第7話 姉川の存在と藤原の正体

 姉川という男と白河は、それぞれ小説を書いていて、それぞれ、

「長政と老中」

 というペンネームで、お互いを知らないまま、SNSの小説サイトだけで繋がっていた。

 しかし、実際にも、二人には共通点があったのだ。

 それが、今回の犯人と思しき人間の目撃者であり、さらに、脅迫めいたことを言われた定岡だったのだ。

 彼が、姉川と面識があるのは、同じマンションの住人ということで不思議はない。ただ、部屋がフロアも違っているので、知り合いという発想はなかなか出てくるものではないだろう。

 また、白河という男性のことを知ることになったのも、これまた偶然だったのだ。

 というのも、定岡の知り合いの姉川という男は、小説を書くのに、結構図書館に行っていた。図書館で、執筆をすることもあれば、その近くの喫茶店で執筆をすることもあった。

 そんな姉川は、別に直接白河と仲良くなったわけではない。芦沢が、音楽を作るのに、図書館の近くの喫茶店で、作詞作曲をしていたのだ。

 そんな二人をマスターが、それぞれに紹介し仲良くなったのだが、その喫茶店を利用している人の一人が定岡だったのだ。

 定岡と二人は知り合いというわけではなかったが、姉川が、

「あれ? 同じマンションの方ではないですか?」

 と、普段から孤独を楽しんでいた姉川が、この喫茶店でだけは、常連ということもあり、知り合いには結構声をかけていたのだ。

 姉川を少しでも知っている人はビックリする。

「あの孤独を地で行っているような姉川さんが」

 と思って、きょとんとすることだろう。

 意外と姉川というのは、ひょうきんなところがあり、人が自分に対して、きょとんとした態度を取ったりするのを見るのが好きで、わざとそんな表情にさせようと、意表を突くことがある。

 それを見て、

「姉川さんって、思ったより、人懐っこいところがあるんだ」

 と、まわりに思わせて、そう思わせることを快感にしているところがあったのだ。

 そんな姉川は、定岡にも気軽に話しかけ、芦沢に紹介した。

 その時、芦沢は、姉川と話をする中で、自分の友達の過去のエピソードを話したのだ。

 それが、姉川が書いた小説であり。白河がそれを見て、

「自分と同じ境遇だ」

 ということを感じた相手だった。

 芦沢は、二人が同じ投稿サイトに書き込んでいるということを途中まで知らなかったので、軽い気持ちで、

「このエピソードが、小説のネタになればいいのにな」

 ということで話したのだった。

 実際には、知らない人であれば、姉川の小説と、白河の過去が同じエピソードとは思わないだろう。

 話を聞いて書いた小説なのだから、当然ところどころが違っていて、肝心なところも、完全に違っているのだから、

「普通は、関連があるなんて、思わないよな」

 と感じて当然であった。

 しかし、白河としては、自分のことなので、少なからずビックリした。

 まさか、エピソードを芦沢が漏らしているなどということを知らずに、その話を読んで、白河としては、

「自分のエピソードって小説のネタになりそうな話題だったんだ」

 という程度にしか感じなかった。

 そして、自分のエピソードだということを明かさずに、SNS上でだけ仲良くなったのだから、これは、普通にあることで、珍しいことでもなんでもない。

 しかし、芦沢としては、

「俺がエピソードを話したということを知られてはいけない」

 と思うようになったのは、白河から、

「最近、投稿サイトで仲良くんあった人がいるんだ」

 と言われたからだ。

「ほう、お前にしては珍しい」

 というほど、白河は、投稿サイトに投稿はしていたが、他の作家に対しては、ライバルとしてしか見ておらず、仲良くなるなどということは、ちょっと考えられないようなことだったのだ。

「それは、どんな人なんだい?」

 と、軽い気気持ちで聞いてみると、

「俺の過去にあった、妹の話を知っているだろう? あの話に似たような小説を書いている人がいて、長政さんというペンネームの人なんだけどね」

 というではないか。

 それを聞いて、芦沢はビックリしてしまった。

「確かに二人は小説を書いているというのは知っていたし、書いた作品をどうしているのかということまでは知らなかった。小説を書く人もそれなりにいて、新人賞に応募して、プロを目指そうとしている人もいれば、投稿サイトに投稿し、プロとは関係なく、小説を書くことを趣味や生きがいにしている人、それぞれある。しかも、今は投稿サイトというものが、全盛期に比べれば、少しすたれてきたとはいえ、数とすれば、かなりのところがサイトを運営しているだろう。しかも、ジャンルにもいろいろあって、その得意分野での活動になるだろうから、二人が同じサイトに投稿していたというのは、かなりの偶然ではないか? しかも、その中で仲良くなるなど、まるで砂漠で砂金を探すようなものではないか?」

 と、姉川は思った。

 そして、考えたのが、

「この二人、サイト上だけでの仲間でいてくれればいい」

 と思ったことだった。

 サイト上での会話だったら、姉川が、自分の小説のネタを、まさか人から聞いたとは言わないだろう。

 少なくとも、相手が、

「似たようなエピソードを実際に経験した」

 と言っているのだから、人から聞いたというと、まるで盗作のように思われると感じるからではないだろうか。

 だが、これが、面と向かうことになると、どこから、エピソードのことを、芦沢が話したということが分からないとも限らない。

 この喫茶店に、幸いなことに、白河を連れてきたことはなかった。

 白河という男は小説を書くときは場所を決めている。それは姉川も同じなのだが、今のところ、二人の共通点はなかったので安心だったが、ニアミスは、怖かったのだ。

 もし、芦沢が白河のエピソードを話したことが分かり、それを姉川が小説に書いたとすれば、どうなるだろう?

 今は、同じ発想の相手ということで、SNS上でだけの知り合いなので、小説談義ができているのだろうが、リアルとなると、間違いなく、人間的な面を相手に見ようとする。

 そうなると、エピソードを盗作したという感覚になってしまうと、下手をすれば、憎らしく感じるかも知れない。

 芦沢に対しての風当たりも強くなる。さらに、姉川の方としても、さらに孤立してしまい、そうなったことで、芦沢を恨むことになるかも知れない。

 一気に友達を二人失うのはきつかった。

 芦沢も友達はほとんどおらず、今の友達は、ほとんどこの2人と言ってもいいだろう。

 芦沢は、孤立することを怖がっていた。それは、姉川よりももっときつい気持ちで思っていたのだ。

 だから、芦沢にとって、この二人から嫌われることは、

「死活問題」

 だったのだ。

 芦沢だけが、二人のことを知っていたのか、その問題もあったが、芦沢は決して、二人の思惑に関係することはなかったようだ。

 だが、芦沢が藤原を知ることになって、状況が変わってきたのは間違いないようだ。

 藤原という男がどれほどの悪党だったのかというのは、知っている人は知っているだろう、

 そんな藤原のことを憎んでいる人は結構いたはずなので、警察の捜査が続けば、ボロボロと出てくるに違いない。中には、

「本当に殺してやろう」

 と思っていて、虎視眈々と狙っている人もいるに違いない。

 藤原という男は、バックに、ヤバい連中がついているわけではない。そのくせ悪党なことをするのだから、下手をすれば、ヤバい人たちからも狙われている可能性は無きにしもあらずと言ったところであろうか。

 しかし、さすがに、やつらのようなヤバい連中は、藤原のような小物を、標的にすることはないだろう。何か弱みを握られていたり、組織の尊厳を汚すようなことをした場合は容赦はしないだろうが、こんなセコい殺人未遂などあるわけはない。

 藤原のことを、警察も調べているうちに、いろいろ分かってくるのだったが、どれほど汚いことをしてきたのか、彼のことを調べているうちに、そして人に聞いていくうちに、一人として、彼をいいように言うやつがいれば、見てみたいというものだ。

 やつは、今無職であった。前の会社の人に聞いてみたが、

「藤原というやつは、とんでもないやつですよ。最初は会社の同僚の女の子に手を出して、妊娠までさせて、ポイと捨てたらしいです。会社の方も、それを知っていたようなんですが、変なウワサを立てられるのが嫌で、一度だけ許したそうなんですが、今度は会社のお金を横領するようなことを、ねんごろになった経理課の女の子にさせたらしいんです。それがバレて、完全に懲戒解雇ですよ」

「会社が訴えたりしなかったのかな?」

「したと思いますよ。とにかく、ロクなウワサは聞かないからですね。前の会社でも似たようなことをして、クビになったらしい。うちの会社もなんで、あんな奴を一発でクビにしなかったんだろうな?」

 というので、少し調べてみると、最初の不祥事の時には、藤原は会社の表に出てはいけない事情を知っていたので、それをバラされると困るので、しょうがなくクビにできなかったという。

 しかし、本当に会社の金を横領数となると、今度は会社も真剣になった。そして顧問弁護士と相談して、やつの身動きが取れないようにして、クビにしたということだったが。クビになってからは、しばらく一人でいたという。

「あいつが、前の会社に入ったのも、その前の会社で興した不祥事でクビになったが、やはり会社の弱みを握っていたということで、最後の会社に入れてもらえるよう、会社の立場を利用して、うまく藤原から前の会社は逃れることができたのだろう。押し付けられた会社もたまったものではない。

「藤原という男は、ずっとそんなことを繰り返しながら生きてきたようですね。しかも、少し顔も端正にできているので、女を騙すなど簡単だったようで、あの顔に母性本能をくすぐられた女性も多かったようです。やつの悪事に加担させられたり、そのために、性欲のはけ口にされ、さらには妊娠させられて、結婚できると思うと、罵声を浴びせられ、ぼろ布のように、女性を捨てるんだそうです。何しろ、自分が妊娠させたくせに、妊娠なんかしやがってというように、なじるんだそうです。そうなると、女はどうすればいいのか分からなくなって、自殺したりする人もいたということですね」

 それを聞いているうちに、皆胸糞悪い気分になってきた。

「なんで俺たちが、こんな気分にならないといけないんだ?」

 という気分になり、

「こんな男でも、殺されなかっただけでもよかったと思わないといけないのに、殺されなかったことを、悔しく思う自分もいるんですよね。警察官であることが、嫌になる瞬間な気がします」

 と一人がいうと、

「まさにそうだ。勧善懲悪の敵だよな。こんなやつは」

 とまた一人がいう。

「こんなやつでも、俺たち警察官は助けなければいけないんだよな。この男のために不幸になった人たちがどれだけいるのかと思うと、本当にやるせない気分になるよ」

 という。

 こんな会話ばかりしていると、捜査をするのが、だんだん嫌になってくる。

「どうせ殺されたわけじゃないんだから、犯人を捕まえる必要なんかないよな」

 と思うのも、人間としての心理であろう。

 警察の捜査の中で、山ほど藤原の、

「余罪」

 が、出てきたのだが、その中でも、警察沙汰になったものがいくつかあった。

 最初から警察で調べた中でも、2、3ほど、警察で調書が残っているようだったので、それだけでも、多いと思っていたが、それが、まさに、

「氷山の一角」

 だったなどと、思ってもみなかった。

 実際に、警察沙汰になったものの中に、

「白河景子の自殺事件」

 というのがあった。

 これは、白河の妹の事件である。

 白河景子の自殺ということなので、表向きには藤原が出てくることはないのだが、自殺の理由の中に、

「付き合っていた藤原という男性に捨てられた」

 ということが書かれていたのだ。

 その時に聴取を行った担当刑事も、相当怒りに震えていたことだろう。ここまで書くということは、なかなかないことではないだろうか。

 藤原の悪行は、この頃が一番のマックスだったのかも知れない。

 白河景子も、当時、会社では経理をしていて、お金の使い込みの濡れ衣を着せられていたのだという。

 彼女は、律義にも、最後まで、

「藤原に命令でやった」

 とは言わなかったという。

 彼女は懲戒解雇、ちょうどその時、藤原の子供を宿していたようで、その子は、藤原のたっての願いということであったが、実際には、命令だったのだろうが、結果的に、堕胎させられてしまったのだ。

 そうなると、景子には、もう藤原しか、頼る人はいない。

 だが、ここまでくると、藤原にとって景子は邪魔者でしかない。

「お前が妊娠なんかするから」

 などと罵声を浴びせ、景子が最後にすがった糸を、完全に切られてしまったのだ。

 もう、そうなると死を選ぶしか残っていないだろう。

 景子は、遺書を残さなかった。ただ、

「さようなら」

 というだけだ。

 だから、藤原がいくら関係していると分かっていても、表面上は無関係である。警察も藤原を事情聴取をするくらいで、何かの罪を問えるわけでもない。

 結局、

「会社の金を使い込んで、それを苦にしての自殺」

 ということになったのだが、警察の中には、それをおかしいと思っている人もいた。

 それは、彼女が産婦人科で堕胎したということが分かったからだ。

 親友には、彼女もその時々で相談していたので、彼女にはある程度の事情はすぐに分かったことだろう。

 ただ、彼女には、

「なぜ、景子が遺書を残さなかったのか?」

 ということが分からなかった。

 そのために、

「いくら景子のためだからといって、ハッキリしないことは言えない」

 と思ったが、さすがに藤原の子供を堕胎したという話だけは、したのだった。

 そして、彼女は、使い込みに対しても、潔白だということだけは言っておいた。

 後は警察がどう考えるかだと思ったが、さすがに自殺で片付いた話をそれ以上捜査するわけにはいかない。

 その時、白河は、この事実を知らなかった。

「まさか、景子が妊娠していたなんて」

 と、後になってから、親友に聞かされて、茫然となったのだ。

「どうやら、ひどい男に騙されたということなんだろうな」

 ということであったが、最初はそれが誰だか分からなかった。

 親友も、

「景子の名誉のため」

 ということで、白河には、妊娠のことを話したが、彼女はそれを後から後悔した。

「確かに景子の名誉だと思ったが、このことは、本当は兄に一番知られたくない事実だったのかも知れないわ」

 と思ったのだろう。

 確かに。女としては、肉親に、自分の恥になるようなことを知られたくはないだろう。だが、親友にしてみれば、

「これは景子にとっての、恥では決してない」

 と思っていたからだ。

 だが、親友は、景子が死んだ今になって思い当たるところがあった。それは、

「景子自身が兄のことを愛しているということに、気づいていたのではないか?」

 ということである。

 景子は、兄のことを、親友以外の誰にも話そうとしない。どちらかというと隠そうとしているのが分かる感じだった。

「お兄ちゃんは、結構恥ずかしがり屋なのよ」

 とか、

「お兄ちゃんって、母性本能をくすぐるタイプなのよね」

 と、よく親友に話していた。

 それはまるで、恋人の自慢をしているかのような感覚だったように思うが、急に兄の話をしなくなったのだった。

 その頃から、何かに悩んでいる様子が見て取れるようになり、一人引きこもるようになった。

 その少し後に、

「景子に彼氏ができたのかも?」

 という話が聞こえてくるようになり、

「どうして、私に相談してくれないのかしら?」

 と感じるようになったのだが、どうやら景子は、彼氏ができた時は、

「どうでもいいような友達」

 に話すのだが、兄の話というと、親友にしか話をしていないようだということが、親友に分かってきたのだった。

 その時に付き合い始めた男性というのが、藤原だったのだ。

 もちろん、札付きの悪だとは思っていなかったので、コロッと騙されたのだろう。

 だが、実際には、景子が、兄のことで悩んでいるところに、藤原が入り込んできたというのが実情だった。

 藤原という男は、女性のそういうちょっとした感情をよく分かっているようだ。

 そうでもなければ、何人も騙す女性を作ることなんかできないだろう。

 そんな悪党の中の悪党は、そういうテクニックを持っているものだ。

 しかも、それにコロッと女性が騙されるのも、騙されるような隙を女性の側が作っているのも原因だったようだ。

 何も女性が悪いわけではない。悪いのは男の方だ。

「女の弱いところを見つけ。そこに付け入ることが、藤原という男の特技のようなものだとすれば、やはり、藤原という男は、極悪だといってもいいだろう」

 と、みんな、全会一致で例外なく、そのことを感じるだろうと思うのだった。

「藤原は女の敵であり、男の面汚しだ」

 というような男であろう。

 警察は、それを分かっていたが、自殺したことを詮索するわけにはいかなかったので、せめて調書に藤原の悪行を書いておくことで、

「きっとやつのことだから、今後のろくでもないことをしでかすに違いない」

 と思い、わざと残しておいたのだ。

 それが、今役立っているというわけだ。

 今回、殺人未遂の被害者として名前が出てきたが、調べれば調べるほど、垢が出てくるのだ。

「やつのことを擁護する人間など誰もいるはずがない」

 と、調べれば調べるほど出てくる。

 ただ、これは不思議なことであるが、彼がいろいろな犯罪めいたことをしてはいるが、その時出てくるのは皆女性の名前ばかりで、男性の名前はどこにも出てこない。

 女をたぶらかしたりするだけならまだしも、たぶらかせた女は皆経理関係者で、最終的に、お金の横領という目的のために、女を使っているだけだった。

 それだけのことを毎回しているわりに、一人でやっているとも思えない。何か裏に潜んでいる人物、あるいは組織があってもよさそうなのに、何も出てこないのは、却っておかしいと思っている刑事もいるにはいた。

 今度の殺人未遂の被害者に、この男がなっているということに、不審を抱いている人だって他にもいるだろう。

 白河の妹が、白河のことを好きだったのを知っているのは、親友だけだった。彼女は、妹が死んだことで、彼女自身も相当なショックを受けていた。

 二人は、お互いの存在がなければ、孤独だと思っていた。

 ただ、一ついえば、妹が白河のことを好きだということを知って、親友の心の中に、

「嫉妬心」

 のようなものが浮かんできたのも事実だった。

 というのは、

「親友の私にとって、あなたは、なくてはならない存在であり、あなたがいなかったら私は孤立しているのよ。だから、あなたには感謝している。だけど……」

 と、親友は考えていた。

 そして彼女は、

「だけど、あなたには、兄という人の存在がいる。私とお兄さんとどっちが大切なの?」

 と聞いてみたい衝動に駆られていた。

 しかし、それは絶対にできない。

 それをしてしまって嫌われてしまったら、本当に本末転倒だ。自分で孤立の道を選ぶことになる。

「私は孤立が怖いわけではない。あなたを失うのが怖いのよ」

 と、妹に対しての気持ちのメカニズムが、一つ分かってくると、あとは、雪崩を打ったように分かってくるのだった。

「自分も、彼女を好きなのかも知れない。女同士の恋愛感情、いわゆるレズビアン……」

 とそんなことを考えていると、最初に彼女が、

「兄のことを好きだ」

 と言った時に感じた彼女に対しての嫉妬心は、単純に男と女というだけではなく、肉親という血の繋がりの強さへの嫉妬だったのかも知れないが、

「男女ということに対しても感じていたのかも知れない」

 というのは、その嫉妬を、親友という友情から来るものだと思っていたからだった。

 しかし、自分が、彼女を愛情をもって、愛していると感じるようになると、自分が男女の関係というものに対しての、競争心が強いことを感じた。

 となると、肉親だけではなく男女の関係にも、憎しみがわいてくるのである。

 それを思うと、親友の中で、どんな思いが渦巻いているのか、自分でも収拾がついていないのかも知れない。

 そんなことを感じ始めると、まるで分かったかのように、彼女は、親友から距離を持つようになった。

「私のせいなのかしら?」

 と感じるようになった彼女は、これをすべて誰かのせいにしないと耐えられない気持ちになってきた。

 そこで、彼女が付き合い始めたという藤原の存在を、彼女は仮想敵のように思うようになった。

 そんな親友の存在を知った藤原は、彼女をも、自分のものにしようと企んだふしがあった。

 それを分かっているのは、親友の彼女だけで、妹にすら分かっていなかったことだろう。

 だから、妹は、親友がまさか、藤原に食指を伸ばしているなど思ってもいなかった。

 ただ、それは、妹に対しての反発心からであって、藤原を好きでもなんでもなかったのだ。

 だから、彼女だけが、冷静な目で藤原を見ていたので、藤原の男としての神通力は通用しない。

 そう思うと、藤原はさっさと彼女から身を引いたのだ。

 藤原は、

「俺の自由にならない女なんて、いらないさ」

 と思っていた。

 女を、金を横領する手下のように思っているのと、性欲のはけ口としてしか思っていない藤原らしいではないか。

 だが、藤原の恐ろしいのは、親友が、自分に近寄ってきたことを、妹に話したことだった。

 それまで全幅の信頼を寄せていた彼女が、

「まさか私を裏切るなんて」

 と思っていたのだった。

 その思いがあるから、妹は自殺したのだろう。

 それが、妹の自殺の、

「隠された秘密」

 だったのかも知れない。

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