幾度なく、
うさだるま
第1話
幾度なく、
ゴォォォォ、、、ゴォォォォ、、、
換気扇の回る音だろうか。部屋の中に下腹部に響くような低い風の音が響いている。
椅子に座った状態で私は意識だけがぼんやりと目覚めてきた。ああ、私は眠ってしまっていたのか。不覚にも座りながら眠ってしまったのだろうか。全身がバキバキと痛い。
まだ夢から覚めたばかりの眼をゆっくりと開けると、視界に入るのは、薄汚れた混凝土の床と壁、床に転がるガムテープ。それと正面に金属製の重々しい扉。
私は一瞬、まだ夢のなかなのかと思ってしまった。まだ、ここは現実とは違う私の妄想、想像の中の世界なのでは無いかと思ってしまった。何故なら、私はこの部屋の事を少しも知らないのだ。何も見覚えがなく、少しも縁がないとハッキリ言える。
ああ、私と関係ないはずだ。だって私は。私は、、、
あれ、私は誰だ?
私は一体誰だ。分からない。
無理矢理に思い起こそうとしても、まるで頭の中が空っぽになったかのように、ほんの少しの思い出すらも思い起こすことができない。親や兄弟。伴侶や子供。それに自分が何歳で性別がどちらで年収はいくらで一体なんの目的がある人間なのか。そもそも人間なのか。なにも分からない。
ここはどこ?私は誰?という事だ。
しかし、幸いな事に、この伽藍堂な頭も常識的に知っているとされる事は覚えているようだ。歩き方、言語、通貨や世界の国々などといった皆が知っていて当たり前だとされる事。そういったことは鮮明に覚えてる。
不思議で仕方がない。私は心は恐怖に支配され始めた。
この世界で私一人だけが切り離された孤独な状態にあるようで、なんの身寄りもなく、ただ知らない薄汚れた部屋で座っている。何の助けも何の救いもないようなそんな押しつぶされた気持ちになっていく。お前は誰々だ。お前はこの何某の息子、または娘だと言ってくれるものがいたらどんなに心強いことか。ウサギは寂しくても死なないが、人間は寂しいと死ぬ。これは間違いがないと思うのだ。思い出すら無い私は今、この上なく寂しいという感情が押し迫ってきている。
だからと言ってこのまま座っているわけにもいかないだろう。こんな空間でも、何か自分の手がかりになるものが見つかるはずだ。そうに違いがない。と恐怖を自ら断ち切るように、腰を上げようとする。
、、、上がらない。
私は自分の座っている椅子に目をやると、古ぼけた椅子の肘掛けに私の両腕が、ガムテープでグルグル巻きにされていることに気づく。
それだけではない。腰や足も同様にガムテープで拘束をされているようだ。
ガタッ、ゴトッ、ガタッガタッ。
身を捩り何度も立ちあがろうとするが、立ち上がれそうな雰囲気はない。
一体誰がこんな事をしたんだ?
悪い事をした覚えがないのだが。、、、それもそうか。
しかし、このままではいられないだろう。もしかしたら私を拘束した誰かが、目覚めた私を殺害しにくる可能性もないわけでは無いし、この空間に毒ガス等が散布される恐れがないわけでもない。なにせ、自分自身の事が少しも分からない。何をされても身に覚えがない加害だ。
早く逃げなくてはと、ジタバタと暴れていると気づいた事がある。
左腕の拘束がやけに甘いのだ。ガムテープが他の四肢と比べて、しっかりととまっているわけでは無い。それでもガッチリとまっているのだが、私が幾度となく暴れたことにより、接着部が伸びて、緩くなってきているのだ。
これは好機である。私は特に左手を重点的に引っ張り、伸ばし、引きちぎろうとした。
すると先程、苦しんでいたのは何故なのかというくらい呆気なく、ガムテープは伸びてしまい、左腕が抜けるほどガムテープの束は緩んでしまった。
後は簡単だ。自由になった左手を使い、右手から順に拘束を解いていくだけだ。右手、腰、右足、左足、の順に拘束を解き、私は晴れて自由の身になったのだ。ようやく椅子から立ち上がれる。
椅子から立ち上がり、少し伸びをする。やはり身体が固まっていて、痛みがある。
改めて部屋を見回してみると、案外狭い部屋だということに気づく。六畳くらいの部屋だろうか。天井には昔ながらの白熱電球がぶら下がっている。先程、私を離してくれなかった椅子の後ろには、木製の机とそれに付随するような引き出しが机の下にあり、その触れている壁の天井付近には、目覚めた時と変わらず換気扇がゴオゴオ音を立てて回っていた。
よし、立ち上がれたところで、早速だが私は性別チェックもかねて自分の身体を物色した。服は白いワイシャツに黒いズボン。ボロボロの革靴に黒い靴下。髪はボサボサで髭が薄く生えている。鼻は高く、目は少し落ち窪んでいるようだ。唇は薄いように感じる。触った感じ、私は中年の男だろう。性別に関しては、胸は平らであるから何となく分かっていたが股間を触れば一発だった。
男か。別にそれに対して何も思うことはない。女だったような気もするし、男だったような気もする。全部気のせいかもしれない。
まあいいか。今考えてもわかるまい。
私は椅子の前で押し黙っている扉のドアノブに手をかけた。早く逃げ出した方がよいと言う事を忘れるな。何をされても文句は言えない、ガラクタ頭なのだ。
ガチリ。、、、鍵がかかっている。
まあ、そうか。拘束までしといて鍵をかけないなんてことはないか。仕方ない切り替えていこう。先程からなんとなく、テーブルの下の引き出しが気になっていたところだ。いこうではないか。どうせこうなったら、どんな大男が相手でも最後まで抵抗するつもりだ。むしろ、この世界に私一人しかいないのではないかという妄想が取り払われるならその方が今の私にはずっと心が救われるような気がする。
今、自分がこの空間でできる最大限やってみようではないか。
そう思い、私は机の前に移動する。
机の上にはハガキくらいのサイズの紙が置いてあった。横線が薄く何本も引いてあることから、メモ帳かなにかの切り離された1ページのように見える。
紙には[16 いまだ]とだけ書かれていた。
いまだ?「いまだ」って「今田」?
私が今田なのか?よく分からない。と言っても今は情報がこれしか無いのだ。仕方ない何か分かるまでは仮に今田と名乗ることにしよう。あまりしっくりこない名前だが。16は何だろうか。日数か、16回目の記述ということなのか。特に分かることはない。
ただ、この自身の事が何も分からない今田にとっては大きな情報である。なにかの役に立つかもしれない。ズボンのポケットに入れておこう。
机の引き出しにもなにか情報が眠っているかもしれない。そう思い、がっつくように開ける。すると、中から出てきたのは金属製の小さな鍵だった。
これは、まさか。この部屋のものか?
監禁している部屋にその鍵が入っているだろうか。そんなわけは無いと思いつつもものは試しとそのまま鍵を手にして、重々しい扉のドアノブ。その鍵穴に鍵を差し込む。
ガチャリ。
何の障害もなく、扉は開いた。
私は何かに騙されているのではないかという不安が湧いてでくる。おかしい。まるで招待でもされているようなくらい簡単に外に出れた。
扉の先の空間の正面は廊下になっていた。その奥には大きな茶色のドアが見える。床はかなり薄い緑色で壁や天井は白い。右の側面は二つ、左の側面には三つ黒いドアが付いている。
私はこの空間に入った瞬間、違和感に襲われた。
人の気配がまるでしないのだ。おおよそ不気味なほど音がしない。本当に世界でただ一人別の謎空間に飛ばされてしまったのだろうか。
、、、まあ、人がいないならば捜索はしやすい。そう考える事にしよう。こんなよく分からない所で、考えこんでしまう方が危険だ。頭より足を動かせ。
私、今田は、正面奥にある大きめの茶色のドアから開けようと近づく。廊下を進んでいくとそれぞれのドアにはその部屋の名称が彫られている事に気がついた。休憩室、書庫、食料倉庫、薬品室。ここはなにかの実験施設なのだろう。
正面奥の扉には、「所長室」と書かれていた。
私はドアノブに手をかけるとそのまま開けようとする。
ガチリ。鍵がかかっているようだ。
仕方ない。先に別の部屋を回るか。そう思い、一番所長室から近い、三つのドアが並んでる側面の手前側のドアの前へ移動する。ドアには、「階段」と書かれている。
しめた!と思った。しかしやはり鍵がかかっていた。これでは外に出られない。
、、、そうか。ならば仕方がない。更に一つ奥、階段と書かれたドアの隣のドア。その前に私は向かう。ドアには「休憩室。どなたでも利用できます」と書かれている。
ガチャリ。
ドアには鍵がかかっていなかったようで、すんなり開いた。中の空間には誰の影も見当たらない。部屋の内装はと言うと、廊下と同じ薄緑の床に白い壁。部屋の真ん中には大きなテーブルが置いてあり、そこにはお菓子の入ったカゴやインスタントコーヒーの袋が置いてある。ドアから見て右側の壁にはキッチンが付いていて、ここで水を組んだり、火を使ったりできそうだ。反対側の壁にはウォーターサーバーやカップや皿が入った食器棚が置いてあり、他にも「トイレ」と書かれたドアも付いている。
そういえば、喉が渇いている事に気がつく。寝ていた時間すら、分からないが長い間寝てしまっていたのかもしれない。そう考えると余計に喉が渇いてくるのが人間というものだ。私はウォーターサーバーの元へ行き、冷水の方の蛇口を捻って水を汲む。
、、、なんだこの水は!
ウォーターサーバーから出てきた水はとてもカビ臭く、とても飲めるような水ではなかった。
いや、そうか。ウォーターサーバーの水とはいえ、何日も保存の効くものではない。大体開封後は一カ月くらいで悪くなってしまうという。そのくらいの期間、ここは放置されていたという事だろう。
、、、考えても仕方がない。キッチンの方の水道を使おう。電気が通っているんだ。水が通っていないはずがない。
そう思い私はキッチンに向かい、蛇口を捻る。すると飲める程度綺麗な水が流れ始めた。それを手で掬い、口に運ぶ。
、、、思った以上に喉が渇いていたようで、私は浴びるように、水道水をのんだ。喉が潤うと心まで潤っていくような感じがする。
そんな腹ごしらえ(喉ごしらえ?)が終わった後、この部屋の探索を始める事にした。
何か気になるものがないかと探していると、キッチンの横にゴミ箱を見つけた。ゴミ箱にはテーブルの上に置いてあるお菓子と同じ種類のものだと思われる、ゴミが二、三個入っていた。ゴミをよく調べて見ると、ゴミに表示されている賞味期限はまだ切れていないようだ。少なくとも、人がいた空間ではあるのだろう。そして一ヶ月以上前に何かが起こって人がいなくなった。そう考えるのが妥当だ。
他に見つけた事というとテーブルの上のお菓子の入ったカゴの中にまた、ハガキほどの大きさのメモが挟まっていた。メモには[19 いまだ]と書かれていた。
また今田だ。今田をメモに残す理由が分からない。私の事好きすぎなのか?いや、そもそも、私が今田とは決まってないのか。
ちなみにゴミ箱の中に捨てられてたゴミと同じ種類のお菓子を食べてみた。昔ながらのお饅頭といった感じでどこか懐かしいような味がした。
私はこれをよく食べていたような気がする。そんな気持ちになれた。ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てた。
その後、食器棚やキッチンの下、トイレなど探してみたが特になにも情報は得られなかった。
この休憩室での情報は「いまだ」というメモだけであると考えれるほど、特に重要そうな物を見つけることはできなかった。
数十分くらいだろうか。探索を続けたが、ここにはもう何もないと思われてきて、次の部屋に入ることに決めた。
私は休憩室を後にし、その左隣の部屋、「薬品室」に向かったのだ。私は薬品室のドアノブを握り、開ける。ドアはギィィと音を立てて開く。鍵はしていなかったようだ。薬品室も休憩室同様、床は薄緑で壁は白い。部屋の中には沢山の白い机が並んでおり、フラスコやビーカーなどthe理科といった実験器具が所狭しと並べられている。壁には薬品が色々入っているようだ。私はその空間の中でここでは場違い感のある物を発見した。それは本だ。テーブルの上の実験器具の間を縫う用に、置いてある本はいささか、浮いて見えた。私がその本を手に取り、ペラペラとめくってみると誰かの手記のようだった。文字はよほど焦って書いたのかギリギリ何とか読める程度の汚さで書かれている。内容はこうだ。
しまった。失敗した。もう誰も助からない。奴をここから出してはいけない。奴を閉じ止めなくてはならない。僕はもうだめだ。奴に触れた。奴を見てしまった。僕は死んでしまうだろうけど、いつかこれを読んでいる人へ託す。書庫へ行け。書庫に『мемориски паразит」という本があるはずだ。それを読め。いつかの誰か、君の助けになるはずだ。、、、奴がきた。誰か、助けてくれ。僕を、じゃない。君の行く道を誰か助けてやってくれ。
、、、何かの冗談だろうか。いや、しかしこんなに焦った走り書きの文字である。ただの冗談とも考えにくい。文通りに受け取るならば、この文を書いた彼は何かを失敗して、「奴」に命を奪われたと考えていいだろう。人の気配がしないのはその「奴」が、暴虐の限りを尽くしたからということだろうか。
、、、まあ書庫で指定された本を読めば何かわかるかもしれない。取り敢えず、この部屋を探し尽くしてしまおう。
そう思い、ウロウロしていると薬棚に色々と、名前の書かれた薬が書かれている事に気づいた。
薬棚には、麻酔薬(錠剤)や胃薬(錠剤)があったがその中に忘却薬(錠剤)と書かれた赤いカプセル錠の薬を発見した。
これを使って、私の記憶を消したのだろうか。実際、忘却薬はかなり量が減っているように見えた。
薬品室には他に研究資料と書かれたファイルを見つける事ができた。
中身は忘却薬の事と、実験生物Aという何かの事が書かれている。
忘却薬のページは難しい計算式などがズラリと並んでいる。計算式に関してはよく分からないがページの端に書かれた言葉は気になった。
「この薬は保険の為。」
保険か。保健の間違いじゃないか?
実験生物のページもまた小難しい事が羅列されていて、赤い大男のような生物の写真がはっつけてある。これは、本当に生物なのか?生物を作り出す事は科学倫理的にダメだという話を聞いた事がある気がするが、どうなんだろう。かなり危ない研究所だったのかもしれないなと思う。ただ驚いたのは、次のページ。実験生物Aに関する3ページ目。そこの記述は読めなかった。否、読めなくされていたのだ。
赤い文字の殴り書きで
「触るな!見るな!知るな!」とページに上塗りするかのように書かれている。
、、、何があったのだろうか。その文字の勢いだけでも、恐怖を物語っているだろう。
背筋が寒くなり、ファイルを見るのをやめて、他の場所を探そうとファイルを閉じた時に、ヒラリと紙が落ちてしまった。その紙は先程見たようなメモ帳と同じハガキくらいの大きさの紙で、こう書かれていた。
[8 助けはやはり来ていないようだ。]
「いまだ」ではない。新しい記述である。やはりという事は何か助けを求められない理由でもあったのだろうか。よく分からない。
私はメモをポケットとにしまい、探索を再開した。しかしこれ以上は何も発見はなかった。
今度は書庫に向かうことにした。
しかし先程と違い、今回ばかりは廊下に出るのもヒヤヒヤしながらでた。「奴」がまだ辺りにいるかもしれないからだ。出口だと思われる階段へのドアは先刻閉まっていることを確認した。つまり私と同じく「奴」も閉じ込められている可能性が高い。気をつけていかねばならないだろう。そろりそろりと廊下を渡り、向かい側のドア、書庫のドアノブを掴み、開こうとする。ドアノブを握る私の手は震えている。私はこの部屋以外の部屋を回ってきている。「奴」がこの研究所?にいるとするならば、ここか、または、鍵のしまっている部屋に閉じ込められている可能性が高い。息が浅くなり、冷や汗が額から染み出してくる。
私は一旦、ドアノブから手を離し、聞き耳を立てることにした。
、、、特に物音はしない。
私は覚悟を決めて、ドアノブを握り、そのまま開けようとする!
ガチリ。しかし、鍵がしまっていた。
、、、ならばと隣の食料倉庫に聞き耳を立てる。こちらも特には物音はしない。ドアノブを握り、引き寄せるとドアは開いた。鍵は閉まってなかったようだ。
しかし、よかったとは思えない空間が目の前に広がっていた。
部屋の中は北極か南極を思わせるほど寒く、あいも変わらない白い壁や緑の床にも霜が降りている。壁際には沢山の棚と肉、野菜、魚などの食料が並べられている中、部屋の中心には、うつ伏せで氷漬けになってしまっている女性の死体が転がっていたのだ。床に血液が凍ったと思われる赤い氷がある事から、相当な量の血を流してここで力尽きたと考えられる。そして特筆すべき点として、彼女の遺体は右腕が赤く膨張していておよそ人間の腕ではなくなっていた。先程みた実験生物の類いだろうか。なぜここに?生きてはいないようで助かった。「奴」は彼女のことを指しているのだとするともう安全は確保されたという事になるのでそう思いたいと若干のパニック状態になりながら彼女の遺体を調べて見る事にした。
私が彼女を凍ってしまった床から何とか引っぺがしてみると、社員証のような物を首から下げている。名前は「今田 明美」若い女性の従業員のものだ。
「いまだ」は私ではなく、この子のことだったのか。などと思いながら、手を合わせて黙祷する。
、、、しかしだ。私はこの子のことを知っているような気がするのだ。間違いなく、明美ちゃん。彼女を知っている。彼女だった物を見ると、何故か悲しくて仕方がないのだ。多分、記憶を失ってしまうあの薬を飲まされる前に、知り合いだったのだろう。彼女の服のポケットからは、「書庫の鍵」と書かれたホルダーがついてある、鍵を見つけた。私はその鍵を握りしめると、部屋の寒さに耐えかねて、すぐに食料倉庫を後にした。
寒さに当てられた身体を擦りながら、私は書庫のドアノブの鍵を開けた。鍵はガチャリと音を立てて、ドアがそのまま開いた。
ドアが開くと、古書特有の匂いが漂い始める。
書庫の中は沢山の本棚がずらりと縦に並べられた部屋で手前にはテーブルと一冊の本が置かれていた。本のタイトルは『мемориски паразит」薬品室でみたタイトルと同じだ。早速私は中を読んでみることにした。本の中身はタイトルと同じ言語で書かれているため、よく分からない。ただ、赤い怪物が人を食べているような残酷極まりない不快な挿絵が何ページか続いていた。ペラペラとめくっていくと、メモが挟まっている。メモは私が読める言語で書かれていた。文字の書き方などが、薬品室で見た文とそっくりなので同じ人が書いた物だろう。内容としては、この本に対する説明だ。
「この赤い怪物を科学的に現れさせる事ができれば、学会のやつらも腰を抜かすだろう。この怪物は世にも珍しい、人間の記憶に寄生する寄生生物だとこの本には書かれている。そんな生物は聞いた事も見た事もないが、この本は伝説や童話の類とは、一線を画していると直感だが思った。所長もお喜びになってくれるはずだ。」
そんな事が書いてあった。私はこの記述を見て、少し記憶が戻ってきたのを感じる。何となく。何となくだが、私はこの研究に携わっていた事は間違いない。私はここの研究員だったのだ。
なるほど。恐らくだが、この赤い怪物の研究が失敗し、その生物から身を隠す為にあの部屋に監禁されていた。いや、何故監禁されていた?よく分からないが。
本の最後のページには、階段と書かれた鍵と所長室と書かれた鍵が挟まっていた。
これで、外に出れる!と思った。
私は二つの鍵を握りしめ、階段のドアの前に走って向かった。
ここから出れる。ここから出れる。
そんな考えが頭の中を支配する。
興奮と焦りで指が震えて、うまく鍵が刺さらず、落としてしまう。
落とした鍵は滑っていき、所長室のドアの前まで転がった。
、、、所長室か。
このまま、階段で外に出た方がいい。そんな気がしてならないがやはり気になってしまうのが、所長室だ。
、、、ここから出ていくのは、所長室を見た後でも、いいだろう。まだ自分の事も分かってないわけだし、、、
気づいたら私は所長室の中に入っていた。
所長室の中には白く大きな机と椅子。それに机の上にある研究日誌と書かれたメモ帳。その三つしかなかった。
テーブルに近づくと、脳の危険信号がビコンビコン出ているような、そんな激しい嫌悪感が湧いてくる。
それでも知的好奇心が止められない。
私は一体何者なのか。これを読めばわかる気がするのだ。
ペラリ。
私は表紙をめくってしまった。
1
今日、助手の矢田君がすごい研究テーマを見つけたと私の元へやってきた。タイトルは『記憶寄生生物の現代社会における有用性』という物だった。最初はふざけているのかと思ったが、中身を見てみると意外にちゃんとしていて、かなり驚いた。生物を作り出す事にかなりの呵責があったが、この生物の有用性を考えると科学の進歩のためにはしかたがないだろう。直ぐにこれなら私も協力しようと、矢田君に言い、次第にこの研究所全体の研究対象となった。今日から研究で大きな事があったらこのメモ帳に書いていこうと思う。
2
研究は順調に進み、記憶寄生生物を人工的に生み出す事に成功した。今はまだ、弱い生物だが、すぐに成長して凶暴な生物になってしまうらしい。いやはや。怖い。彼らはどうやって個体数を増やしていくのだろう。まだ未知数な生物だが、世界中の書物に幾つかの記述があったので、それを元に研究を進めていくとしよう。
3
研究は成功した。だが、私達は記憶寄生生物のことを舐めていた。「奴」は人間を食い物にして、増えていく。「奴」を見てしまった人間は奴に寄生されてしまう。「奴」は人間に見られるとその記憶から、人の体内へ侵入し、その人間をも、奴らの仲間にしてしまう。今日はたまたま上手く抑え込めれたが、もう次はないだろう。仕方がない。私はこの研究を破棄する決意を固めた。
4
ダメだった。奴らはすでに、我が研究員の体内に侵入していたのだった。昨日は矢田君が。今日は明美ちゃんが。「奴ら」に寄生され、半ばバケモノになってしまった。私は奴らに仲間たちが乗っ取られて、喰われていくさまを隠れて見ることしかできなかった。ここは隠れた場所にある為、助けは恐らく来ない。絶望的状況だ。
油断した一匹が間違えて食料倉庫に入ったところを閉じ込めてやったが、まだ沢山この研究所に潜んでいる。私ももう危ういだろう。
5
、、、ついに私も奴らに感染してしまっていた。やつらは私を見ると全員で私の体の中に潜り込んできた。私の身体がグズグズと別の物に変わっていく。しかしまだ終わりではない。やつらは記憶を媒介とする化け物なのだ。記憶を全て失ってしまえば、あるいは何とかなるやもしれん。もう。全て、忘れるしかない。確か薬品室にそんな薬があったはずだ。急いで飲まなくては。
6
記憶が戻ってしまった。また薬を飲んで記憶を消そうと思う。あと、意味がないかもしれないが、もしもの時のために自身に対し、拘束をしておく。
7
また記憶が戻ってしまった。階段は開かれた形跡が無いことから、誰も、この研究所にはきていない。助けは望めないだろうが待つしか無い。
また全てを忘れよう。
9
未だ救助はない。
10
未だ救助はない。
11
未だ "
12
未だ
13
いまだ
14
いまだ
15
いまだ
17
いまだ
18
いまだ
20
いまだ
記憶が完全に戻っていく。ああ、そうだ。これは私が書いた。私の日記だ。私はこの研究所の所長で、多くの仲間を亡くし、それでも一人、死ぬ勇気が持てず、何度も記憶を無くして。何度も何度も、記憶を無くしては取り戻し、私がこのメモ帳に記憶が戻るたびに幾度となく、書いて、いつか来るかもしれない助けをずっと、まっているんだ。
ドクンッ!
身体に違和感がある。奴のことを思い出したからだ。奴らが私の記憶を頼りに私の身体を乗っ取ろうと動き始めたのだろう。
万が一、私が乗っ取られてしまった場合、奴らを外に出す訳にはいかない。私は急いで鍵を閉めて、鍵を元の場所に隠していく。急いで目覚めた時と同じ状況に戻していく。そして、薬品室で麻酔薬と赤い薬を飲み、もといた部屋に走って向かう。既に、意識は朦朧としながら。部屋に入るドアには、非常用監禁室と書かれているだろう。そんなことを思い出した。
ドアに内側から施錠し、鍵を棚の中に入れる。そして、転がっているガムテープを急いで拾い、自分を椅子に固定していく。右足を、左足を、腰を、右手を。左手は片手でやる為、上手く固定できなかったがしかたがあるまい。
既に身体が自分のものでは無いような赤く変容してきている。
ああ、そうか、私は幾度なく、助けをもとめて、、、
あと、何度、繰り返せば、いいのだろうか、、、
幾度なく、幾度となく、、、、
ゴォォォォ、、、、ゴォォォォ、、、、、、
音が聞こえる。
(完)
幾度なく、 うさだるま @usagi3hop2step1janp
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