第24話 私は生き延びた。
病院に運ばれて、応急処置を受けてすぐ。
警察が来て事情聴取となった。私はありのまま全てを話したけど……逮捕歴のある元ハッカーの女子高生が韓国からのテロリストをぶちのめすなんて話、にわかには信じ難かったようだ。警察のおじさんたちは首を傾げ、唸り、ため息をつき……。
キムたちの正体も分かった。韓国で指名手配されている凶悪犯のようだった。私たちが日本に来る直前。韓国警察がキムたちのアジトに突撃するとそこはもぬけの殻だったらしい。その頃にはもうキムは日本にいたみたいで、韓国警察は完全に後手に回っていた。今回の斉藤製薬ビル襲撃事件はそんな韓国政府がようやく国際手配の手続きをしている最中のことだったようだ。どうもキムたちは韓国での手配を受けて国外逃亡を目論んでいたらしく、その先がこの日本……というわけだ。
キム本人は死亡。他の連中も私とコレキヨ、カレンがぶちのめし……奴らに生存者はなし。いや、一人だけいた。最初の方にコレキヨが襲ってK2を奪ったあの男。「用具入れ」に閉じ込めた男だ。色んな意味で守られていたあいつは「用具入れ」から救出されると全てをゲロった。だからこうして私は今、キムたちのことを知ることができたってわけ。
幸いにもコレキヨとカレンに怪我はなかった。コレキヨはソヌと格闘で怪我をしたように思えたが……あいつ本当に頑丈で、打ち身の一つしてなかった。ほんと、キャプテン・アメリカよりタフなんじゃないかな。
カレンはソヌを殺してしまった心的外傷が……と思ったので、病院で処置を受けた後、同じように病院で検査を受けているカレンに近づいて大丈夫か訊いた。
「爆弾落としたらどうでもよくなっちゃった」
カレンはそう笑っていた。そりゃそうか、と私は思った。色んな意味で、あれは何もかも片付けてくれたんだ。
*
退院するのに時間が必要らしかった。そのせいで私は結局、転入先の高校に新学期から通うことができなかった。最終的に私の退院日は五月の半ばになった。日本で言うところの大型連休、ゴールデンウィークとやらが終わった後だ。とりあえず私は秋からの編入ということになった。つまり、退院後かなり暇だった。
私と比べてパパは重傷で、こっちの方は治療にもっと時間がかかった。斉藤製薬のビルはさらに重傷で、こっちはもうほとんど取り壊すことが決定した。基礎だけ残して新たに建て直すつもりらしい。エレベーターを吹っ飛ばしたのはちょっとやりすぎだったかと後悔したけど……でもあの時はああするしかなかった。あれが最適解だった。
「英美里ちゃん。怪我はどう?」
あれから。
パパと私のところにはミヨシさんが甲斐甲斐しく世話を見に来てくれた。さすがに三回も四回も顔を合わせていると私もミヨシさんに慣れてきて……その内おしゃべりをするようになった。いわゆるガールズトークってやつ。病院の待合室や食堂で、私とミヨシさんは雑談した。話はミヨシさんの過去にも及んだ。
「私、死別した夫がいて」
ある日いきなりかまされたそんな重い話題に、私はびっくりして硬直した。心なしか肋骨の傷がうずいた気さえする。けどミヨシさんは続けた。
「夫は救急救命士だったの。出動先の現場で崩落事故があって巻き込まれて……最後まで、勇敢な人だった」
それであんなにテキパキ応急処置ができたんだ。救命士の奥さんだったから。
「今でもね、忘れられない。ほら」
と、胸元からペンダントを手繰り寄せ、見せてくれる。ロケットがあった。開くと、そこに男性の顔があった。凛々しく、真っ直ぐな目をした。
「あなたのお父さんも、そしてあなたも、大切な人に旅立たれたみたいよね。なんだか他人事に思えなくて」
ミヨシさんはそう、悲しそうに笑った。
「あなたのお父さんに近づいたことに下心がなかった、って言うと嘘になるけど、でも八十五パーセントくらいは支えになりたいっていう純粋な思いからだった。で、ここに来て残りの十五パーセントも埋まった。私、あなたのことも支えたい」
それから、ミヨシさんは私と向き直ると、深々と一礼した。
「あなたの家族にしてください」
それは唐突なお願いだった。だが、あるべくしてあるお願いな気もした。そして、ミヨシさんにはその権利があるように思えた。パパと、私の傍にいる権利が。
だから、私は頷いた。それからミヨシさんの手をとった。
「私の方こそ、よろしく……ママ」
*
秋。そうして迎えた、新しい学校への編入の日。
アニメでしか見たことがない「制服」ってやつに身を包み、真新しい鞄を持って、私は学校に向かっていた。ミヨシ……ううん、ママの運転する車の中で、イヤホンを耳に詰めて音楽を聴いていた。え? 何を聴いていたかって?
ドン・マクリーン。マドンナがカバーしていて、でも私はドン・マクリーンの方を聴いていた。
何となく、口ずさむ。
バーイバイミスアメリカンパイ……
この曲は郷愁を誘う曲だ。でも私は? 私は別れを告げた。過去の自分に。そう、もう私は、あの頃の私じゃない。だから郷愁も、いらない。代わりにこれは応援歌だ。私への、新しい私への。
バイバイ、
了
バイバイ、マイハッカー 飯田太朗 @taroIda
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