美味しい
街に向かって歩いている。
さっきまで瀕死の重傷だったとは思えないほど、体の調子は良い。あの四人にボコられる前よりも体が軽いとすら感じる。ベネットの謎治療のおかげかもしれんな。
そんなことを考えながら歩いていると、街が見えてきた。
ぽよぽよと、弾むようにして移動しているベネットを見た。
本職のモンスターテイマーは、テイムしたモンスターを魔物玉という魔道具に収納するので、問題なく街に入れるが、俺はそんなのもってないしなぁ……。
「どうしようかな、モンスターを連れて中には入れないよな」
俺が呟くと、ベネットはシュルシュルと糸状になり、俺の服の隙間から入り込むと、体に巻き付きついた。
ベネットは念話で「これで、他の人間、分からない、どう?」と尋ねる。
へー、菌糸の状態に自在になれるのか。便利な奴だなぁ。服が多少膨らんでいるが、これなら怪しまれずに街に入れるな。
顔見知りである衛兵たちに軽く挨拶しながら、素知らぬ顔で守衛を通り抜け街に入る。特に止められたりはしなかった。
あの四人の事も気になるが、とりあえず腹が減っているから、拠点にしている宿に向かった。
今の所持金はゼロだが、今朝一週間分の宿代と飯代は払ってあるので、あと一週間は宿と飯には困らない。
「あら、ウィルさんお帰り。今日は顔色がいいね」
宿屋に入ると受付にいた女将さんに声をかけられる。顔色がいい? 小娘どもに騙されて気分は最悪だけどな。苦笑いで流して部屋に向かった。
部屋に入ると、ベネットは俺から離れてキノコの形状に戻る。ぽよぽよと跳ねて元気そうだ。
俺は魔法を受けてぼろぼろになった服を脱いで、体の状態を確認する。傷跡も残らず、綺麗に治っているようだ。
「凄いな。見た目には傷が完治しているみたいだ」
ベネットは飛び跳ねて俺の背中に張り付く。そして菌糸を触手のように伸ばして、俺の体を探っているようだ。
「ベネットの菌糸、ウィルの細胞、完全に融合した。これからは、怪我しても、すぐ治る」
「融合って……」
多少の不安は感じたが、気持ち悪いとか、嫌な気分にはならなかったので、深く考えないことにした。
服を着替えて「さて、飯に行くか」と呟くと、ベネットは再び菌糸の状態になり俺の体に巻き付いた。
食堂に入り、空いているテーブルについた。酒は追加料金なので今日は我慢だ。食事をしていると、一人の男がテーブルの向かいに座る。
「なぁ、ウィル。最近儲けたんだろ? 一杯奢ってくれよ」
こいつは新人だった頃からの付き合いのザックだ。ちょくちょく俺と共にクエストをこなしたりもする、そこそこの腕前の冒険者だ。
「ザック、聞いてくれよ。今日、女の子パーティに誘われてクエストについて行ったら、魔法でボコられて、あり金全部取られちまったよ」
「ウィルらしいな! どうせスケベなことを妄想している隙を突かれたんだろ?」
返す言葉もない。顔を引きつらせて固まっていると、ザックは大笑いした。
「しゃーねーな。今日は俺が奢ってやるから元気出せよ! ねーちゃん、こいつにビール一杯頼むよ!!」
「すまん、ありがとな」
食事を終えた俺は部屋に戻ってきた。
「ウィル。ベネットも空腹。少し血、吸わせて」
「いいけど、少しだぞ? あんまりたくさん吸うと、俺、死んじゃうからな?」
「分かってる。少しだけ」
俺の腕にぴょこっと跳びつき、菌糸を絡みつける。痛みは無く、少しくすぐったい。しばらくすると俺の腕から離れ、ぽよぽよと跳ねる。
「ウィル、美味しかった」
「そ、それは良かったな!」
俺は、嬉しそうにしているSランクモンスターの幼体に愛想笑いをして、ベッドの上に寝転んだ。
ブラッディマッシュ。成体ならたった一体で騎士団一個大隊を壊滅させられる、正真正銘のバケモノだ。昔、図書館で読んだ本に書いてあった。そこに描かれていた幼体の姿も、深く印象に残っている。
幼体を発見したら、即座にギルドと騎士団に報告し、抹消しなければならない。
抹消? 助けてくれたこいつを……? 出来るわけない。
そんなことを考えながら、俺は眠りに堕ちていった。
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