Sランクモンスター(幼体)

 紫髪の女が撃った魔法で吹っ飛ばされた俺は、受け身を取る事も出来ず地面に叩き付けられた。


 痛ってぇ……。かなりの威力の魔法だ。俺じゃなきゃ死んでるぞ。

 まさかこの俺が、オヤジ狩りにあうとは……。


 かろうじて生きているとはいえ、かなりの深手を負わされてしまった。呼吸が苦しい、息をするたびヒューヒューと音がする。肺が傷ついているのか?


 下心はもちろんあった。四人ともかなりの美人さんだったからな。だからって、何もしてないのにこの仕打ちとは酷いじゃないか。


 今度会ったら、絶対お仕置きしてやる。「ごめんなさい! 許して! もうらめぇー!」とか言わせてやるからな!


 そんなことを考えていると、急に胸が苦しくなった。


 咄嗟に咳き込むと、口を押さえた手にはべったりと血が付いていた。今はしょうもない妄想をしている場合じゃない、とにかく生きて街まで戻らないと。


 ふらつく足取りで森の中を彷徨う。ヒールポーションもあいつらに盗られたし、ここから街までは距離がある。助けを呼ぼうにも、道から離れたこの場所に人が通りかかるとは考えにくい。さすがにこれはやばいな。こんなところで俺は死ぬのか。


 そのとき足元で、もぞもぞと動いている物体に気が付いた。


 なんだ……これ? 霞む目を凝らして、それを見る。

 リンゴ大で、茶色の地に毒々しい赤色の斑点のある萎れたキノコのようだった。


 キノコ型モンスターか。いや、待てよ、まさか……これはブラッディマッシュの幼体か? なんでこんなところにSランクモンスターの幼体がいる?


「ゲホッ、ゲホッ」


 再び激しく咳き込むと、俺が吐き出した血はボタボタと垂れ、そのキノコ型モンスターにかかった。


 キノコ型モンスターは俺の血を吸収し、萎れていた体が張りのある姿に変わった。そして、しっかりと立ち上がる。

 そいつは俺の足にまとわりつき、菌糸を伸ばして俺の身体を包み込んだ。俺を喰う気か。


「いいぜ、喰えよ。どうせ俺はもう死ぬ。厄災級のモンスターの糧になって、俺をこんな目に合わせた奴らを蹂躙するのも悪くない、か……」


 俺はかすれた声でそう呟くと、目をつむる。


 そして、立っていられなくなり地面に倒れた。柔らかい糸状の物が、全身の肌を撫でるように這うのが分かる。不快感は全くなく、むしろ気持ち良いくらいだ。


 そのまま俺の意識は薄れていった。




 * * *




 どれくらい時間が経ったのだろう。俺は目を覚ました。生きてる……、喰われなかったのか?


 上体を起こすと、身体中にあった痛みが消えている事に気づいた。怪我が治っているのか? 呼吸も楽になっている。 


 傍らにはあのキノコ型モンスターがいて、俺の様子を窺っていた。


「お前が治してくれたのか? ありがとな」


 キノコ型のモンスターに礼を言うと、嬉しそうに飛び跳ねた。


「助かったのは、こっち。アリガト」


「お前、喋れるのか!?」


「念話。ウィルの記憶、探った、人間の言葉、覚えた」


 俺の名前……。記憶を探った? どういうことだ? 考えを巡らせていると、さらに俺の頭に声が聞こえる。


「菌糸で触れると、記憶、探れる」


 記憶を探れたとしても、数時間で人間の言葉を習得できるとは、こいつはかなり知能が高いんだろうな。


「なんで、丸ごと俺を食べなかった?」


「ウィル、命の恩人、だから助けた」


 吐血をぶっかけただけなんだが……。モンスターのくせに恩を感じたりするのか?


「お前、名前は?」


「無い。名前、付けて」 


「そうだな……。ベネット」


 キノコ型モンスターは再び飛び跳ねた。


「ベネット、ウィルの友達」


 ずんぐりとしたキノコの軸の部分にある、小さな目で俺を見つめている。なんとなくだが、念話で直接頭に響く声が、弾んでいるように感じる。


「ああ、よろしくな」


 俺がベネットの傘の部分に手をポンと置くと、ぶるるっと体を震わせた。かわいい奴だ。

 俺は立ち上がって、道に戻るために森を歩き始めた。歩きながらベネットに問う。


「俺の怪我がふさがっているみたいだが、お前、治癒魔法とか使えるのか?」


「使えない。ベネットの菌糸、ウィルの傷、塞いだ」


「それ、大丈夫なのか?」


「ベネットの菌糸、ウィルの細胞、相性良い。馴染んでる」


「お、おう。そうなのか」


 まぁ、考えても仕方ないか。今はこうして痛みもないし、体は良く動んだ。


 茂みをかき分け、しばらく歩いていると、ようやく道にたどり着いた。

 やれやれ、酷い目にあったが、これで街に帰れる。と、安堵の息を漏らすのだった。


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