③青春18きっぷは18歳以上でも使えます

 白状すると、山田結菜は変な奴だった。

 20歳の冬、病室を訪れるとデフォルメされたカバのぬいぐるみを大切そうに抱えていて、「なんとかこのカバちゃんにあたしの魂移せないものか、と頑張ってるところ」とか言っていた。入院生活が続いて気が触れたんかと心配になったけど、わりと昔からこんな感じだったっけな、ってすぐ安堵した。


 もひとつついでに白状すると、私は山田結菜が好きだった。友達的な意味じゃなく、恋愛対象的な、性愛的な、きっすしたいわ的な感じで。


 だから私が横浜の大学で軽音サークルに入って毎晩酒を呑み酒に呑まれている間に、結菜がよう分からん病魔に侵され頻繁に入退院を繰り返してる、と聞いた時はかなりしんどかった。教えてくれたのは大学三年生の夏。就活が本格的に始まる前にいっちょ地元のやつらに顔出しときますかね〜という軽い気持ちで帰省したときだから、相当面食らったよね。


「だって、言ったら心配するでしょ?」


 とか、よーわからん気遣いが背景にあったらしい。そりゃあそうだけど言えよ、という怒りと、よくまあ私が心配することをご存知で、さては私の気持ちに気付いてらっしゃるな? という疑念で表情がぐちゃぐちゃになる。


 病名は聞かなかった。聞いたらなんか色々と確定してしまいそうで、私が観測するまで結菜の病名は確定しない、つまりシュレディンガーの現実逃避であった。って大学の友人に言ったらシュレディンガーの使い方間違ってるって言われたけど「うるせえ」の一言で封じ込めた。


 そういうわけで、私は結菜に会いに、頻繁に地元へ帰るようになる。大学四年生の春ぐらいまでの半年間は。


 就活が始まってからはなかなか時間とお金を作れなくて、帰省も難しくなってしまった。けれどなんか結菜の病状は快方へ向かっているらしく、それは彼女の母親から聞いた話だから真実だと断定して、安心して就活を行った。


 結菜も「ちょっと遅いけどこれから就活がんばるよ」って言ってた。私は「おー、頑張って乗り越えようや。そしたら念願の大人だぜ、上田のイオンもアリオも行き放題の大人になれんぜ」って返答した。その後に結菜が返してくれた言葉が「イオンとかアリオとか懐かしい(笑) 話題が唐突すぎて面白い(笑)」だった。あんたとした会話の内容覚えてんの私だけかよクソが、って思いました。


   ***


 甲府駅で松本行きの電車に乗り換えると、また人が沢山乗り込んでいて、この辺は栄えてんだ、って思った。


 そういえば山梨県って来たことないな、と思う。今回も別に降りるとかじゃない、通り過ぎるだけだけど。


 結菜は来たことあったんかなあ、とふと思う。私が横浜に住んでいる間、東京や千葉や、茨城の大洗なんかに遊びに行ったように、彼女も近隣の都道府県に遊びに出かけたんだろうか。それはあり得る話だよな。生涯居住地は長野だったわけだけど、長野って日本で一番接してる都道府県の数も多いし、車社会だからアッシーも多いだろうし、いろんな地で遊んだんかな。


 私の知らないところで、私の知らないところに行ったんだろうか。


 なんて、いまとなっちゃ答えが出るはずないことを相も変わらず考えて電車に揺られる。こういう無駄な疑問ループは何度目だろう。当たり前だけど、鈍行の旅は長い。景色はめくるめく変わるけれど、一向に目的地へ辿りつかない。暇と孤独を持て余して、私はまたしても、結菜のことを考える。


「アイツを遠くに連れていきたかったなあ」


 ひとりごちて、車窓の外へ視線をやる。


 そうは言うけれど、私は貧乏だ。18歳を超えても、そいつの葬式に「青春」と冠したお得な切符を使って向かうぐらいには。

 どうやって連れていけばよかったか、策はない。想いだけ、ある。


 鈍行はゆく。まもなく、信濃境。

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