第2話 蚊の鳴く問題
そんな住宅街において、ある日、一つの苦情が寄せられた。それは、隣の家からのもので、
「どこかから、不快な音が聞こえてくるんですけど、ご存じないですか?」
というものであった。
隣の家に住んでいるのは、最近引っ越してきた若い夫婦だった。年齢的には、三十代前半じゃないかと思える新婚さんのようだった。二人暮らしにしては、このあたりの住宅は贅沢で、よほどいい会社に勤めていりのではないかと思えるくらいだった。
引っ越しの時に、一応の挨拶があったので、少しだけ話をしたが、それ以降はほとんど話をしたこともなかった。
「最近の若い人っていうのは、皆あんな感じなんだろうね」
と、引っ越してきてから、一か月も経った頃、夫婦でそんな話をしたが、それ以降は、隣の夫婦について触れることもなかった。
たまに、息子の漱石は、挨拶くらいはしているようだが、それでも、相手の対応は塩対応で、あまり、話はしたくないといっているようだった。
二人が引っ越してきてから、そろそろ二年が経とうとしている、二年も経ってしまったことで、隣を気にすることもなかったのに、いきなり、そのような相談を受けたのは、きっとそれだけ、その不快な音というのが、耳についかからであろう。
話を聞いている限り、その音の原因を、阿久津家だとは思っていないようで、思っているのであれば、もっと強硬に抗議をするだろうし、証拠を握っているのであれば、直接警察に相談に行くということもできたはずだ。
だから、向こうもハッキリとした証拠があるわけではないが、とにかく、その音には悩まされているということであり、とりあえず、相談という形で様子を見にきたのかも知れない。
「うちは気づきませんでしたけどね。どんな音なんですか?」
と聞かれて、
「何やら電子音のような音にも聞こえるし、モーターの動いているような音にも聞こえるんです」
というではないか。
「うちの方から、その音が聞こえるんですか?」
「いえ、それが分からないんですよ。電子音のようなものって、どこで鳴っているか分からないということがあるでしょう? あんな感じなんですよ」
というのだ。
ということは、どこから聞こえてくるのか、ハッキリと分からないということは、阿久津家に対しても、抱いた疑念をハッキリと晴らしたわけではないということになるのであろう。
それを聞くと、
「うちは、気づかないけど、時間帯としてはいつ頃気になるんですか?」
と聞くと、
「深夜の時間帯です。最初は虫の声か何かではないかと思ったのですが、虫の声の割には、ずっと同じ宗派の音が聞こえているような感じだったんです。それがモーターのような音かとも思ったんですが、それにしては、音が高すぎるんです。キーンという音で、モーターだったら、ゴーっというような音ではないんです。だから、モーターでもない。それに、そこまで大きな音ではないんですよ。もし、気にならない人であれば、聞こえない程度の音ですね」
というではないか。
「うーん、私たちは気づかなかったけど、うちの漱石はどうかしら?」
と言って、りえが、学校から帰ってきてから、少し経った漱石を呼んだ。
家に隣の夫婦が来ているのを見ると、少しびっくりした様子で、相手の様子を見るかのように、顔色を窺っているようだった。
漱石としても、うちと隣の夫婦が疎遠であることは周知のことだったので、しかも、相手が乗り込んできているという状態を、尋常ではないと感じたのだ。
相手夫婦と、こちらからは、母親と息子の、二対二の状態でソファーに座っている様子は、やはり一人だけ子供が混じっていると思うと、漱石は緊張で、手に汗握るというところであろうか。
「ねえ、漱石。最近、どこかから、何か変な音が聞こえてくるということはないの?」
と言われ、りえとすれば、
「漱石は何も知る由もないだろう」
と思っていたので、息子がスルーしてくれるものだと思っていた。
だが、意外にも息子は、
「うん、僕も何となく感じていたんだけど、電子音のようなものが夜中に感じられるんだよね。その音というのは、キーンというような音なんだけど、重低音に比べれば、そこまで気にはならないんだけど、深夜の静寂の中では、これから寝ようと思っていると、どうしても気になって仕方のないものだったりするんだ」
というではないか。
「そうなの? そういえば、アムロはあまり気にしていないように思うんだけど、犬って、異常があったら、鋭いから、そわそわしたりするものなんじゃないかしら?」
とりえがいうと、
「そうだね、アムロが騒ぐということは確かにないね。でも、最近、どれとは別にアムロが何やら気にしているような気がするんだ。だから、それとあの音が何か関係があるのかどうなのかが、気にはなっていたんだよ」
と、漱石は言った。
りえは、さすがに探偵小説が好きなだけあって。それなりに、推理に対して、考えるものがあった。不快な音が聞こえるということで、その音の正体に必要以上にこだわっているのは、そんなミステリーファンとしての、血が騒ぐからなのかも知れない。
「アムロが、何かを気にしているというのは、表に向かってなのかしらね?」
と漱石に聞いた。
りえとしても、本当はそのことには気づいていた。そして、表に向かって意識しているということも分かっていた。それを息子の口から証明してもらいたいという気持ちがあったのだった。
すると、息子がいうには、
「アムロが表に向かって吠えているというのは感じたけど、僕の感覚から言って、別に不審者がいるのでそれで吠えているという感じではなかったんだ。どちらかというと、誰かを探しているかのような声が聞こえたので、必要以上に、騒ぎ立てることはないと思って、今まで誰にも言わなかったんだ。でも、アムロがその音に対して吠えているとすれば、理屈には合う気がする。でも、アムロのその正体が分かっているという感じはしないんじゃないかって思うんだ」
と、漱石は言った。
漱石は、アムロの寿命がそんなに長くないということは分かっていた。
散歩に連れていっても、今までは引っ張られるくらいの大きな力だったのに、今では、歩くのも億劫なくらいになっていた。
「相当弱っているんだな」
と、漱石は感じていた。
漱石が今は高校生で、年齢が十六歳になっている。
アムロが家に来たのは、まだ漱石が物心がついていなかったという頃だったので、まだ、三、四歳くらいの頃だっただろうから、もう十年以上経っていることになる。
そうなると、人間でいえば、十分に老人ではないだろうか。自分の胴体と同じくらいの顔の大きさだと思っていて、
「早く、アムロに追いつきたい」
と子供心に思っていた漱石は、すでに自分がアムロを身体の面で追い越していることに気づいていたのだ。
「十三歳を超えると、さすがに犬も寿命が近づいてくるわね」
と、りえが以前言っていたが、漱石とすれば、
「一緒に育ってきたんだ」
という思いがあるだけに、
「年を取った」
などと言われると、分かってはいたことであったが、寂しさがこみあげてくる。
元々、ここ二年前くらいから、ずっと身体を丸めて横になっていることが多くなったアムロは、漱石が小学生の頃などは、表から帰ってくると、飛びついてきて、顔をどんどん舐めてくるものであった。
だが、中学に入った頃から、アムロの動きが、どんどんと身体が重たくなったかのような状況になり、立ち上がるのも、下を向いてから、力を入れているというような、勢いをつけないと、起きれないというほどになっていた。
明らかに、
「年を取ってきたんだ」
ということが分かってきていたのだが、どうすればいいのか、様子を見るしかなかったのだ。
とはいえ、年を取ってきただけに、おかしなことがあれば、余計に気づくはずだ、すくなくとも、人間が感じるくらいの異変であれば、感づいてもいいはずだ。
それなのに、気づかないということは、
「人間側の錯覚なのか?」
あるいは、
「それだけ、アムロが年を取って、衰えてしまった」
ということなのかであろう。
前者ということは考えにくい、隣の風だけでなく、漱石までも、おかしな感覚を持っていたという。
しかし、阿久津家の親二人と、犬のアムロには、気づいていないということなのだろう。
もっとも、アムロはあくまでも、人間が見た雰囲気から察したことなので、何とも言え杯が、分かっていることとしては、若い連中には聞こえて、年配には聞こえないということであろうか?
漱石は、そのことを考えていると、ふと何かに気づいたように、口を挟んだ。
「あの時の不快な音なんだけど、何か、蚊が飛んでいるような鬱陶しいような音だったと思ったんだけど、どうでした?」
と、漱石は、隣の夫婦に聞いた。
それを聞いた二人も、
「ああ、そうそう、どのような不快な音か、すぐには思い出せなかったけど、けだるさを感じると思っていたので、言われてみれば、夏のあのけだるい時によく聞いた。蚊の飛んでいるようなあの嫌な音だったように思うんだけど、どうだろう?」
と、旦那が代表してそういうと、奥さんも、うんうんと、納得しながら聞いていた。
ここでも、三人の意見は一致していた。
それを聞いて、漱石はニッコリと笑うと、
「どうしてそういう音が聞こえたのかということの根本的な解決にはなっていないけど、どうやら、音の正体の輪郭がつかめた気がするんだ」
と言った。
「どういうことなの?」
と、りえが聞くと、母親と、相手の旦那の方はポカンとしていたが、相手の奥さんが口を開いた。
「ああ、そういうことね。だから、私たち夫婦と、漱石さんには聞こえて、こちらのご夫婦や、アムロ君には聞こえなかったというわけね」
と奥さんが言った。
彼女もイヌとはいえ、敬意を表してアムロに君付けをしたのは、それだけ、彼女もイヌ好きだということなのだろう。
「奥さんも分かったようですね?」
と聞くと、
「ええ、蚊の飛ぶ音だということを聞いて、分かったんですよ。いわゆる、モスキート音ということですね?」
と奥さんがいうので、漱石が、
「ええ、そういうことです。これだと音の現象についての理屈は合いますよね?」
というと、
「ええ、そうですね」
と、二人で納得したようだった。
「モスキート音って何なの?」
と聞かれた漱石は、皆を一度見渡した。
母親は前のめりになって聞いていたが、相手の旦那さんは、興味がなさそうにしていた。理屈は何であれ、問題解決さえすれば、それでいいのだ。
そして、相手の奥さんは、本当は自分が説明したいと思っているかも知れないと感じながら、その役目を自分が負うということで、少し自慢げな気持ちになっていた漱石だったのだ。
漱石とすれば、、
「ここが独壇場だ」
と思っている。
普段から、自分が主役になりたいと思いながら、いつも、陰に回っているのは、表に出ることが基本的に好きではないからだと思うようになったが、実はそうではなく、
「主役というのが、どういうものなのか、分かっていなかったからに違いない」
と感じたのだ。
周りを見渡しながら、漱石は得意げになっていた。
「モスキート音というのは、モスキートというのが、蚊が発する不快な翅の音という意味があるんですが、その音のことなんです。そして、この音は、結構、高い宗派の音になるらしいんですが、これは、あるおっていの年齢になると聞こえなくなるという特徴を持っているんです。それだけ高周波だということなんでしょうね。人間は年を取るほど、高周波を聴き取れなくなると言いますからね」
と、漱石は言った。
「なるほど、だから、電子音のような音で、不快に感じられたのかな?」
と、相手の旦那さんが、そういうと、
「ええ、そうじゃないかと思うんですよ」
と、漱石が言った。
「だから、若い我々には聞き取れて、親世代の人には聞き取れなかったということでしょうか? じゃあ、ワンちゃんが反応しなかったというのは?」
と今度は奥さんが聞いてきた。
「犬の場合は、十歳を超えると、人間でいう老人になるんです。この子は、もう十二歳を超えることになるので、人間でいえば、後期高齢と言ってもいいくらいじゃないかと思うんですよ。だから、聞こえなかったといってもいいと思います」
この奥さんは、モスキート音については知っていたが、犬に関しては、さほど詳しくはないようだ。
それにしても、モスキート音というのは、たまたま漱石は知っていたが、他の人が知っているという確率はどれくらいのものなのだろうか?
奥さんは、物知りだったということなのだろうか?
少なくとも、向こうの旦那さんと自分の母親は知らなかった。普通の人には、あまりなじみのないことなのかも知れない。
「それにしても、お前、よくモスキート音などという言葉を知っていたな?」
と、隣の旦那さんが、感心したように奥さんに話していた。
「ええ、意外と、最近の若い奥さん同士というのは、結構、こういうマニアックな話もするようで、話を聞いているだけで、勉強になることもあるのよ」
と言っている。
「そうなんだ、俺なんか、会社の男子社員とばかり一緒にいるので、話すことは決まってくるから、時々嫌になるくらいだ」
と、隣の旦那さんはいったが、旦那さんとすれば、会社の男子社員と飲んだりした時は、上司や会社への愚痴になったり、女の話になったり、それくらいしかないだろう。
こういう高尚な話をするようなことはなく、お酒自体、おいしいものなのかどうなのか、想像もつかない。
「もし、その音がモスキート音だったとして、誰が何の目的で、そんな音を出しているんでしょうね?」
と隣の奥さんはそう言った。
「さあ、それは分からないですね。何かの実験なのか、それとも、何か音を出すことに目的があるのか」
と、漱石がいうと、
「そうですね、もし、何か目的があるとすれば、あまりいい予感はしないんじゃないですかね?」
と、りえは言った。
「それは、私も思います。でも、今ここで変に騒がない方がいいんじゃないですか?」
と隣の奥さんが言い出した。
「どうしてですか?」
と、漱石が聞き返すと、
「ハッキリとは分からないけど、余計な詮索をして、誰かを刺激するのは怖いような気はするんです」
という奥さんに、
「でも、そちらが相談してきたんじゃないですか?」
とりえが聞くと。
「それはそうなんですが、音の正体が想像もつかなかったので、こちらが何か自然な形で出されているものだったら、分かりやすいと思って聞いたんですが、そうではなく、どこの誰かがmどんな目的をもって、モスキート音を出しているのか分からないと思いと、急に怖くなってきたんですよ」
と言って、実際に、震えているように見えるくらいだった。
声を細々としていて、声に出すことさえ、怖がっているかのようだった。
「そうですね。奥さんの気持ちもわかりますが、ここはもう少し様子を見てみることにしましょうか?」
と、りえがいうと、皆ハッキリした反応をせず、
「それしかないだろう」
という感覚にとらわれるのであった。
その日は、とりあえず解散になった。
しかし、りえと、漱石の気持ちはどこか晴れないでいた。相談に来た隣の夫婦もそうだろう。
りえは、真剣、理由はハッキリとしないが、何をどうしていいのか気になっていた。分からないということが、一番の恐怖であり、正体がつかめないのが、気持ち悪いのだった。
漱石の方では、何となくであるが、自分の中で考えがあった。その分、母親に比べて、少しは足元が見えているだけ、マシだといえるのではないだろうか。
りえの場合は、まるで、
「底なし沼に嵌りこんだみたいだ」
という感覚があった。
底なし沼というのは、本当に底がないなどというのは理論的にありえないことだが、
「一度嵌ってしまうと、抜けることができない」
ということでの、
「底なし」
であった。
当然身体が絡みつくように沈んでいるのだから、足元が見えるはずもない。そんな状態でまわりを見ようとしても、自分が嵌っていくのが分かるというだけで、どうすることもできない状況を思い知るだけだったのだ。
だが漱石の場合は、どこまで信憑性があるのかも分からないが、まったく何も頭に浮かんでいない、りえや、隣の夫婦に比べれば、想像がつくというものである。
漱石が考えているのは、
「これは何かの実験ではないか?」
ということであった。
どこか、この住宅街の中で、それも、このごく近くのどこかの家に、大学教授の家でもあって、そこで、何か音に対してのものなのか、モスキートの効果を年齢で調べるためだったのか、
「どの年齢から聞こえなくなるかの調査」
をしていたのかも知れない。
それには夜ともなると閑散とする地区が一番よく、昼間は少しは人の通りがあるようなところで、自然とモスキート音を出すことで、音に対しての反応が見れるからである。
「音が聞こえたとしても、口に出さないパターン、本当に聞こえないパターン、聞こえた時に、いかに反応するのか、自分を中心に考える人、まわりを中心に考える人、パターンは様々ではないか?」
と考えていた、
「自分が最初に感じたとすれば。黙って研究をするかも知れない。しかも、他の人には感じたことは錯覚だなどと言って、相手を疑心暗鬼にさせないようにして、そこから自然な思考を取り出す」
ということである。
もし、まわりを中心にするのだったら、自分の好き嫌いで決めるだろうか? やはり、サンプルとして取りやすい人にするだろうか?
まず、実験だとして、何の実験なのだろう? 聞こえた人の反応なのか、聞こえない人がどれほどいるかということなのか?
何か距離とも関係があるかも知れない。
距離と音の大きさ、そして、それにまわりの環境がいかに左右するかということで、その実験が与える科学的根拠が、いかに実験者にとっての利益を生むのかである。
お金が目的なのか、名誉欲なのか、それとも、名声によって得られる信用が大切なのだろうか。
名声によって得られる信用であれば、さらにそこから、何か結びつくものがあって、実験効果を、金銭であったり、名誉だけで片付けると、そこで終わってしまう。
だが、今はそのどれなのかということよりも、モスキート音であったとすれば、その音源すらつかめていないのだ、
「ひょっとすると、音源の正体がつかめれば、この状態の全容がみえてくるかも知れない」
と考える。
悪戯に時間だけが過ぎていくような気がする。数日経ったが、モスキート音は、その日だけのことであり、それ以外の日には感じなかった。
隣の夫婦はどうなのだろう? 気になって相談に来た割には、あっさりと帰って行ったのだった。
しかし、実験だとすると、その目的は何であろうか?
このあたりは閑静な住宅街ではあるが、昼間はそれなりに車の交通量もあったり、人通りも少なくはない、深夜であれば、確かに静かだが、近くにはコンビニもあり、
「完全に眠ってしまっている」
ということはないだろう。
特に深夜のコンビニやファミレスなどで、二十四時間経営をしているところは、いつも、若い連中でタムロしている。
ネオンサインも赤々とついていて、静寂と書いて、しじまと読むが、まさにそんな時間帯は存在しないといってもいいかも知れない。
しかも、このあたりは、犬を飼っているところも多い、阿久津家のアムロは、そんなに吠えることはないが、番犬などとして飼っている犬は、時々吠えたりしている。
それも、番犬として吠えているだけなので、うるさいという感覚ではない。慣れっこになっているというべきか、それだけに、普段の鳴き方を分かっているので、少しでも違った泣き方をすれば、それが警鐘になるのだ。
遠吠えなどをしているようなら、きっと知らない人がうろついているという感じなのかも知れないと思うのだった。
漱石は、自分が物心ついてすぐくらいに、アムロが家にやってきた。
家に来た頃はまだ子犬だったので、アムロは漱石のおもちゃとして、ちょうどいいくらいだったが、二年もしないうちに、みるみる大きくなり、漱石を背中に乗せて、あt地塞がっている凛々しい姿を写真に収めたりしていた。
漱石はその頃の写真を見るのが好きだった。
「ねえ、漱石は、アムロと一緒に寝てたの覚えている?」
と、りえに聞かれて、
「ああ、何となくだけどね。まだ、アムロが家に来た頃は、確か家の中にいたもんね。その時、箱に古い布団を敷いて、丸くなって寝ていたっけお、かわいかったよね」
と漱石がいうと、
「あら? 今は可愛くないというの? 今だって十分に、かわいいわよ」
と、りえが言った。
「そういう意味じゃないよ。どうして大人って、そういう感覚になるのかな? 誰もそんな言い方をしていないじゃないか?」
と、少し膨れたように、漱石はいった。
「えっ、どういうこと?」
と、りえが聞くと、
「だって、僕が昔が可愛いと言ったからと言って、今が可愛くないとは言ってないじゃないか? 今だってかわいいよ。ただ比較にならないということなんじゃないかって思うんだよ。その言い方だったら、決めつけ見たいじゃないな」
と漱石はいう。
このような親に逆らうような言い方を時々漱石はいう。親とすれば、そんなつもりはなあったのだが、そういわれてしまうと、ぐうの音も出ない。しかし、だからと言って、何も言わないわけにはいかない。
「確かにあなたのいう通りなんだけど、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。あんまり言いすぎると、反感を買ったりするわよ」
と言われて、漱石は露骨に嫌な顔を一瞬したが、すぐに我に返って。
「そうかな> ちょっと揚げ足取りになってしまったかな?」
というと、さすがに母親としても、
「そこまではいわないけど、相手によって、皮肉を言われたと思って、逆恨みをする人もいるだろうから、気を付けてね」
と言われた。
実は漱石は、学校でも結構毒舌で、敵が多いようだったが、自分はあまり気にしていない。
「思ったことを言わずに、黙っていると、自分でストレスを溜めることになるだろう? これって、自分で自分の首を絞めるようなものでしょう? だから嫌なんだよね」
と言って、嘯いていた。
そんな漱石は、学校では確かに敵も多いが、漱石を慕う人も決して少なくない。本人はそんなつもりは毛頭ないが、
「弱い者の味方」
ということで、君臨しているようだった。
女の子からも、結構人気があり、そもそも、甘いマスクは、母親の優しそうな面持ちから譲られているのではないかと思うのだった。
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