②青春18きっぷはJR全区間で使えます

 高尾駅で甲府行きに乗り換えて三駅目、上野原駅で私にようやく実感が襲いかかる。それは「結菜の死」じゃなくて「これから実家に帰るのだ」ということ。ほぼ満席だった車内からごっそり人が消えた。うっかり寝過ごしていたら異世界に迷い込む列車に乗り込んだんじゃ無いかって勘違いするくらいには車内の景色が変わった。


 つまるところ、私がいま乗っているのは普段利用してるような、モッシュ起きてんじゃねーのみたいな、マキシマムザホルモンのライブかよぐらいな、腹ペコたち大集合ですかぁ的な都内を走る電車じゃないって実感したのだ。都心からどんどんと離れていく。地元へと近づいていき、人口も銀色の建物も減っていく。てかシルバー建築物にいたっては、もはや車窓からまったく見えない。やはり異世界かもしれない。


 私と結菜は、そんな「今となっては異世界」な長野で出会った。小中高とほとんどの時間を共有して、私が横浜の大学に進学するまでひたすらに仲が良かった。


 あの頃の私たちは、学校が終わればいつも私の家へ直行。というか長野って18年も暮らしてたらどのスポットも行き尽くしてしまって、カラオケか映画館かゲーセンかマックのラインナップもういい加減飽きたよね? スタバも無いし最悪だよ、結局家でマウントレーニアでも飲んどくのが大正解じゃない? が最終結論なのだ。


 休日も行動範囲は狭い。長野駅って一応ハブ駅だけど、どこも行き着く先は山の中とか田んぼしかない無人駅。強いていえば上田駅とか松本駅は栄えてる。上田駅はアリオとイオンの両方あって、さすがにすごい。松本駅はパルコがあるので、これもすごい。けど両方とも遠いからなかなか気軽には行けない。遊ぶためだけに片道1000円の電車賃とか払ってらんないでしょ。長野駅はシーワンとかいうよくわかんない建物があるけどよく分かんないからあんま利用しない、つまり、休日も相変わらず私のお家がいちばんに落ち着く。


「でもいつか大人になったらさ、日本中どこまでも行きたいよね」


 いつかの結菜の言葉が不意にフラッシュバックした。たしか、小学生の時だったろうか。


「大人って働いてるでしょ。お金持ってるでしょ。上田とか行き放題なんだろうね。私たちってせっかく上田きたらアリオとイオン両方行かないともったいないって思うけど、大人の人ってお金持ちだから片方だけで切り上げて帰ってくる、みたいな贅沢ムーブするんだろうね」

「なんの話?」

「将来の夢の話」


 おーおー、ちっちぇ夢やのう。って茶化したのを覚えている。夢を語るなら、銀座とか六本木とか、もっと遠くに想いを馳せなさい。マカオとかラスベガスでも可。


「英語わかんないから海外は眼中にないなあ。でも銀座とかはいいね。大人の響きで」


 と返答する結菜に、私はこれで読み返すのも何度目になるか分からないアニマル横町の七巻を閉じて、言う。


「私ん家じゃつまんない?」


 その時の私は、結菜の反応が見たくて、あえてちょっと意地悪な言い方をしてしまったっけ。けど、結菜は笑顔をくれて、そのあと、


「そうじゃないよ。でも一緒に遠く行けたら楽しいじゃん」


 とか言っていた。


 皮肉なことに、彼女は最期まで長野を出なかった。一方で私は彼女を置いて、18歳の春に横浜へ出た。一緒に遠くに行けたら楽しいじゃん、か。それは今でもそうだったかもしれないね、と考えることがある。


 けど残酷なことにあの春に横浜の大学の入学試験に合格したのは私だけで、結菜は地元の大学に進学することになった。当時はその現実がキツくて、結菜の知らないところで泣いたものだけど、今となっちゃ関東の暮らしと人々と孤独な毎日とに順応しすぎて何も思わなくなってしまった。


 長野を起点として「遠くに行きたいね」の願望は強かったのに、関東を起点として「遠くに行」っている、つまり長野を目指している現在に高揚感は無い。


 それは果たして何故だろう、と回答を弾き出すつもりのない問いを頭に浮かべたところで、電車は甲府へ到着した。

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