真ん中の手で。

西奈 りゆ

第1話

研ぎに出した裁断ばさみは、ピカピカになって返ってきた。


忘れるくらい久しぶりに布を切ると、シャク、シャクと、小気味のいい音がする。

大ぶりで持ち手も重いはずなのに、音と一緒に軽くなったようだ。


気まぐれに入り込んだ路地で見つけた、文字の禿げた刃物店。

数日迷ったけれど、出して正解だった。


夏の温かい光が差し込んでも、あなたはまだ起きない。

無理もない。あちこちを行ったり来たりするのは、とても疲れることだから。


ハサミの真ん中を握ったまま開くと、その姿はどこかカニに似ている。

両手にハサミを持った、あのカニに。

硬い胴体は、付け根を握るわたしのこぶしだ。


世の中、何が、いつ見つかるかわからない。

声だけで場所がわからなかった幼稚園も、木造家屋の奥にある孔雀の小屋も、

すすけたような店の奥の、目の覚めるような端切れ布も。

そしてもちろん、人の秘密も。

わたしにつもった嘘も、どこかで放出された欲望も。


あなたの傍に、わたしの手首を並べてみる。

脈打つわたしの手首の隣に、あなたの灼けた首筋が横たわる。

その中央で、開いて握ったそれは、銀色の光を放っている。


あなたは遊びだといったけれど、わたしにだってもう遊びじゃない。


さあ、どちらにすべらそう。


どこかでカラスが、二度鳴いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真ん中の手で。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説