恋愛実習

平 遊

~恋の始まり~

「やだもうっ!」


 うっかり教室にスマホを置き忘れて来た事に気づき、私は一緒に帰っていた友達と別れて、学校に戻って来た。

 帰り際の話題は、専ら明日から来るという教育実習の先生のことだった。

 その先生は、どうやら男の人らしい。


「ねぇ、超イケメンだったりして。やだ~、恋に落ちちゃったらどうしよ?!」

「毎年そんな事言って、イケメンなんて一度も来た事ないじゃん!」

「確かに」

「つーか、あんた彼氏いるでしょ!」

「あははっ。それはそれ、これはこれ、みたいな?」


 殆どの友達にはもう、彼氏がいる。

 でも、私はまだ誰とも付き合った事がない。

 好きな人すら、今まで出来た事がなかったから、正直みんなの話にはあまり付いていけていなかった。


 いくら超イケメンだからって、出会ってすぐの人に恋なんかできるものなのかな。


 ワイワイ騒ぎながら帰って行く友達と離れて、ひとり学校に戻った私は、教室の扉を開けようとして、中に誰かの気配を感じた。

 そっと扉を開けると、見た事のないスーツ姿の背中が見えた。

 黒板には、白いチョークで綺麗な漢字がたくさん書かれている。


「……漢詩?」


 思わず口に出してしまった私の声に、スーツ姿の背中が反応して、素早く振り返った。


「誰っ?!」

「あっ、このクラスの者です。忘れ物しちゃって……ていうか、あの」


 誰?なんて、こっちが聞きたいくらいなのに。


 そんな私の思いが伝わったのか、その人はチョークを持った手で照れ臭そうに頬をポリポリと書きながら、言った。


「あっ、ごめんね、驚かせちゃって。俺、明日からこの学校で教育実習をさせてもらう事になってるんだ。器用じゃないし上がり症だから、恩師に頼み込んで実習の練習をさせて貰ってたんだよ」


 言いながらその人の顔は、みるみる内に赤くなっていく。

 頬についた白いチョークが、目立ってしまうくらいに。


「悪いけど、クラスの友達には内緒にしておいて貰えるかな?教育実習生って、結構からかわれる事が多いって聞いてるから。俺、真面目に一生懸命、ちゃんとした授業をしたいんだ」


 銀縁の眼鏡も相まって、いかにも真面目そうなその人の顔は、イケメンと呼ぶには普通過ぎる顔立ち。

 だけど。

 熱っぽく私にそう語りかけてくる赤い顔の彼に、私の心はキュンと小さな音を立てたようだった。


「先生」

「……えっ?俺?」

「はい。あの……、ほっぺにチョークの粉が」

「えっ、あっ!」


 ますます顔を赤くして、彼はチョークを持ったままの右手で頬をさする。赤い顔がさらにチョークの粉でまみれていく。


「ふふっ。良かったらこれ、どうぞ」


 私は鞄からウェットティッシュを取り出して、彼に渡した。


「私、応援してます、先生の事。みんなにも、ちゃんと真面目に授業を受けるように言っておきます。だから、頑張ってくださいね」


 言い終わると同時になんだか恥ずかしくなり、私は急いでスマホを取って教室を飛び出した。


 まだ、みんないるかな。

 教えてあげないと、先生のこと。

 お願いしないと、ちゃんと真面目に授業を受けるようにって。


 あっ!

 そう言えば、先生の名前聞きそびれちゃった!


 チョークの粉のついた赤い顔を思い出しながら、私は幸せ気分で先を歩いている友達たちの元へと全力で走った。


 もしかして私、恋、しちゃったのかも……?


 end

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恋愛実習 平 遊 @taira_yuu

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