第4話

「自分がやる役の男は、あとで和姦だったと主張するような性格なんでしょう? だったらハンカチか手ぬぐい、いや、いっそシートを準備していることにして、襲うときに女の身体の下に敷くっていう演技はどうか」

 なんて提案してくるぐらいだった。丸尾がOKを出すと、板木は用意のいいことで、透明なビニールシートをコートのポケットからちょいと覗かせてみせた。

 あとの流れは、丸尾にとってほぼ理想通りに進んだ。誰にも気付かれず、板木は筒寺を襲い、銃で反撃を受けた。筒寺がどういう行動を取るのかも気掛かりの一つではあったが、銃を持ったまま、自宅の方に駆けて行ったのを見て、丸尾はほっとした。警察に駆け込む線は銃のことがあるからまず取らないだろうと踏んでいたが、丸尾に助言を求めて電話をしてくるのはありそうで、もしそうなったら面倒だと考えていたからだ。

 人が通り掛からないのを確認した上で、丸尾は現場にそっと駆け寄った。板木の絶命を見届けるつもりだった。が、丸尾はあまりに近付きすぎた。賭けに勝って、浮かれていたのかもしれない。

 虫の息の板木は、右手で丸尾のズボンの裾を握りしめてきたのだ。強く強く、破り取らんばかりに。

 困惑と恐怖を覚えた丸尾は、空いているもう片方の足で、板木の手を踏み付け、蹴った。何度か繰り返す内にやっと離れたが、気が付くとズボンの折り返しがほつれ、布地の一部が千切れ、糸くずが飛んでいた。

 これはまずい。丸尾の背筋は寒くなった。

 板木は既に絶命したが、その右手は固く握りしめられている。その中に、丸尾のズボンの切れ端が恐らく入っている。こじ開けて確かめ、取り除く必要があるのだが、目撃される可能性を排除したい。そこで死体を車で運び、落ち着ける場所に移してから回収を図る。幸運にも、板木の身体の下にはシートがあり、血は地面に散っていない。このまま死体をくるめば、痕跡をほぼ残さずに車内に運べる。

 この予定変更は、警察の交通検問に注意を要するし、筒寺の動き任せの部分が若干大きくなるが、大勢に影響はないと丸尾は判断した。ここまで彼にとって珍しいほどの大勝で来ているのだから、どんな博打でも攻めの姿勢で行く心理状態になっていた。


 ふと視線を戻したときには、すでに筒寺の姿は見えなくなっていた。

 大方、誰が銃を隠したのか気になって、元の場所を見に来たのだろう。丸尾はそう解釈した。

 結果から言うと、丸尾は賭けに最後まで勝ち続けた。遺体を車で運ぶのを誰にも見咎められなかったし、板木の手から布の回収もうまく行った。つい今し方、ラジオのニュースで死体が川縁で発見されたと報じられたから、組織の連中も働きを認めてくれるだろう。晴れて、今までのギャンブルの負けはチャラになる。

 最後の一仕事として、拳銃の回収を求められているが、これは飽くまでできることなら、という但し書き付き。組織としては、足の付かない拳銃とは言え、一度殺人に使用した物をわざわざ回収して後生大事に保管しておいても危ないだけ。どこぞで処分してくれた方が手間が掛からんといったところか。

 などと考えていた丸尾の前に、いつの間にか女生徒がやって来た。筒寺が口を開く。

「先生、これ、提出し忘れてたプリントです」

 言いながら彼女が手渡してきたのは、確かに問題文の書かれたプリント用紙だが、自筆の文字で書かれている内容は、答とはなっていない。これは、丸尾と筒寺との間で内緒のやり取りをする方法だ。

「お、意外と早いな」

 適当に話を合わせながら受け取り、プリントの隅の文字を読み取る。今日の放課後、時間を作って欲しいとあった。

「よし。行っていいぞ」

 承知の意を込めて、そう言った。ちょうどいい機会だし、拳銃のことも聞き出せそうならアプローチしてみようと丸尾は思った。


           *            *


 第二校舎の三階、その一番端にある社会科準備室。普通なら、生徒が頻繁に出入りする教室じゃない。私はよく利用してきたが。

 言うまでもなく、丸尾先生との付き合いのせい。校内でこそこそ会うには、うってつけの場所だった。隣は音楽室でそちらの方は人の出入りが割と多いが、防音設備がしっかりしているため、社会科準備室での声や物音が聞こえることはまずなかった。

 加えて、今の時間帯は、音楽系の部の練習する音が校内のあちこちから聞こえてきて、大都会のスクランブル交差点並みにうるさいんじゃないかしら。他にも運動部が頑張っているようだし、そんな状況では、この部屋で何をやっても聞かれることはあり得ない。

 だから、私は丸尾先生を呼んで、そして拳銃の威力を発揮した。

 やった直後は、その発射音を聞きつけて、人が跳んでくるんじゃないかと嫌な想像をしたけれども、杞憂に終わった。十分以上が経過しても、誰も来ない。

 この分なら、もう私もここを離れていいだろう。むしろ、早く離れるべきかも。

 拳銃にはまだ弾が残っていて、置いていくのは未練がある。けれども、丸尾先生を自殺に見せ掛けて殺すことに成功したのだから、銃は置いていかなくては。それに例の強姦魔の死体、見付かったってニュースでやってたし。銃を早く手放すのがいいに決まっている。

 あの拳銃、誰が溝の奥に隠したのか知らないけれども、見付けた瞬間、私は心を決めていた。

 私との付き合いを続けておきながら、持ち込まれた縁談に頬を緩め、鼻の下を伸ばし、結婚を考え始めた先生。命でもって償ってもらうのが、最速の解決策だと思えた。泥沼の話し合いなんて御免だわ。


           *            *


 後ろから手を胸や首に回され、かすかな石鹸の香りに包まれながら、優しく撫でられる。丸尾は社会科準備室にて、筒寺の声や仕種を体感していた。そのあまりの心地よさに、何気なく考えた。

(いっそのこと、彼女の卒業を待つという道もあるな。焦って身を固めなくても、筒寺さえその気なら、こっちはいらぬ気苦労や努力をしないで済む。何たって、卒業まで待っても、十八やそこらなんだから、見合い相手よりも若いじゃないか)

 そこまで考えを進めたとき、右方向から何かが飛んできて、丸尾の意識を奪い去った。永遠に。


――了

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ペストールを拾ったら 小石原淳 @koIshiara-Jun

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