第19話 強制




 人混みの中心には、村長と純白の制服を纏った女がいた。険悪とまではいかないが、それでも重たい空気が漂っている。


「知らないですな」


 と、村長の声が聞こえてきた。


「ここにいると思ったんだけどな〜」


 こちらの声は、少し低いが女性のものだとわかった。それと同時に、女性が村長の言葉を一切信じていないというのもわかる。間延びしていて、何を考えているのかは全く分からない。なのに……いや、だからこそ不気味である。それは、彼女の異質な出立によって、より強く印象づけられる。


 思わず、見入っていた。


 彼女の、その異質さに、“何か”を感じたのだ。「何をか?」と問われれば、「分からない」と答えるしかないが、理由などはっきり言ってどうでも良かった。


 ゆっくりと、宙に向かっていた視線が、こちらに注がれる。


 俺の睨むような視線に気付いたのだろう。視線が混じり合う。言葉を交わさずとも理解する。


 彼女は、敵だ。


 ゾワリ、鳥肌が立つ。頭の中が警鐘で埋め尽くされ、金縛りにあったように体が動かない。


「やっぱいるじゃないですか。嘘、ついたんですか?」


 淡々としたそれは、問い詰めるような雰囲気で、たじろぐ村長。だが、それも一瞬のこと。


「知らなかったんじゃよ」


 飄々とした口調で、そう抜かす。


「白々しいですね〜。どうせわかっていたはずでしょう?」


 彼らは、なんの……なんの話をしているのだろう?


 いや、わかっている、わかっているが、信じたくないのだ。


 もはや俺が異世界人だということはバレている。こちらを見つめてくる女はもちろん、村長も疑っているそぶりが見られない。村人たちから突き刺さる視線は冷たい。


「ふん、わかっていたならば昨日のうちに連絡しておいたわい」


 呆然とする俺をよそに、話は進んでいく。


「本当ですかねぇ……」


「見つかったのならいいじゃろ。異世界人だというなら、ほれ、さっさと連れて行け」


 村長の言葉は、俺を見捨てるというものだった。


 彼らにとっては、間違い無く正しい判断だろう。相手は国の役人か何かだ。ごねて機嫌を損ねればどうなるか、考えるまでもない。


 なにより、俺は異世界人だ。前世で人類に最も忌み嫌われていたゴキブリが如き存在だ。これが、村の住人であったなら話は変わってきたであろうが、そんな仮定をしたって今は無意味だ。


「やっぱ、めんどうくさい」


 女は、長いあいだ村長の言葉について考えていたようであったが、ここにきて急に放棄を宣言した。


「さようなら、ですね」


 その言葉とともに、女は忽然こつぜんと姿を消した。まるで、最初からいなかったかのように、誰もいない。


 村長の顔は驚愕に染まり、村人たちはあっけにとられている。


 今のうちに逃げるべきだと、冷めた思考がそう判断する。けれど、物事はそんな簡単に動いてはくれない。なぜって、逃げられなくなったからだ。


 赤く透明な膜のようなもの。それが村全体を覆っていく。大地から立ち上り、最後に収束し、頭上をも覆う。


 幾何学の模様は、長い人類の歴史に裏打ちされた知の結晶。あるいは、あらゆるものを護ために生み出された結界。けれど、ここではその使い方をされることはない。


 これは、ただ逃がさないためだけに用いられているだけだ。この村の人々を、そして何より俺を、この場所に縫い止めるためだけのもの。


 前兆はなかった。


 いや、予感はあったのだ。あったのだが、身構えていても突然だと言いたくなるものである。


 それは、あまりに幻想的な白炎だった。


 暑さは感じなかった。一瞬にして、人も、建物も、なにもかもを蒸発させる。あえて彼らの信奉する神の言葉を借りるなら、それは浄化とやらかもしれない。どちらにせよ結果は変わらない。


 焼けこげた大地とひりつく空気。それだけが残っている。


 達観とは、今の俺の胸中を表すための言葉としか思えない。


 また、死んだ。


 痛みがないのは救いか、それとも目の前の惨状を胸に刻めという采配か。ただただ、信じられなかった。


 こんなにも、人というものは腐りきっているのかと。同じ国に住むものを躊躇なく皆殺しにし、呑気に眺めている。


 異世界人を悪だなんだといって殺す前に、自らを顧みろ、と声を大にして言いたい。それができないのなら過去にいたという異世界人とやらと何が違うというのだろう? 宗教という建前をさもありがたいことのように受け取って、悪魔の所業をする。


 かつて、地球では異教徒は人ではないというものがあったそうな。彼らはその類型か何かだろうか? え? 理性というものをどこかへと置き去りにした結果、人間性さえ失った醜いけだものにしか見えない。


『異世界人は死すべき存在なのだから』だのなんだの言っていたが、逆に問い返したい。お前らは俺にとって『異世界人』であり『とってもいなくなってほしい存在』である、と。


 悲しいことに、お互いを敵視するその気持ちだけは共通している。どこまで行っても、彼らとは分かり合えないのだろう。わかっている、宗教の奉仕者というのはそういうものなのだから。


 だから、俺は、俺は決めたのだ。『異世界人は死すべき存在である』と。


 どうか、俺のために死んでくれ──



 ψ ψ ψ



[『流転の運命』の加護の効果により『蘇生』強制発動します]


[運命への干渉権が規定を満たしていません]


[規定に則り、足りない分の前借りを行います]


[ ………… ]


[前借りが実行されました]


[『流転の運命』によって『蘇生』が発動しました]












[── Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error, Error ──]













[『蘇生』した場所において****の生存が不可と判断されました]


[強制的に『蘇生』場所の変更、及び選定を開始──【強制介入】蘇生場所を◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎に確定──『蘇生』場所を◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎として、『蘇生』を再開します。]


[『流転の運命』によって『蘇生』が発動しました]



 

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2024年12月24日 19:25 3日ごと 19:25

異世界人は死すべき存在である。 碾貽 恆晟 @usuikousei

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