており、そこに活動拠点を移していたからだ。
そこでは新しい国造りの為に、家族を失った人々や子供達も受け入れることができたのではなかろうか。
また、そこにいる限りは、満仲様は帝や藤原氏に気を使う必要がない。
そんな理由からか、多田の地は満仲様の一族が栄える為の"理想の王国"になりつつあった。
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