④青春18きっぷは5回まで利用できます

「あたしは死なないよ」

「ほんと? 信じるよ、信じるからね。絶対だよ」

「逆に訊きたいんだけど、ホントに信じてる? 信じてたら泣かないと思うんですけど……」

「だって、だって結菜……」

「あのね。言っとくよ。あたし、嘘が嫌いなの。人生で一度も嘘ついたことないよ」


 嘘つけ。一緒に横浜の大学行ってくれるって言ったくせに。


「だからこれも嘘じゃない。賭けてもいいよ。もし嘘だったら、あたしの大切なものなんでも一つあげる」


 要らないから、それ嘘にしないでよ。お願いだよ、結菜。もう二度と嘘にしないで。


「それに、あたしはこないだぬいぐるみのカバちゃんに魂を移せるようになりました!」

「早速、秒でバレる嘘つかないでよ!」


 私を揶揄うように、結菜は笑う。笑い声がうるさくて、懐かしくて、身体が熱くなって、目が覚めてしまった。


──目が覚めた。夢から醒めた。


「次は〜松本〜。松本〜」


 うっかり眠っていたようだ。松本に到着して、急いで電車を降りる。ここが最後の乗り換え駅。長野駅まではあと一本。


 私たちの地元まで、あと一本。


   ***


 松本を出ると、あとは見慣れた景色ばかりで消化試合感が強かった。ぼーっとしてるうちに長野駅が近づいてくる。地元というのは不思議なもので、住んでいる間は息苦しくてつまんなくてしょーもねー町と思っていても、久々に足を踏み入れると「ええ町やん」と心の中の関西人がざわめく。ちなみに私は長野県民と長野県民の娘で、長野生まれ長野育ち関東在住なので、イマジナリー関西人は虚から生まれし存在であることを付け加えておく。


 長野駅に到着して、駅員さんに18きっぷを提示してSuicaの対応していない改札の外に出る。すると、意外な人物がそこにいた。


「お久しぶりです。お帰りなさい」

「え、あ。どうして」

「だいたいこの時間って、あなたのお母さんから伺っていたので。それに、迎えに来ないのも失礼でしょう?」


 いまはそんな礼儀を発揮しなくていいのに。心身ともにいちばんしんどいでしょーが。


「結菜のために、帰ってきてくれてありがとう」


 そう言ってその女性──山田結菜のお母さんは深々と頭を下げた。


   ***


「通夜は明日ですから、いまちょうど時間が空いてるの。あとあと片付けもするし処分するものも多いだろうから、形に残ってるうちに寄って欲しかったのよ」


 と、結菜のお母さんは私を家に招待した。部屋にまで上げてくれた。結菜の部屋は、一週間ぐらい前まで元気にしてたんだろーなってぐらい生活感が滲み出てて、なんだかいたたまれない気持ちになる。


「よければ、何か持ち帰ってちょうだい」

 と結菜のお母さんが言って、高校生の頃よく使っていた学習参考書なんかを差し出した。

「あなたとは、ちゃんと形見分けしておきたいの。結菜とずっと仲良くしてくれたから……」の途中で涙を我慢できなくなった様子で、お母さんは口元を手で押さえた。「ごめんなさい。よければ、ゆっくりしていって」


 結菜の部屋に一人取り残される。そこでふーっと深く呼吸をした。誰もいない結菜の部屋にいるのって、もしかしたら初めてかもしれない、と思った。ああ、遊びに来た時にあいつがトイレ行ってる間とかはノーカンで。


 しかしなんだろう。こう、空間にぽっかりと結菜の形をした穴が空いていると、ホントにあいつが死んじゃったみてえだ、って思うな。

 みたい、ってか、死んだんだけど。


「でも、だとするとアレは嘘ってことになるけどね」なんて私はここにいない結菜を嘲笑う。「なにが、人生で一度も嘘ついたことないよ、だよ。簡単に死んでんじゃねーか」


 部屋の中を見回す。そういえばアイツ、嘘ついたらなんか賭けるとか言ってたな。なんだっけ。……ああ、大切なものをひとつあげる、ってやつか。今思えば、アレは賭けとして成立してなかったよな。死んだ後に何か貰われても、結菜にダメージゼロじゃん。


「それに、欲しかったのは結菜自身だしね。……なんつって、がはは」


 もう一度、がはは、って音を出してみる。

 上手く笑えない自分に驚く。


 それどころか、ちゃんと泣いてる自分に気づいてしまった。


 そっちの方が笑えるっての。


「……ははっ。ゆいなぁ……」


 しゃがみ込み、膝を両腕で抱きしめる。なんかこれ以上、結菜のいない世界を見たくなくて顔まで伏せる。


「私、なんであんたのこと欲しいって言えなかったんだ……」


 どっと後悔が胸の奥底から込み上げる、と同時に私はやっと、


「そうか、言えなかったんだ私」山田結菜が、死んだこと、「一生、伝えられなかったんだ」


 その実感を得てしまった。


 途端に悔しくて悔しくてたまらなくなってくる。現実を認めたくなくなる。もう結菜に会えないこと、結菜と別々の地で生活することを選んだ18歳の春、一緒に遠くへ行きたかったけどできなかったこと、貧乏が過ぎるせいで青春18きっぷで結菜の遺体に会いに来てるって現実。全部が最悪で、私にこの世の真偽すべてを分別できる特殊能力があったとしたら、まとめて嘘ってことにしてしまいたい事柄ばかり。


 もうここからひっくり返すことの出来ない事柄ばかりだ。




 しばらくそこでじっとしていた。


 どのくらい時間が経ったろう。涙が枯れたあたりで顔を上げた。けれど、やっぱり結菜はいない。


 なら、欲しいもんなんて無い。結菜のお母さんには申し訳ないけど、何も貰わないで帰ろう。そう決め込んで立ち上がった。


 そして扉の方へ向いて一歩踏み出した。そのとき、だった。


「……あ、」


 右足に何かが当たって、視線を落とす。そこには、デフォルメされたカバのぬいぐるみがあった。


 変な趣味をしている変な奴こと山田結菜が大切にしていたぬいぐるみだ。私はそれを何気なく持ち上げて、マジマジと見る。


「やっぱあいつ、趣味悪いよ。……私という人間を愛さなかったのも頷けるわ。あはっ──」


 と乾いた笑いひとつ。その刹那、


 私の脳裏に、結菜の言葉がよぎった。


『あのね。言っとくよ。あたし、嘘が嫌いなの。人生で一度も嘘ついたことないよ』


 だったら──私は結菜に問う。


「ホントだな? ホントなんだな? だったら──」


 もう一言、結菜の発言を思い出す。


『あたしはこないだぬいぐるみのカバちゃんに魂を移せるようになりました!』







 いや、バカだと思うよ。自分でも分かってらあ、そのくらい。そんなわけねーって、あいつは変なやつでちょっと電波で、調子いいことばっか言って、最終的に嘘ばっか残して死んでった。


 でも、もしもあんたが言ったソレがホントだとしたら、全部ひっくり返んぜ。


 山田結菜は死んでない。てか死なない。そのブサイクなカバに魂乗り移ってるだけだって。


 しかもそうなればよ、私の夢だって叶っちゃうんだ。


 私はポケットから青春18きっぷを取り出した。使用回数、1回。注意書きに、全部で5回まで利用いただけます、の文言。


「まだ、4回も残ってる。買っといてよかった」私はその結菜の魂を抱きしめて、叫ぶ。「貧乏な私でも、あんたを日本中どこにでも連れ回してあげられるっ!」





 ねぇ、行く? どうする、結菜。行っちゃう? 日本中のイオンとアリオ回っちゃう? スタバだって行ける。銀座や六本木にだってもちろん、私、甲府に降りてもみたかったし。


 うん、そうしよう。結菜。行こう。

 アンタの嘘をホントにしよう。私の後悔を白紙にしよう。


 私は山田結菜と一緒に部屋を飛び出す。ついでにこれから長野も飛び出していくつもりだ。やりきれなかったこと、ぜんぶこれからやるつもりなのだ。この夏とかいう最高の季節を楽しまなきゃ損だろ。海行ったか? 花火は? コロナも明けたし夏祭りとかも開催すんだろ? 夏なのに死んでる場合じゃねーぜ。


 私にあんたをくれ。いったんあんたの夏をくれ。あんたとの青春を取り戻させてくれ。18で止まった私たちの青春を、今からリスタートしよう。


 

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青春18きっぷ葬送 永原はる @_u_lala_

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