止まない雨

梅田 乙矢

 最近、雨の日が続いている。

梅雨でもなく、蒸し暑い夏だというのに。

今年は例年に比べて暑い。

それに加えてこの天気だ。うんざりする。

自然と気分も下がり、空のようにどんよりしてしまう。

一体いつまで続くんだろう。この雨は。

湿気でピョンピョンはねている髪の毛をいじりながらため息をついてつぶやいた。


「この雨のせいで髪の毛セットしても意味

 ないのよね…。

 ストパー、かけようかな」


そんな独り言を言いながら私は傘を広げ、大学へと向かった。



 「おはよう」


 「あ、おはよう」


友人の恵美えみが挨拶を返してくれる。

「今日も派手に飛んでるね!」

とクスクス笑いながら私の髪の毛を指差した。


「そんなに笑わないでよー。

 たださえ気分が沈んでるのにもっと

 沈む」


「あ、ごめんごめん。

 でも、なんか可愛くて」


「馬鹿にされた…」


違うってーと恵美は言いながら私の髪の毛を触ってくる。

やっぱりストパーかけよう。


 昼休みに学食で食事しながらダラダラ流れているテレビを見ていた。

異常気象、災害に気をつけて下さい、雨が止む見通しはたっていません、もうすでに聞き飽きたセリフを繰り返し言っている。

いつの間にか学食に入ってきていた先生がテレビを見ながらが言った。


「いつまで降るんだろうなぁ。

 本当に災害が起こっちまう」


本当にいつ何が起こってもおかしくないほど雨は降り続いている。

一周間の天気予報も傘マークが並んでいた。



 相変わらず雨は止む気配がない。

そんな状況にみんなすっかり慣れてしまった。

私はストパーをかけ髪の問題はなくなり、可愛らしい雨具が店頭に並ぶようになった。

異常なほどの湿度をガンガン吸い込んでくれる高性能の除湿機も販売されてみんな雨の日を快適に過ごすようになっていた。

でも、私は近頃体調がすぐれない。

少し疲れているのかな?

そんなことを思いながら講義を受け、帰宅する毎日を送っていた。


 異変に気づいたのは、ある日の朝だった。

胸が苦しい。呼吸がしずらいのだ。

どうしたんだろう…

最近、少し体調もよくなかったし。

まさか、心臓が悪いとかないよね…

一度悪い考えが浮かぶとどんどん不安が押し寄せてくる。

病院に行って診てもらおう。


 一通り検査をしてもらったが特に問題はなかった。

それじゃ、一体、この息苦しさは何なのだろうかと思っていると医者は意味の分からないことを言い出した。


「もしかしたら光合成が足りないのかな」


「えっ?光合成?」


「そうです。ずっと雨が続いてますよね。

 人間は太陽にあたらないと体に不調が出

 るんですよ。

 鬱を発症する方もいらっしゃいます」


「それは…知ってますけど…」


「あなたのような方が増えてましてね。

 うちの病院では最新の医療機器で治療

 してるんです。

 太陽と同じ効果がえられるんですよ」


そんな治療、今まで聞いたことがない。

本当に効果があるんだろうか。


「毎日地道に続けていけば効果がえられる

 ので試しにやってみませんか?

 ずっとこのままだときついでしょう」


「はぁ」


私は半信半疑、いや、ほとんど信じていなかった。

それを感じ取ったのか医者は、私についてきて下さいと言って立ち上がった。


医者に案内されたのは病室とはとても思えない部屋だった。

大きな窓に広いベッド、テーブルにソファ、小さなキッチンまでついている。

こんな病室があるのは驚きだが、かんじんの治療器具は見当たらない。


「あの、部屋は確かに凄いですが他に変わ

 ったもの、治療するための機械が見当た

 りませんが…」


「そう見えますか?」


「はい…」


「それでは中へどうぞ」


うながされるまま部屋へ入る。

ドアを閉め、何かのスイッチを押したようだ。

その瞬間、部屋に温かな光が広がった。

何これ?

とても懐かしい温かさと優しい光。


「上を見て下さい。

 天井に太陽と同じ効果のある特殊な機械

 が埋め込まれています。

 カーテンの代わりにスクリーンが取り付

 けてあって、下ろすと外の雨は見

 えませんし、スクリーンには晴れた空や

 自然、湖などお好きな景色を流すことが

 できます」


「そうなんですか?

 すごいですね!

 この光、とても懐かしいです」


「空調もしっかり管理されているので湿気

 に悩まされる心配もありません。

 いつでもカラッとした新鮮な空気がこの

 病室には流れ込みます」


「ここにいると体の不調が治るような気が

 します。

 しばらく治療したいです」


「分かりました。

 それでは、治療の手続きをしましょう。

 あ、その前に一つ言っておかなければい

 けません」


「なんですか?」


「この治療はすぐ効果を発揮するわけでは

 ありません。

 しばらくの間、ここに入院してもらって

 決して部屋から出ないで下さい。

 途中で止めてしまうと悪化する可能性が

 あります。

 それでもいいですか?」


私は、太陽のような光があまりにも嬉しくて「大丈夫です」と返事をしていた。


 ここに来てから数ヶ月がとうとしている。

私はすっかり元の体に戻っていた。

人間にはやはり太陽の光は大事なようだ。

いつものように日光浴をしているとドアを叩く音がした。


「はい」


「失礼します。

 体の調子はいかがですか?」


そう言って笑顔で入ってきたのは治療をすすめてくれた医者だ。


「お陰様でとてもいいです」


「そうですか。

 それはよかった。

 経過をみていると順調なようですし、

 もう退院しても問題ないでしょう」


医者の許可もおり、私は晴れて退院することになった。



 お世話になりました。

と言って病院を出るとすぐに灰色の雲が目に飛び込んできた。

なんだ、まだ雨は降り続いているのか。

小さなため息をつき、傘をさして外へ出る。

家へ向かっていたのだが、何かがおかしい。

なんだろう…この違和感。

道行く人の顔が…みんな同じに見える。

まるで魚のような顔…

変な例えだが、魚がスーツや学生服を来て歩いているような感じなのだ。

そういえば傘もさしていない。

私は道に立ち止まり、しばらくの間 歩行者を見ていた。

すると、突然ドンッと衝撃がはしる。

誰かがぶつかってきたようだ。

私は、

「すみません!」

と頭を下げ顔を上げたが、

目の前にいるスーツの人は、瞳がにごり、両目が異常なほど左右に離れた顔で何も喋らずこちらを見ている。


気味が悪い…


そんなことを考えながら相手の顔を見てハッとした。

この人、顔にエラがある…

私は、傘を放りだし急いで大学へ向かった。


 友人達は、恵美は、大丈夫なんだろうか。

大学についた時にはすっかり息が切れ、

びしょ濡れになっていた。

いつもの教室へ行こうと歩き出した瞬間に見慣れた後ろ姿が見えて声をかける。


「え、恵美…」


自分の名前を呼ばれて彼女はゆっくりと振り向いた。

その顔は、あのスーツの人と同じだ。

魚の顔をしてエラがえている。


なんで?!どうして?


パニックになっている私をよそに恵美は無表情でこちらに向かって歩いてくる。

あまりにもショックだったせいだろうか。

私の心臓は早鐘はやがねを打ち、呼吸が苦しい。

いや、違う。

息が…息ができない!

吸っても吸っても肺に酸素が入ってこないのだ。

そのうち私の喉はゴボゴボと妙な音をたてはじめた。

酸素を求めて思いっきり息を吸うのに肺を満たしていくものは、生ぬるいじっとりとした何か。

苦しい…苦しい…

私は首元をきむしりながら地面に倒れた。

息ができず のたうち回る私をぐるりと取り囲むように魚の顔をした人達がのぞき込んでいる。


なんで、助けてくれないの。


私は、ゴボゴボと異音を発しながら首や喉を血で真っ赤に染めていた。

そのうち意識は朦朧もうろうとしだし、ついに息絶えてしまった。

その様子を死んだ魚の目をした人々がじっと見ていた。



 時は過ぎ、あれから十数年になる。

光合成の治療をしていた病院は、国からの要請で治験を行っていたようだ。

私はその被害者の一人となった。

治療を受けている間に外の世界は湿度が100%以上になり、隔離されていた私達以外はこの世界に適応するため少しずつ体が変化していったのだそうだ。

エラがえて、魚のような顔へと変わっていった。

退院して外に出た私達にはエラがないため湿気をたっぷり含んだ世界に適応できず

地上にいながら“ 溺死 ”してしまったというわけだ。


あの時の私の死体は資料としてホルマリン漬けにされ博物館に飾られている。

タイトルは、

〘失敗作〙

なんてひどいんだろう。

私は被害者だというのに。

私を見るために毎日たくさんの人、いや、

魚が来場するようだ。

 


 しかし、最近は雨が降らず晴れの日が続いていると魚達が話しているのを耳にする。


『雨があがり日照ひでり続きになったらどうし

 よう。

 そんなことになったら死んでしまう』


みんな、雨があがるのを恐れている。

それはそうだろう。

エラ呼吸じゃ酸素を吸うことはできない。

息ができないって本当に苦しいの。

溺死もきついが、窒息死も相当な苦しみだろう。

でも、歴史は繰り返すものだ。

止まない雨はない。

その時になってやっとあの日、私が恐れていた“ 死 ”が分かるのだろう。

近い未来、ここに展示されるのは私ではなくあなた達だ。

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止まない雨 梅田 乙矢 @otoya_umeda

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