第10話 これが戦略だ


「なぜ当たらないんだぁぁぁぁ!!?」


一人の男が荒れ狂う。だが、荒れ狂っている男の剣筋は綺麗であった。


男は、短剣をぶんぶんと振り回しどうにか一撃を入れようともがいている。


相対するのは、厨二病重篤患者で治る見込みの見えないこの男、ルーク。


ルークは男の短剣をうまく避け、それが無理なら手の甲をうまく使って剣筋を流す。


ルーク優位に戦闘が進んでいるように見えるが、実はそんなことはない。刻々とルークが不利な状況に追い込まれている。


(くそ。この我が防戦一方になるとはやはり闘気は侮れん。このままでは、こいつの傷が完全に癒えてしまう。そうなってしまえば、まず勝ち目はない。)


ルークがなんとか戦えているのも、男がルークに殴られすぎて重傷を負っているからだ。


男は実力的にルークの格上。男が万全な状態なら、闘気の使えないルークなど、ルークの持つ技術など関係ないと言わんばかりに闘気の力で蹂躙されている。


そうならないのは、男がルークから受けた傷を治さないと満足には動けず、身体強化だけに闘気を割けない状況に陥っているからだ。


そのことをルークはよくわかっている。


現状維持ではだめだ。


ルークは覚悟を決めて博打に出る。



「!おいおいどうしたぁぁ!!?集中力が切れてきたんじゃないのかぁぁ!!隙だらけだぁぁ!!」


そう言って男は短剣を逆手に構え、ルークの心臓目掛けて思いっきり突き立てた。


「がはぁ!」


ルークは口から血を吐き出し、少しよろける。


いまのルークは隙だらけだ。この男がその隙を見逃すような甘いことをするはずもなく。









ひたすら殴る。ルークにされたことをやり返すように。一発一発に己の感じた憎しみと、痛みを込めて殴る。そして、その一発一発が、男に言いようもないほどのすばらしい快感を与える。


「あぁくそ、死ぬほど気持ちいいじゃねぇか!!もっともっと殴らせろやぁぁぁ!!」


男は己の打撃の衝撃で吹き飛んでいってしまったルークを追いかける。


ルークは木にぶち当たり、背がぶち当たった木にもたれ掛かかる。立つ気力もないのか、すぐに足から力が抜けて木を背に座り込んでしまう。


男はルークの顔面目掛けて、拳を大きく振りかぶりながら加速していく。ルークの顔が己の拳で陥没させられる姿を予期してますます昂る。


「死ねぇい!!」


男の拳がルークの顔を当たる直前。ルークの顔がぶれる。


「.....は?」


己の拳が空を切る。


瞬く間もないほどの一刻の時間のうちに、己の腹にルークの拳が突き刺さっていた。


いや、ルークの拳が己の腹を貫通していた。


「ぐはぁ...!?ど、どう言うことだ!!?なぜお前が!!お前がぁぁぁぁ!!」


ルークはその問いに答えることなく、素早く腹から手を引き抜くと、男の顎に全力で飛び膝蹴りをかます。


「なぜかって?当たり前だろう。俺とお前では、見ている景色が違うからだ。」


地面に倒れ、伏していく男を見ながらこうも呟く。


「お前は己の快楽を見つめ、我は勝機を見つめた。我は待っていたのだ。我の思惑通り、心臓に短剣を刺してくる瞬間ときを。トップスピードで馬鹿みたいに我に突っ込んでくる瞬間ときを」


ルークは場所に突き刺さった短剣を引き抜く。


胸からは大量の血が流れ出る。


それを気にすることなく、ルークは話を続ける。


「心臓だって筋肉だ。筋トレをしていた我ならば、多少なら位置を動かせる。お前は我が隙を見せたとき一番最初に心臓を狙う、俺が恐ろしくて殺してしまいたいというお前の我に対する恐怖心に賭けたんだ。」


実際仕掛けるときは、あそこしかなかった。我が男に対して、優位に戦闘を運んでいるように見えたあの時しか。


「あとは、お前が我がもう満足に動けず、じきに死ぬという、一種の安心感から生まれた慢心を利用してやっただけだ。さらにだ、我の力だけではお前の闘気で強化された体を貫けない。だから、お前の速さすら利用してやったのだ。」


速さは、力。男はただルークの手のひらで踊っていただけであったことに気づく、


「.....ふざ、ふざけるなぁぁぁ!あぁ??な、なぜ動かないぃぃ?!!」


男は、ルークに攻撃を仕掛けるべく全身に力を入れる。だが、己の体はなぜか動かない。いや、動かせないのだ。


「動かせるわけないだろう。脳震盪、厨二病の神に愛されし患者しとが習得すべき必須スキルの一つだ。」


ルークは、引き抜いたナイフを「お返しだ」と言って男の心臓に突き刺す。


「これが戦略だ。胸に刻んで冥府へと旅立て、愚か者が。」


男の死亡をしっかりと確認するルーク。


やがて、血を失いすぎたのか、ルークが少しふらつく。


「我は勝ったぞ、マリー。あとはお前だ。待っていろ。すぐに加勢する....ぞ....」


そして、ルークはその場で倒れた。呼吸もか細くなっている。


だが、そんな状態でも体はずりずりと地をはって、マリーが戦っているであろう方向に進んでいく。もちろんルークの意識は倒れた瞬間に途切れている。


その様子が、ルークという、なにがあっても目標に向かって愚直に進み続ける漢の狂気を表すようであった。




あとがき


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厨二病重篤患者が世界に喧嘩を売り英雄になるまでの話 征夷大将軍 @takayuki0706

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