恋のいっぽん
大隅 スミヲ
恋のいっぽん
「ほら、どうした。もっと気合を入れていけ」
先輩からの声が飛ぶ。
もう体力の限界でわたしはフラフラになりながらも、なんとか先輩の道着に手を伸ばす。
フワリと体が宙に浮く。
次にやってくるのは、背中への衝撃。
あ、投げられた。
そう思うのも、つかの間、またわたしは引き起こされて投げられる。
体力をつけたい。
そんな理由からはじめた柔道だったが、体力がつくよりも前に体力が切れてしまう毎日を送っていた。
先輩との乱取り。
わたしよりも身長が10センチは小さい小柄な先輩がわたしのことを軽々と投げ飛ばす。
先輩の投げ方はとても上手で、投げられるわたしは投げられても全然不快感を覚えないから不思議だ。
その日も、わたしは投げられ続けて、部活の練習を終えた。
「おつかれさまでしたー」
挨拶を終えて帰路につく頃には、完全に体力が尽きていて、重たい足を引きずるようにして家まで帰る。
家に帰った後はお風呂に入って、夕飯を食べたら、ベッドに直行だ。
朝は朝で、柔道部の朝練に参加してから、教室で授業を受ける。
もう朝から体力は限界を迎えているため、授業のほとんどは睡眠学習状態だった。
その日も朝練を終えて、睡眠学習状態だったわたしは2時間目終了後に空腹を満たすために早弁を決め込んでいた。
「あ、さなえがまた早弁してる」
友人のあんながふざけて後ろから抱きついてくる。
「ちょっと、お弁当こぼしちゃうからやめてよー」
「早弁なんてして、さなえは悪い子だ」
そういったあんなは、ふざけ半分にさなえの首に腕を回す。
「ちょ、ちょっと待って」
あんなの細い腕はするりとわたしの首に巻き付き、ぎゅっと絞めつけてくる。
「ギブギブ、落ちる、落ちるって」
わたしは必死にあんなの腕を叩いて、参ったを意味するタップを繰り返す。
そんな風にふざけあっている姿をたまたま廊下を歩いていた男子生徒に見られてしまった。
たしか、彼は隣のクラスの柴咲くんだ。
背が高くて、痩せ型で、色白で、メガネを掛けていて、勉強ができそうで……。
わたしとは真逆な感じの男子生徒。
接点は全くなし。
でも、そんな柴咲くんがこっちを見て笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、わたしは雷が落ちたような衝撃を受けた。
かっこいい……。
そう、恋に落ちた瞬間だった。
恋のいっぽん 大隅 スミヲ @smee
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