深夜の来客

宿に戻ると、受付にいた女将さんがベネットを見て驚いた顔をしている。


「ウィルさん、お帰り。おや、その子は?」


 しまった、ベネットの事を忘れていた。さて、どう言い訳したもんか。


「僕は新人冒険者のベネットと言います。ウィルさんの弟子にしていただきました」


 ベネットが笑顔で答える。随分と話すのが上手くなっているな。大したもんだ。


「そういう事だ、俺と同室でいい、こいつの分も代金払うよ」


 俺は適当に話を合わせて金を払った。


「毎度~」


 ここは多くの冒険者が立ち入る宿だ、個人の事情に首を突っ込まないってのは、言わば常識だ。女将さんも、それ以上は深く突っ込んでは来なかった。




 食堂に行き、二人並んでテーブルにつく。料金を払ったので食事は二人分出てきた。ベネットのも人間のご食事を食べられるのだろうか。


 ベネットの様子を見ていると、食べ物をフォークで口に運び、咀嚼し飲み込んでいる。その姿と動作は完全に人間だ。


「食べられるのか?」


「うん。食べられる。それに人間の味覚も得たから、美味しいよ。ウィルの血の方が美味しいけどね」


 屈託のない笑顔で言うベネット。俺は苦笑いで「そうか」と返しておいた。


 そうこうしていると、ザックが俺たちのテーブルにつく。


「おう、見ない顔だな? 新人か?」


「はい、新人冒険者のベネットです。以後お見知りおきを」


 ベネットが立ち上がり頭を下げる。こいつ礼儀正しいな。


「ザックだ。よろしくな! 今日は俺が一杯奢ってやるよ!」


「待て、今日は仕事してきたから金ならある。俺が奢るよ」


「そうか、ならありがたくご馳走になるか」


 借りはすぐに返したい性分なんだ、これで昨日の分はチャラだな。




 * * *




 部屋に戻ると、ベネットが俺の肩を指でトントンとつつく。


「ウィル、血を飲ませて」


 ベネットは俺の首筋に手をそっと当てる。こいつは菌糸の集合体だから、体のどの部分からでも血を吸えるんだろうな。幸せそうな顔しやがって……。そんなに俺の血が旨いんだろうか。


「なあ、俺の血をどれだけ吸っているのか知らないけど、俺の体調に変わりは無い。そんなんで足りるのか?」


「お腹いっぱいになるまで血を吸ったら、ウィルが三人はいるよ」


「おいおい……」


「人間だって、生きるために必須じゃない酒やスイーツを摂取するでしょ? それと同じだよ。今の僕は人間と同じものを食べても腹の足しになるし、魔獣や蟲でもお腹は膨れる。でもそれだけじゃ物足りないんだ」

「もしかして、僕に喰われないか心配してる? ウィルは僕の命の恩人。それに僕はウィルの事が大好きだから殺さないよ。ただ、毎日少しでいいから血を飲ませて欲しいな」


「何言ってんだ、命を救われたのは俺の方だっての。別に喰いたくなったらいつでも喰っていいぞ。血だって好きなだけ飲めよ」


「ウィル、照れてるの?」


「俺はもう寝るからな!」


「おやすみ。僕は寝る必要がないから、見張りをしておくね。きっとお客さんが来ると思うから」


「……ああ、そうだな頼む」


 これなら深夜の来客にも対応できそうだ。俺は頼れる相棒に警備を任せて眠りについたのだった。




 * * *



 

 深夜、物音がして目を覚ます。見ると、ベネットの菌糸に絡まれて、身動きの取れない茶髪ショートの女がいた。あの美少女パーティーの一人だな。


 最初にあの四人組と行動を共にした時、こいつの動作から、アサシンっぽいと思っていた。寝首を掻きに来るならコイツしかいないだろうとも思っていた。


「こんばんは。夜這いかな?」


 女は無言で目を逸らす。


「ブラッディマッシュの姿が無くて油断したな? 実はこいつがブラッディマッシュなんだ。人間に擬態できるようになったんだぜ。凄いだろ?」


 俺が人型のベネットを指差しながらそう言うと、女の顔に焦燥が浮かぶ。


「だから言ったでしょ? こいつら反省していないし、きっとウィルを殺しに来るって」


 ベネットは呆れ顔でぼやく。


「反省してないのは分かっていたさ。でも平謝りしている女の子を殺すのって抵抗があるし」


 その言葉を聞いた女は頭を床に擦り付ける。


「ごめんなさい! 今度こそ反省しました。もう二度とあなたに手出ししません!」


 またこの女は……。白々しいにも程がある。


「俺を殺しに来たんだから、殺されても文句は無いよな?」


「そんな……。私で良ければ体でご奉仕させていただきます! どうか命だけはお助けを」


 俺がベネットに目配せすると、女を拘束している菌糸を解いた。自由になった女は立ち上がり、服を緩めだした。……なるほど、そのつもりか。


 俺はベネットに「頼むぞ」と視線を一瞬送る。ベネットがコクリと頷くのを確認し、俺は女に一歩近づいた。


 すると、女はどこに隠し持っていたのか、短剣を抜き放ち俺の喉をめがけて突いた。だが、ベネットの菌糸がそれを止め、女の両手両足を菌糸で絡めとり、床に押し倒した。


 俺は藻掻く女に背を向け、低く冷たく声を出した。


「次は無いって言った。ベネット、こいつ、喰ってもいいぞ」


 静かにベネットの菌糸が女を包み込むと、衣服と短剣を残して、その姿はすぐに消えて無くなった。


 眠りを妨げる厄介な客を排除した俺は「やれやれ」と漏らし、再びベッドに横になるのだった。


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