無限迷宮

黒白 黎

1F

 この世は不思議でいっぱいだ。

 私たちが知る「日常」と私たちが知らない「異界」と呼ばれる非現実世界があるのだから。

 私――エナは、「異界」と呼ばれる世界を旅してまわっている。友人のヒノミと、「異界」に住んでいた新しい友達のユマの三人で「異界」と「日常」を行ったり来たりして楽しんでいる。


 これは私と友人たちの「日常」と「異界」のお話。


 日本如月(きさらぎ)町の戸建て住宅に私は住んでいる。ヒノミも近くに住んでいる。二人でいつものように遊びまくっていた。学校以外の暇を弄ぶかのように自転車で山なり川なり廃墟なり人が手を付けていないであろう場所を巡っては写真を撮ったりして楽しんでいる。

 この日もそうだった。廃墟を探索した後ヒノミと一緒に帰宅している時だった。そいつは突如とやって来た。三メートル以上の杉の木を優に超える大きくて真っ白い人間が現れた。そいつの両手は鋭利な刃物をかたどっておりいかに殺しに来ているのが分かった。

「エナ避けろ!」

 ヒノミの声に気づいたときには自転車は真っ二つにされていた。地面に強く打ったのかしばらく声も体も返事することはできなかった。

「エナ! 起きろ!」

 はっきりとヒノミの声が聞こえたとき、私は目を開けた。ヒノミが私にしっかりしろと呼びかける声があった。

「逃げるぞ!」

 ヒノミは私よりも体格が大きく背も高い。ただ私よりも腕力は低く私を支えて運ぶほど体力はない。その見かけで笑える、とクラスメイト達からからかわれたとき、ヒノミはコンプレックスに感じていた。ヒノミは誰よりも弱い。けれど信頼する仲間を置いていけるほど気弱ではない。それはヒナミがよく知っている。

「お…重い…ぐっ……」

 わたしを背負って運ぼうとしていた。私が目を覚ましていることに気が付いていないのだろうか。私はヒノミの手を振り払おうとした。そのときだった。ヒノミの身体がすり抜けたような気がしたのだ。

(あれ…?)

 一瞬おかしいなと思い再びさわってみた。だけど最初の時と同じようにすり抜けてしまう。これではまるでゴーストになってしまったのではないかと私は目を疑った。

 体を見やる。身体はいたってそのままだ。けがなどしていない。手だってちゃんと動けるし自分の身体を触ることだってできる。

(見間違いだ。そうだ、勘違いだ)

 私はヒノミの頭を軽く叩いてやろうとした。ふわっとすり抜けた。これは私の目がおかしいのではなく、本当にゴーストになってしまったみたいだ。

(え…ウソ…)

 手をじっと見やる。手は透き通っていない。ちゃんと生気が通った普通の手だ。だけど、ヒノミに障ることはできない。何度やってもヒノミは気づくこともない。それどころか最悪なことがたった目の前に起きようとしていた。

(ヒノミ…!!)

 私は肺にたまった空気を一気に押し出すようにして声を上げた。だけどその声はヒノミに届くことはなく大きな白い化け物によってヒノミは鋭利な刃物によって真っ二つにされてしまった。



 白い砂浜に青い空がどこまでも広がる地平線の彼方。そこはのどかで海の波の音と塩の香りが漂い、鳥たちの宴はなく、ただ波の音だけが何度も繰り返していた。

「ここは…どこ…?」

 いつの間にか知らない浜辺にいた。見たところ砂と空しかないようだ。ギンギラと光り輝く太陽から熱を感じない。光という偽物がこの世界をスポットライトのように照らしているだけのようだ。

「ヒノミ…ヒノミ!」

 私は思い出したかのように友人のヒノミの名前を叫んでいた。

「うるさいですね。頭が痛いので黙ってもらってもいいですか」

 この声は…

「ヒノミ!!」

「うっとしいですね。仏の顔も三度までですよ。後一度でもいったら…」

 ようやく状況を理解したのか口を閉ざすヒノミ。

 周りが白い砂浜と青い空しかないことに違和感を覚え、ようやく私を見るなり「ここは夢の世界のようですね」とさっそくも現実を遠ざけようとした。

「夢の世界だったら私たち会話していないよ」

 ヒノミは私の方をしらけた顔で見つめてから頬を叩いた。

「痛ッ!」

「夢ではないようですね」

「それ、私の顔でやる意味ある!?」

「ありますよ。自分よりも相手の反応が新鮮でしたら夢ではないと確証ができます」

 まるでこんなことが何度もあったかのような反応だ。ヒノミとは中学生の頃から知り合いだったがいまだにその性格と精神と能力に関してはまるでわからんことばかりだ。

「それにしても私たち、どこから来たんだろうか」

 私の問いにこちらへじっと見つめたのち、浜辺に視線を移してこう言った。

「確証はありませんがあの怪物がおそらく私たちをココへ閉じ込めさせたのかそれとも、別の何かが原因だったと考えてみるべきでしょうか。ただ、確証たる証拠はありませんので、憶測となりますが私たちは「日常」と「異界」…つまり「異界」側に落ちてしまったみたいだと考えるべきですね」

 私は頭をひねってわからんと答えた。

「小さな脳みそをひねってください。まあ、憶測ですからエナがわかる範囲で答えましょう。私たちが普段いる世界のことは「日常」と考えます。ここは「日常」とはまったく別だと私は考えています」

「それはなぜ?」

「この世界は私たちが考えていることがまるで違うものだと考えます。第一に空です。時計を見るにあれから一時間は経っていますが太陽はずっとあの位置で止まったままです。第二に海辺と白い砂浜です。砂は確かに砂ですがこれ、靴を脱いだら怪我だけじゃすみません」

 砂がキラキラと小さく光って見えた。指で軽く触ろうとしたときヒノミが裾で触れて顔に近づかせた。

「ガラスです。おそらくですが砂ではなく小さなガラスの破片です。もし、素足や手で触れようとすれば…」

 私は震えた。もし触ったらハリネズミを触ったかのように穴だらけになる。毛穴よりも多く穴だらけにされてしまっていた。

「分かりましたか。最後にさっきから波の音はしていますが波は動いていません。海も偽物です」

 拾った砂を思いっ切り海の方へ投げ入れた。するとカランコロンと音がなった。カラカラと転がっていく音だけがやまびこのように聞こえてきた。

「なぜこんな場所に来たのかはっきりとわかりませんが「異界(バグ)」だと私は認識します」

「「バグ」…か」

 妙に納得してしまう。ヒノミは体格の割に頭はキレる。普段からのほほんとしている割にこういう時は冴えたみたいに考えが早い。そして妙に納得してしまう例え方や回答を見いだす。謎だ。謎すぎる女だ。

「ご名答。やっぱすげーな! 助けた甲斐があったもんだ」

 どこからか声が聞こえてきた。その声の主たる方へ視線を向けた先にいたのは太陽の形をした球体の上に座っている一人の女だった。

「君たちの言うとおりだよ。「異界(バグ)」さ。君たちが知る世界ではなく、私が知る世界そのものだ。ここは仮初、私がよく一人になりたいときに来る場所だ。今から少し賑やかな場所に移すよ」

 太陽から飛び降りながら私たちがいる方へ降りてくる。砂埃が舞うと私たちは慌ててくるなと合図した。だが聞き入られないのか女は私たちの目の前に着地した。

 私たちは顔を両手で覆うようにカバーした。

「問題ねーよ。認知さえしなければただの偽物だ」

 女はにんまりと笑みを浮かべながら私たちを見やっていた。

 砂埃は舞うことなく単なる絵として形を変えていた。

「おったまげたなー」

「なにそれ、どういう意味?」

「心臓が止まるほど驚いたという意味です」

 私の代わりにヒナミが答えた。

「へー、面白いな。もっと他の言葉を教えてほしいな」

 興味を抱いたのかもっと教えてほしいとすがられる。

「天然記念物じゃないぞ! 私は!!」

 まるでぬいぐるみを愛らしくなでるかのようにさわってくる。私は嫌がるように両手でバッテンを描いて女をガードする。

「それおまじない?」

「自分を守るときに使う…まあ、見えないバリアで身を守るみたいなものですよ」

「へー…君らの世界にはいろんなことがあるんだね」

 目をキラキラと光り輝かせながら「もっと他にあるのなら、見せてくれないか」とせがんできた。私はうっとしいと思いながら必死で両手でバッテンを描いてガードしていた。



「私、ユマ。この世界の…まあ、君たちで言う「異界(バグ)」の住民だね」

「わ、私は…」

 ヒノミに視線を向ける。

「別にいいですよ。ここではあなたのことが知りたい人間とあなたを知っている人間しかいませんので」

 注意事項を述べた後、私はいつも通りの人柄で対応することに決めた。

「おいらは、エナ。如月学園の生徒で、非日常を青春して…います」

 急にしおらしくなった。初対面の相手に急に素性でできるほど強くはない。

「堂々としていればいいのに…この人とは……ワシはヒノミ。まあエナの友人です。コイツとはちょっとした事件で――」

 ヒノミに向かって両手でバッテンを作って止めに掛かった。

「ストップ! ストップ! その話はなーしよ!!」

「なに!? なんなの!? その話聞かせてよ!!」

 ユマは興味津々でヒノミとエナに交互に目を合わせながらその答えを知ろうとしていた。

「ほら食いついた! その話はしないでという約束じゃよ」

 ヒノミはにやりと口先をとがらせる。

「如月牛乳で手を打ちましょう」

 如月町の工場で生産されている特注の牛乳のことだ。瓶牛乳で銭湯や温泉でしか飲むことはできない非常に学生にとって手に入れにくい飲み物だ。その牛乳は他の牛乳を飲むことを拒むほど普通に美味しく、学生が手に入れる時間帯にはすでに売り切れになっていることが多い。そのため学生たちの中では”神の牛乳”と高額転売されるほど高い人気を博している。

「んな! 友達を金で売るのか…なんという卑怯で卑劣な女だ!」

「いいんですか? 秘密を握られているということは、あなたはいま弱点を晒されようとしている最中です。あなたは断れるのですか? この状況で…」

「くっ…悪魔の手先め!」

「実はですね…」

 なりを潜めるようにユマに呟こうとする。やめろ! 私の秘密を教えるな!!

「やむを得ん! 如月牛乳で手を打とう」

「二本で」

「な!? 増やすとは卑怯な!」

「だれも一本とは言っていません。受けるのですか? 断るのですか?」

「クソ…二本だ」

「了解。これであなたの秘密は守られました」

 油断ならぬ女じゃ。この秘密はぜったいにばらしてはいけぬ。生涯、墓の中にもっていくまで明かしてはならぬ秘密じゃ。

「なに? なんなの!? ねえ! 教えてよその秘密を」

 案の定二人の中で秘密を守ることにしてしまったためユマはヒノミに詳しく聞こうとせがんだ。

「この話はなかったことじゃ。それよりも、この世界のことをまだ知らない事ばかりじゃ。そもそもこの世界は――」

 ピンポンパンポーンとチャイムが鳴った。

 ユマは思い出したかのように「あ、時間だ。このことは内緒だよ」そう言いながら立ち上がり唇に指を置いて「エナの秘密を教えてもらうまでずっとついていくから」ぱちんと指を弾いた。


 廃墟の前で佇む森のなか。木々と葉の隙間から神々しい光が照らしだしている。いつからここにいたのか覚えていない。ただ、長い間夢の中を歩いていたかのような気分だ。

 私たちは廃墟の中を探索することを止め、下山した。

 何を目的に来ていたのか思い出した時には自宅についた時だった。そして、

「やっほーエナ。ここが家なんだね。洞窟とかあなぐらとかじゃないんだな」

 急にユマが現れたときはおったまげた。けど、ユマがまるで最初から居候(ルームメイト)することが決まっていたのか部屋を与えられ、親たちから歓迎されていた。

 ユマから詳しい説明をされたが、その答えを明確に解く時間はなく、私は迷うことなくヒノミに電話で助け舟を出していた。

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無限迷宮 黒白 黎 @KurosihiroRei

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