夜警のドッキリ

大隅 スミヲ

夜警のドッキリ

 俺がこのアルバイトをはじめた理由は、ただ単純に時給が良かったからだった。

 深夜のショッピングモールの警備員。1時間に1回、誰もいないショッピングモールの見回りをするというものだった。

 昔から、憧れはあった。真夜中のショッピングモール。ゾンビ映画などに出てきそうなシチュエーションだ。ひとりで巡回する時などはスマートフォンを動画モードで録画しながら巡回をおこなって、あとでその映像を見直すという楽しみも出来た。


 そんなある日、新しいアルバイトがやってくることとなった。何でも、近くにある大学に通う20歳らしい。20歳ということは、俺よりも年下だ。ここは少しでも先輩風を吹かせてやろうと、あるドッキリを仕込むことにした。


 新人歓迎のドッキリ。それは、新人と一緒に夜警を行い、その途中で新人をひとりで置いてきて逃げてしまおうというものだった。さらに新人を驚かせるために、ショッピングモールにまつわる怖い話を事前に吹き込んでおく。

 先輩たちの協力もあり、新人バイトの最初の夜勤の日にみんなで準備に取り掛かった。


 新人と一緒にショッピングセンター内を回るのが俺の役目だった。

 俺は新人に色々と教えながら、懐中電灯でショッピングモール内を照らし、安全を確認しながら進んでいく。

 普段は大勢の客でにぎわっているショッピングモールも、誰もいない深夜帯となると途端に不気味な空間に早変わりする。


「あれ、おかしいな?」


 俺は持っていた懐中電灯を振りながら言った。

 懐中電灯の明かりが消えそうになっている。これは事前の仕込みで、切れそうな電池を懐中電灯に入れておいたのだ。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな顔をして新人が言う。


「まあ、最悪明かりがなくても大丈夫だよ」


 俺はそう言って、歩みを進める。

 少しだけ早歩きにすると、新人も置いていかれまいと慌てて速足になる。


「そういえばさ、聞いた?」

「え、何がですか」

「この先の婦人服売り場の話」


 俺の言葉に新人は生唾をごくりと飲み込んだ。


 そう、これが仕込みパート2だった。年配の警備員であるスギさんが昼間のバイトの時間に新人に話を吹き込んでおいたのだ。ショッピングモールの二階にある婦人服売り場で白い着物姿の女の幽霊を見たことがあると。



「どうかしましたか?」

 スギさんがそう声を掛けると、女はゆっくりと振り向いた。

 その時、スギさんは声を掛けたことを後悔した。

 女の顔はヘビのような顔だったのだ。唇の隙間からは赤く細長い舌がチロチロと覗いていたそうだ。



 スギさんはそんな話を新人に聞かせていた。

 それを近くで聞いていた俺も少しビビるくらいにリアルな話だった。


「せ、先輩は見たことありますか?」

「いや、ないよ。無いけど……」

「けど?」

「いや……。やっぱりやめておこう」

「ちょ、ちょっと何ですか、その溜めは」


 ビビり散らかす新人に俺はほくそ笑みながら、本番はこれからだよと心の中で呟いた。

 懐中電灯の明かりが消えてしまったのは、それから5分も経たないうちだった。


「あら、消えちゃったよ。困ったな」


 俺は懐中電灯のスイッチを何度も押しながら言う。我ながら名演技だ。これならアカデミー賞も獲れるんじゃないのか。


「真っ暗ですね……」


 新人の声。すぐ近くにいるにも関わらず、姿は見えない。あるのは遠くに見える非常灯の明かりだけだった。


「あの非常灯のところまで行こう」

「はい」


 俺は新人の返答を待って、そのまま気配を消した。

 新人の歩く音だけがフロアに響く。


「あ、あれ? 先輩? 先輩、どこですか?」


 泣きそうな新人の声。

 俺はそのまま警備室まで猛ダッシュで逃げた。



 警備室に戻ると、一緒に夜勤だったスギさんと磯山さんがゲラゲラと笑っていた。

 全部、警備室にあるテレビモニターで見ていたのだ。


「本当に名演技だったよ」


 磯山さんなど、涙を流しながら笑っている。


「新人、どこにいますか」

「あそこだ、ほら」


 スギさんが指したテレビモニターの先には暗闇の中に佇む新人の姿があった。


「あいつ、泣いてんじゃねえの?」

「ちょっとやり過ぎたかな」

「いや、最初にこのくらいガツンとやっておかないと今どきの大学生なんてのはダメですよ」


 そんな会話をしながらテレビモニターを見つめる。


 あれ?

 俺はなにか違和感を覚えた。


 テレビ画面に映る新人の姿がどこか歪んでいるように見えたのだ。

 それはまるで、クネクネと動くヘビの身体のようだった。


「ちょっと勘弁してくださいよ」


 突然、警備室のドアが開き、新人が息を切らしながら入ってきた。

 半べそをかきながらも新人は怒っている。


「え?」


 俺たち三人は顔を見合わせた。


「なんで、お前ここにいるの?」


 そう言って、テレビモニターの方へと目を向ける。

 テレビモニターに映っている防犯カメラのある位置から警備室までは全速力で走ったとしても5分は掛かる距離である。


 先ほどまで新人と思われる人影が映っていたテレビモニター。

 そこには、何も映ってはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜警のドッキリ 大隅 スミヲ @smee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ