青春18きっぷ葬送

永原はる

①青春18きっぷは12,050円です

 山田結菜が死んだ夏、私は貧乏だった。


 もともと長続きしない性格で、それは国立大学の新卒カードを使って入社した会社もそうで、更にはもともと我慢の苦手な性格で、それは貯金を切り崩すスピードにも如実に現れていたし、おまけにもともと先を見越した行動ができない性格で、まとめるとバイトの給料日の一週間後に私の残高は2万円になっていた。


 所得税や健康保険料や年金やらが4万円也。家賃や光熱費の支払いで7万円也。携帯代やサブスク代で2万円也。それ以外の買い物は大抵クレカで済ましていて、その先月分の支払いで8万円也。週に5日の夜勤バイト代がこうして2万円に化ける。まあ夏だし、「これも怖い話の類だ」って通帳を見ながら笑ってみたけど、フィクションの利点は現実生活に干渉してこないところだ、この怖い話ってやつはまるっきし現実生活に密接な関わりがあるし、ともすれば見て見ぬふりしてる場合じゃねえなあ、と笑顔を引っ込めた。


 笑えない、笑えない。


 もっとも、本当の意味で笑えないのは通帳の数字を眺めて暇を潰していたある休日の終盤、午後10時頃、「山田結菜が死んだ」という連絡を受けたことであるが。


 結菜は、現在も長野県長野市在住でつまるところ私たちの故郷で生活をしており、そのまま私たちの故郷で死んだ。葬式をするという。家族ぐるみで15年ほどの付き合いになる私にも列席してほしいとのことだった。


 文字面だけ一読。なんだかとんでもないことになってるらしいな、ということだけ理解して、ここ三年くらい押入れの奥で眠っていたキャリーバッグに喪服っぽい服とか何泊かするための下着やら読みかけの文庫本やらを詰め込んだ。そしてそのまま家を出ようとしたのだが、私が住むのは東京都八王子。いまから向かうには新幹線が無いことに気づいて踵を返す。


 それだけじゃない。新幹線の終電がないだけじゃない。と気づいたのは、ベランダで一服かましている時だ。金も無い。私には今月を生き抜くための生命線、福沢諭吉が二枚、それしかないのだ。


 Yahoo!路線の乗り換え案内で検索。東京駅から新幹線に乗ると片道9540円。ちょっとケチって大宮で新幹線に乗り換えても7240円。


 往復で諭吉がほぼ蒸発する。


 頭を抱えた。山田結菜が死んだせいで、私の今月が死ぬ。へへ心中みたいでいいじゃねえかよと心の中の結菜が悪魔の笑みを浮かべる。ふざけるな、殺すぞ。いやもう死んでんのか、と言い返して、だいいちこの夏とかいう最高の季節になに死んでんだよ、海行ったか? 花火は? コロナも明けたし夏祭りとかも開催すんだろ? 夏なのになに死んでんだバカ、と悪態つきながらタバコの火を消して、ふと気づく。


 あ、そうか夏か。


 青春18きっぷでも使うか。


   ***


 そういえば新幹線の切符もクレカで払えばいいだけじゃんね、と気づいたのは、青春18きっぷを購入したあとだった。あとの祭り。午前6時に自室を出て、指定席券売機が稼働する時間ちょうどぐらいに駅に着いて、通勤ラッシュの電車に乗り込む覚悟を決めた私に、いまさら新幹線の誘惑なんて笑止千万。駅員に「これ使います」と18きっぷを差し出した。


 こうして6時間ちょっとの鈍行の旅、コロナ禍突入前以来の帰省が始まった。


 

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